序章 I
冷酷無比、無慈悲、畏怖の存在であるこの国の王弟。御歳30歳。彼は兵を指揮し、戦に駆り出されていた。
相手は属国である隣国。謀反の疑いあり、と報告があったため、国境近くに陣を構える。なるべく兵を使わずに勝ちたいと思っていた彼は、少数精鋭で戦に向かう。
だが、勝利が目前に迫る中、裏切りに合い、最悪全滅となり得る事態に陥った。
「くそっ」
彼は忌々しい顔で吐き捨てる。
別に最愛の人もいないし、身内は兄の国王だけ。別に自分など死んでも構わないのだが、国王の息子、王太子に跡を継がせるわけにはいかないと思って、国を憂いていた所なのに。
「殿下、引きましょう。身を潜めましょう!これでは殿下も死んでしまいます」
彼の側近兼護衛が悲痛に叫ぶ。
「だめだ。お前達を置いていけない」
彼は答えた。
「何を言っているのです!これは王国からの裏切りですよ!誰が黒幕かも分かりません!ここは身を隠すべきです!」
側近は叫ぶ。
ここで、王弟を死なせるわけにはいかない。
王太子に即位してもらうより、彼に即位してもらった方が、国が安泰するのは目に見えているからだ。
「私が殿をつとめます!行ってください!」
側近はそう言い、彼が乗っていた馬の尻を叩く。
「おい!ウォルバート!」
彼は叫ぶ。
「後ほど見つけます!」
ウォルバートと呼ばれた側近は笑顔でそう答え、目の前に迫る敵に剣を向けたのだった。
♢
「くそ!遅れたか!!」
援軍要請の伝令が入り、王弟達がいたであろう戦場に駆けつけた頃には、地獄絵図になっていた。
「フラン様!どうされますか!」
ベルンハルト公爵家の私兵と騎士を引き連れてやってきたフランに、指示を求める声が上がる。
「味方をすぐに救出せよ!息のある者を探し出せ!伏兵にも気を付けるように!」
フランは指示を出す。
長い黒髪をポニーテールにし、端正な顔が命令を叫ぶのが凛々しい。
「医療班!すぐに治療出来る所を拵えろ!私は辺りを探索する!お前とお前!付いてこい!」
フランは騎士を指名し、伏兵がいないか確認するために見回りを行う。
辺りに敵がいないことを確認したフランはテントを張り、騎士達を交代で休ませ、医療班の所へと赴いた。
「どう?」
フランは簡潔に医療班の班長に尋ねる。
「息がある者が23人。重体が14人。あとは重傷です。軽傷はいません」
彼は答えた。
「そう。案内を」
「こちらです」
フランは患者のところに案内してもらう。
その中に見たことのある顔がいた。
「確か、王弟殿下の側近では?」
フランは問いかける。
そう呼ばれたウォルバートは目を閉じて、頷きの代わりとする。
それを読み取れたフランは王弟の居場所を尋ねた。だが、彼は満身創痍で顔にも包帯が巻いてある。喋れないことも見越して、フランは王弟が逃げた方角を尋ねる。
「北?南?東?」
フランの問いに、ウォルバートは東の単語で目を閉じた。
「分かりました。見つけてきます。あなたはここで待っているように」
フランは命じる。そう言わなければ、彼は無理をしてでも追いかけて来そうだから。
「裏切り者は分かりますか」
フランは問いかける。
その問いにウォルバートは反応を示さなかった。賢明な判断である。
フランが連れてきた援軍も、そしてフラン自身も味方だとは限らないのだから。
「私はベルンハルト公爵家所属、フランです」
フランはそう自己紹介すると、ウォルバートに背を向けて立ち上がり、騎士達に命を下す。
「今からチームを分ける。医療班はここで待機。あと、医療班の護衛はあなた達の部隊。頼んだ」
フランはそう言うと、医療テントを出て騎士達のテントへ赴く。
「休憩仮眠したのち、月が真上に上がった頃に捜索隊を出す。指揮は私がとる。私以外に3人選抜する」
フランは言う。
「あとは、ここで待機。伏兵等の確認を怠るな。3日私が戻ってこなければ、捜索せよ。私が通った道は見つけられるだろう?」
フランは騎士達に尋ねる。
「大丈夫です。承知しました」
「よろしい。では、捜索隊を編成する」
フランは腕が立つ者を見繕い、すぐ仮眠をとるよう促した。
「私も寝る。2時間経てば起こしてくれ」
フランは副官にそう言うと、自分も仮眠をとるため、目を閉じた。




