第24話
「フランツェスカ嬢、耳の方は如何ですか」
ウォルバートはお茶を出しながら尋ねる。
「だいぶ、良くなった、かも?です」
フランツェスカは答える。
耳鳴りは消えた。まだ少し声が遠く感じるが、そこまで問題はない程度。
「良うございました。お怪我は?」
ウォルバートは尋ねる。
「特にないですね。ウォルバート様のおかけで助かりました。ありがとうございました」
フランツェスカは微笑んで礼を述べる。
流石、アレクサンダーの側近である。
「なら良いが」
アレクサンダーは、ふぅ、と安堵の息を吐く。
「して、お前は少し空気を読まないのか」
アレクサンダーはウォルバートを睨みつける。
「放っておいたら寝てしまうのでしょう?彼女の店で寝落ちして、全然帰って来なかったのはどなたですか」
ウォルバートは負けじと言い返す。
正論である。
フランツェスカは思わず笑ってしまった。
「ふふ。皆で飲みませんか」
彼女はウォルバートも誘い、3人で酒を飲むことを提案する。
ウォルバートもそれなら、とそそくさと準備し、つまみも一緒に持ってきた。
アレクサンダーとフランツェスカは隣同士に座り、向かいにウォルバートが腰を下ろす。
「首尾を聞いても?」
フランツェスカは尋ねた。
ぐい、と酒をあおる。今日は疲れた。
「第二妃の実家、バルリング公爵家は地位剥奪。庶民となり、流罪」
アレクサンダーは簡潔に説明する。
あの公爵家は生粋の貴族で、金のない生活などしたことがない。
この罰は生き地獄だろう。
「横領、横流しは重罪ですものね。あと……」
「そうだ。薬を盛って、王太子と寝たことだ。第二妃のその策に公爵夫妻は加担した」
それを第三妃がバラしたということだ。
「第三妃は第二妃に毒を盛った罪で死罪、打ち首。だったが、先程の第二妃の罪を暴露したため、自死を認められた」
それならマシな死に方だろう、とフランツェスカは思う。
「王太子は俺を殺そうとした罪で地位を剥奪。幽閉だ」
「そう、ですか」
フランツェスカは呟く。
そして、ぐいっとまた酒をあおる。
「そして、その王太子を唆し、俺を殺そうと画策したのは宰相だった」
「宰相、ですか」
フランツェスカは酒をあおり、空の杯をぎゅっと握った。
「もう其奴も死ぬ。明日には晒し首だ。芋蔓式で、色々と加担していた者も判明した」
アレクサンダーは嘲笑する。
「流石です。……アドルフィーネは?」
フランツェスカは恐る恐る尋ねた。
「彼女は宰相を追い詰めるのに証拠を持って来た。それにより、死罪は免れたが、宮女として王宮で働くこととなった」
貴族令嬢が宮女とは落ちぶれたものである。
が、アドルフィーネはそんなこと何とも思っていないだろう。彼女は別にそんなことで折れるような人じゃない。
「一応、フランカの侍女となる」
アレクサンダーは咳払いをしながら告げた。
「!?」
フランツェスカは酒を自分で注ぎながら、驚いて溢してしまう。
「え?」
彼女はアレクサンダーを見上げる。
ウォルバートは静かに文句も言わず、その溢れた酒を拭く。
「フランカの侍女だ」
「どうして、ですか?」
真剣にフランツェスカがそう尋ねるので、ウォルバートは思わず吹き出した。
アレクサンダーは彼をギロリと睨む。
「まあ、その内分かる。それで、子供達だが」
話が変わり、フランツェスカはそちらに食い付く。
王子や王女達のことが気になっていた。
「王女2人は俺が引き取ることになった」
「それは良いかと。ですが、そうすると、アレックスの結婚が遠のいてしまいませんか?継母になってくれる奇特な女性はあまりいませんよ?」
フランツェスカは言う。
その彼女の言葉にも、ウォルバートは吹き出した。
アレクサンダーはまた彼を睨む。
「王子達は?」
「王子達はとりあえず、教育し直しだ。廃位はしていない。継承順位は俺の次だ」
「なるほど。まともな人に教育してもらえば、あれも何とかなるでしょう」
フランツェスカは苦笑しながら言う。
第一王子はまだ一歳だ。
だから、まだどうにかなる。
「まあだが、またそれで王位争いとなるかもしれんがな」
アレクサンダーはこめかみを揉む。
それが容易に想像出来る。
「では、この案は如何でしょう?」
フランツェスカは酒をまたあおりながら、口を開いた。
少しずつ酒で顔が赤くなっている。
「アレックスに男児を産んでもらって、今の王子達を護衛と側近につけるのはどうでしょう?」
フランツェスカは微笑みながら提案する。
「それはいい案だが、俺は子どもを産めないぞ」
アレクサンダーは苦笑しながら言う。
「だから、それはアレックスの奥様に」
「それはフランカだぞ?」
アレクサンダーは苦笑しながら、彼女を見た。
「………え」
フランツェスカは少し止まったのち、彼を見る。
「何のために俺の指輪をつけてるんだ」
アレクサンダーは彼女の左手を取る。
左手の親指には、王弟の紋様の指輪が嵌っている。
「そ、それは犯人達を追い詰めるためで」
フランツェスカは目をぱちくりさせる。
「わ、私、ですか?」
彼女は問う。
「君以外に誰がいる?」
「え、だって、好き、なんて言われたこと」
「最悪、俺を養ってくれると言っていた」
「う、あ、あれは確かにそう、言いました。けど、結婚するとは、え、う、あ」
流石のフランツェスカも動揺する。
「あー、別にベール姫の仕事は続けていいぞ。別に王宮に居る必要性もない」
「それはどうかと」
ウォルバートが突っ込む。
「仕事を続けられるなら、別に、いい、かも、しれません」
フランツェスカは、ふむ、と考える。
「妃殿下としての仕事はしてくださいよ」
ウォルバートはまた突っ込む。
「まあ、それは。やることはやりますよ」
フランツェスカは頷く。
酔っているので、どこまでちゃんと分かっているのか不明だな、と思っているウォルバート。
「私は目付け役ですよ?逃げられませんよ?王女達の教育もしなければなりませんよ?」
ウォルバートは畳み掛ける。
「あは、何を言っているのやら」
フランツェスカは、ははっと笑う。
その笑いにウォルバートは眉間に皺を寄せる。
「アドルフィーネがいますもの。彼女に任せておけば、万事大丈夫です」
フランツェスカは親指を立てて、にこりと笑って言う。
「アレックスと結婚、ですか」
彼女はしみじみと呟く。
確かにアレクサンダーと一緒にいる時間は好きだ。
「手合わせ出来ますか?」
「勿論」
「お食事は?」
「食事は出来るだけ一緒にとろう」
アレクサンダーは答える。
「あ、ひとつお願いが」
フランツェスカは閃いたことがあり、声を上げる。
「挙式するならば、ベール姫の衣装で出ても?」
フランツェスカは、にこにこと言う。
多分彼女が1番酒が進んでいる。
この会話も明日になってどこまで覚えてるか微妙なところである。
が、フランツェスカは前向きに話を進めるので、アレクサンダーは嬉しそうな顔を見せている。
「おお、いいぞ。ベール姫の衣装とは、また一興」
アレクサンダーは酒をあおって答える。
ウォルバートはそそくさと紙と筆を用意する。
酔っていて昨日のことを覚えていない、と言われたらたまったものじゃない。
誓約してもらわねば。
「フランツェスカ嬢、良ければこちらにサインを」
ウォルバートはつらつらと文言を書くと、彼女に見せる。
それをアレクサンダーも覗き込む。
ひとつ、フランツェスカ・ベルンハルトはアレクサンダー・アーベラインと婚姻を結ぶ
ひとつ、2人の間には前王太子妃の子供である2人の王女を養子として迎える
ひとつ、2人の間に男児が生まれた場合、前側妃の王子2人を護衛と側近にする
「なあ、フランカ。何で、ベール姫の衣装で式を挙げるんだ?」
アレクサンダーは尋ねる。
「んー、ベールを上げて誓いをするとき、ベルンハルト公爵息女だとバラすのが楽しそうで」
フランツェスカはからからと笑って答えた。
「なので、誓いをする前に剣舞をしたいです。アレックスと」
想像しただけで楽しそうだ、と思ったフランツェスカ。
面白い提案にアレクサンダーは快く了承する。前代未聞で面白い。
「では、それも書いておきましょうか」
ウォルバートは言う。
ひとつ、挙式の際に剣舞を行い、誓いの際にベールを外してベール姫の正体を明かす
「あ、重要なのを忘れていました」
ウォルバートは仕事のことについて、書き連ねる。
「妃殿下の仕事は最低限すること」と、付け足す。
「あと、食事は出来るだけ一緒にとることも」
アレクサンダーは言う。
「はい、出来ました。サインをお願い致します」
ウォルバートに筆を渡され、フランツェスカは何も考えずにサインした。
「うふ。これで、アレックスと結婚出来るのですか」
フランツェスカは、えへへと笑いかけながら、彼を見る。
中性的な顔立ちなくせに、笑ったり頬が染まるととても色っぽい。
「出来るぞ。俺に嫁いでくれるか?」
「アレックスのお嫁さんは楽しそうですよね」
フランツェスカは微笑む。
「そう言うのはフランカくらいさ」
アレクサンダーはそう答え、彼女の手を取り、キスをする。
「ほら、酒も回ってる。今日も疲れたろ。朝も起こさないから、ゆっくり寝るといい」
アレクサンダーは彼女の頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でる。
そして、彼女を横抱きにする。
「おやすみ」
アレクサンダーはベッドに彼女を寝かせた。
お酒は飲める割に酔いが回るのが早い。
「一緒に寝ても良いですが、手は付けませんように。朝は起こしに来ませんので」
ウォルバートはサインをした紙と酒を持ち、頭を下げて部屋を出た。
廊下に出た彼は、ガッツポーズをする。
冷酷無比と噂のアレクサンダーに嫁ぎたい女性は少ない。というより、ほぼいない。
その中で、フランツェスカだけすんなり懐に入ってきて、彼の興味をさらって行った。
王弟と相対しているのに何も気取らず、取り入ろうともしなかった。
それは、今までの女性と違った。
アレクサンダーに近付いてくる女性は、権力を持ちたいだけだったから。
だけど、彼女はむしろアレクサンダーを養うとさえ言ってのけた。
そして、アレクサンダーが欲する情報を引き出したり、彼に尽力してみせた。
それも彼と別に打ち合わせしたわけでもなく。それは、彼女自身の優秀な能力の証明となった。
ウォルバートも認めたし、アレクサンダーも大々的には言わなかったが、徐々に惹かれているのは目に見えていた。
ならばと、ウォルバートはフランツェスカに嫁いでもらえるよう先程無理矢理婚姻の約束をしてきたのだ。
これで、安泰だ。
ウォルバートはにやりと笑うのだった。




