序章 II
月がのぼった頃、フラン率いる王弟捜索隊が出発する。
通った道に目印を残しながら、警戒を怠らず進んでいく捜索隊。
「血の痕だ」
フランが小さい声で言う。
その一声で周囲を警戒し、なにもないことを確認してから歩を進める。
「この血痕、拭いていますね」
騎士が述べる。
そう、拭いた跡があるため、血痕を見つけることはなかなか難儀だった。
「拭いた痕跡があるということは、殿下のものである可能性が高い」
フランは述べる。
見つかることを恐れ、王弟は血痕を拭いたのだろう。
「生きて、いますでしょうか」
騎士は思わず、そう呟く。
「生きている。殿下はそうそう容易く死ぬ人ではない」
フランはハッキリと答える。
彼は、この国に必要な人物だ。今の国王陛下の後継は実子の王太子となっているが、正直あの王太子では国が潰れる。王弟には生き残ってもらわねばならない。
「必ず見つけ出す」
フランはそう言った。
だが、血痕を拭いているため、それらしきものを探すのはなかなかに骨が折れる作業であった。暗闇だということも合わせて、かなり難航する。
「ここまで、ですね」
騎士が述べる。
僅かな血痕らしきものを追ってきたが、それも今この場所で途切れていた。
ここは崖。覗くと下に真っ暗な川が見える。
だが、途切れたこの崖では血痕が大量に残されていた。
「落ちたのでは」
騎士が推測を述べる。
「この出血量で落ちたら、助かりません」
その意見に、他の騎士達が落胆の色を見せる。
だが、フランは違うかった。
「死体が無いのならば、生きている」
フランは言う。
「大体、今の今まで血痕を拭いてきていたのに、最後にこれは、おかしいだろう」
フランは推測する。
「もう助からないと思ったのでは」
騎士の1人が述べる。
「いや。死んだと見せかけたのだろう」
フランは言う。自分なら、そうする。
「まだ生きている。絶対だ。殿下はわざと死を装った」
フランはそう述べながら推測する。
じゃあ、彼は一体どこに。自分ならどうする。
フランは唇を噛みながら思考する。落ちたと見せかけたのならば、死体がそこにあることを確認するために敵兵は崖を下りるだろう。それで、流されたのではと推測させ、王弟は死んだと触れを出す。
その崖下を確認する敵兵を観察するために陣取るなら。
フランは辺りを見回した。灯台下暗し、でこの場所に潜んでいるか、向こう側の茂み。この場所は捜索されるリスクがある。ならば、向こう側だ。
フランは崖の向こうを見やる。吊り橋でもあればすぐに行けるのに、と思わず舌打ちする。
まずは今の場所から下りて、川を横切り、向こうの山へ向かわねばならない。
「急いであっち側に向かう」
フランは命じると、自分達が通ってきた痕跡を回収し、新しいルートに目印をつけて行きながら向こうの山へと急ぐ。
1時間はゆうに経ったところで、川は横切れた。
「一旦岩場に隠れて休憩する」
少しの間、水分補給などを行い、体力を回復させ、また山を目指す。先程いた崖と反対のところに辿り着いたところで、王弟の痕跡がないかを捜索する。
「血痕です!」
僅かな血痕を見つけ、騎士が声を上げる。
「警戒せよ」
フランの声で皆が短剣を構えたまま、歩を進める。
木。木。木。虫。夜行性の鳥。虫。草。草。草。あらゆるものを掻き分けながら、進む。雑草がお腹くらいの丈まであるので、かなり面倒だった。
「!!!殿下!!!」
いた。いた。いた!
フランは声を上げ、彼の横に膝をつく。
草むらの中に彼は横たわっていた。
血がついている所を触ると、彼は痛さに呻く。
そして、死にもの狂いでフランの首に手をかけた。
「ぐっ」
フランは顔を歪める。痛い。苦しい。
見るだけで重症なのに、何処にそんな力が。
「誰だっ」
王弟はフランの首を絞めながら詰問する。
「フ、フラン様!」
騎士はどう止めたらいいのか、困惑する。
「ベルンハルト公爵家です!殿下!」
騎士の1人が叫ぶ。
「助けに来ました!」
騎士はそう言って、構えていた短剣をしまい、敵意がないことを示す。
「公爵家であるという証拠は」
王弟は三白眼で睨みながら、鋭く尋ねる。
「こちらです!」
騎士は公爵家の紋章を見せる。
それをよく検分し、王弟はやっとフランの首から手を離した。
「っ!がはっ!」
フランは咳き込む。長い間咳き込み、やっと喋れるようになってから、跪拝する。
「ベルンハルト公爵家所属、フランと申します。助けに来ました、アレクサンダー殿下」
フランは述べる。
「他の奴らはどうした。皆、大丈夫なのか」
「医療班が治療しています。今はご自分の心配だけしてくださいませ」
フランはそう答えると、王弟アレクサンダーの血のついた所を触る。
「触るな」
アレクサンダーは睨む。その三白眼がまた怖いのは言うまでもないが。
「治療が出来ませんので、状態を確認致します」
フランは恐れることなく、怪我の状態を確認するため体を触る。
「……っ」
アレクサンダーは痛みに顔を歪める。
フランが確認したところ、二の腕が1番斬られていたが、あとは大した傷ではなかった。かすり傷や切り傷、擦り傷などはたくさんあり、顔や手の平、足等も傷だらけだが、命に別条はなさそうだった。ただ、足首が折れているのか、腫れている。
フランは少し安堵の息を吐く。
「殿下。今から少し治療致します。お前とお前は周囲を警戒。お前は治療を手伝うように」
フランは指示を出し、持って来ていた包帯や薬草、薬など色々と取り出し、簡易的な治療を始めた。
痛み止めの薬を服用させるフラン。
「…っ」
だが、アレクサンダーは痛さに顔を歪める。
でも、払いのけたりはしない。声も出さない。とても我慢強い。
ひと通り治療を終えると、フランは彼に眠るよう促す。
「無理だ。流石に」
「寝るんですよ」
フランは問答無用でそう命じ、アレクサンダーの視界を手で覆う。
「何を」
彼はフランの手を払いのけようとする。
怪我人のくせに力が強い。
フランはそれでも負けじと視界を覆う。
「そろそろ寝てください。薬も効いてくる頃でしょうし」
「な、」
アレクサンダーが驚いた数秒後、彼の瞼が落ちた。
それを見て、フランは安堵の息を吐く。
「よし。皆で警戒しながら体力を回復させつつ、待機。殿下が目覚めたら出発する」
「はっ」
そうして、フラン達はアレクサンダーを連れ帰ることに成功したのだった。




