第19話
「なあ、店主さん。妙薬とは一体何なんだ」
来店した男爵御一行が、ベール姫に話しかけてきた。
「これはこれはベルクマン男爵様。ご機嫌麗しく」
ベール姫は頭を下げる。
「ほら、この間の公爵夫人パーティーで第二妃様が欲しがってた薬って何なんだ」
この男爵は胡散臭そうな顔に見えて、気のいい人である。
「なにかその薬の噂をご存知ですか?」
ベール姫は逆に尋ねる。
「巷では何も聞かねぇが、王宮には噂が回ってるらしいな」
男爵は言う。
「俺も王宮にいる甥っ子騎士から聞いたくらいだ」
その言葉を聞いて、ベール姫はベールの中で微笑む。
上手く、王宮内で噂がとどまってくれているようだ。
市井にはそんな妙薬など噂されていない。何故なら、そんな妙薬など有り得ない、と言ってくれる噂を断つ者が存在するから。
王宮勤めの者の家族から広まることを避けるため、そんな薬は有り得ないでしょう、と言う噂消しをアドルフィーネがしてくれている。
アドルフィーネの方が信者は多いので、本当に妙薬を買いに来る者などはいない。店に聞いてくる者はいるが、毎回何のことか分からない、と店側は対応している。
それ故に市井には噂はそこまで出回っていない。
「本当にあるのか?第二妃に渡していたじゃねぇか」
男爵は問いかける。
「ええ。渡しはしましたけれど、あれはただの仮病の薬です」
ベール姫は答えた。
「は?何だそれは」
「ちょっと体が火照る程度に熱くなるんです。あと、幻惑効果があって夢の中にいるような感じになると言いますか」
ベール姫は説明する。嘘ではない。
「何だそれは?何故、そんなもの欲しがるんだ?」
男爵は眉間に皺を寄せる。
「考えられるとしたら、寝込んだふりして王太子殿下に見舞ってもらいたいとか?」
ベール姫は考えを述べてみる。
それを聞いた男爵は、「なるほど」と頷いた。
「それは確かにあり得るな。自分に気を向けて欲しいわけか」
男爵は顎髭を触りながら呟く。
「女ってものは、大変だなあ」
「寵愛がないと生き残れませんからね」
ベール姫は苦笑いで答える。
「ベール姫さんはどうするんだい?結婚はしないのか?」
「今度は誰を紹介してくれるんです?」
ベール姫はその話に乗っかってみる。
何故なら、この男爵は変な相手を紹介しないから。自分の妾になるか?などとは言わないし、紹介してくれた相手を調べたことはあるが、皆誠実だった。
「ベール姫みたいな器量良しなら、誰でも嬉しいだろうさ。毎日楽しそうじゃないか」
男爵はそう言ってくれるのだ。
「でも、もう紹介できる相手がいないんだよなぁ。そりゃあ、1番の候補はやっぱり妻の親戚の辺境伯子息なんだが」
今まで紹介された中で、1番家格が良い相手である。
「なあ、ベール姫さん」
男爵は受付台に身を乗り出して、彼女に近付く。そして。
「本当はどこぞの貴族令嬢なんだろう?」と小声で尋ねた。
「あら、そう思われますか」
「そうじゃなけりゃあ、あんな難曲歌って弾けるわけないさ」
公爵夫人の誕生パーティーでの話をしている。
確かにやり過ぎた感はあるが、あれはあっちが悪い。
打ち合わせがない分、合わせやすい曲をしてくるのが普通なのに、難曲にしてきたのはあっちだ。
「男爵様も、私の正体気になりますか」
「そりゃあ気になるさ。女だと見くびってちゃあ、食われちまうからなぁ。ここら一帯、治安が安定してるのはベール姫さんのおかげだろう?」
ベール姫の店は敢えて、あまり治安の良くない所に建てられた。
治安が良くないということは、ゴロツキがいる。
初めは盗みなどが横行していたが、女には刺繍を習わし、客対応も覚えさせ、品物の見聞きも教えた。
男には力仕事である荷運び、護衛、警護など、それぞれに合った仕事をさせ、給料を与えた。
すると、ゴロツキがいなくなったし、働かせてくれと応募してくる者さえいた。
そこで一帯の宿屋や飲食店、その他の店などに彼女自身の小遣いの中から人件費は出すから、雇ってあげて欲しいと頼み込んだ。
これで人材不足はなくなり、ベール姫の事業に貴族がよくつくことで、一帯の店にも金がおりて金回りが良くなった。
改装資金も少し出してあげることで、貴族が飲食するようにもなったりした。
貴族相手に商売するということで、フランツェスカはマナー教育もしてあげたし、そのおかげで王宮勤めが出来るようになった者もいる。
彼女は3年で、ここら一帯をまとめ上げた元締めのような存在だった。
故に皆、彼女に恩がある。
「俺はさあ」
男爵は口を開く。とても小さい声で。
「こんな口を聞ける相手ではないと思っているんだ」
その言葉にベールの中で目を瞬くフランツェスカ。
確かに公爵令嬢に話しかける話し方ではないことは確か。
「例えば、誰だとお思いなのですか」
「そうだなぁ」
男爵は考えるフリをして、また身を乗り出す。
どうやら、答えはあるらしい。
フランツェスカも興味があって、少しだけ彼の方に体を寄せた。
「ベルンハルト公爵令嬢ではないかと思っている」
「!」
フランツェスカはベールの中で目を見開いた。
「……どうしてですか?」
彼女は尋ねる。何の根拠があるのだろうか。
「この間のパーティーで貴族令嬢だと確信はした。そして、あの難曲を披露できるのは高位貴族だ。今までは踊りがメインで呼ばれることが多かっただろう?踊りなら、庶民が練習してもそれなりにはなる。だが、あの歌と楽器は違う」
男爵は言う。
彼と話している間に客足が途絶えた。皆、昼食の時間だ。
今店には、フランツェスカと侍女ベルナ、男爵とその側近と護衛が2人。
「未婚の高位貴族令嬢は限られる」
男爵は店に他の客がいないのを確認し、身を乗り出すのをやめて、普通の声量で話す。
「ベルナ、椅子を」
ベール姫はベルナに椅子を用意させ、男爵に腰をかけてもらう。
「伯爵家はいくつかあるが、まだ幼いかもう結婚しているかのどちらかだ。年頃の娘がいたのはいたが、婚約者もいたはず。それに、ベール姫さんみたいな背の高さもない」
男爵の話を静かに聞くフランツェスカ。よく推測出来ている。
「侯爵家はこの国には3つだけ。一つは王太子妃のアーレンス侯爵家。あそこには彼女の妹がいるが、もう婚約者がいる。あとの2つの家も早々に婚約者が決められていたはず」
高位であればあるほど、婚約者は幼少時代から決められていることが多い。
「それに、ベール姫みたいに背が高くない」
どうやら、身長が決定打のようだった。
「ですが、下級貴族でもあの難曲をこなせる者はいるかと思いますが」
ベール姫は言ってみる。
「俺は男爵家だ。どちらかと言うと、高位貴族よりは下級貴族の方が知り合いが多い。あんな難曲をこなせる者がいたら、下級貴族なんて喜んで名を上げるよ。顔を隠さずにな」
下級であればあるほど、上にのし上がりたい。だがら、顔を隠すわけがない、という理由らしい。
「侯爵家の可能性も消えた。じゃあ残るは、この国に2つしかない公爵家だ」
男爵はにやりと笑って告げる。
「どちらも一人娘だ。1人は第二妃だろう?あとの残りはベルンハルト公爵令嬢のみ。彼女は未婚だ」
男爵はベールの向こう側を見るような視線を向ける。
「それに、ベール姫と身長が一緒くらいだった気がする」
フランツェスカは内心で拍手する。
「ベルンハルト公爵令嬢が難曲をこなす所は見たことはないが、出来るとは思っている。公爵家の名は伊達じゃないからな」
男爵は言う。そして、続ける。
「それにさ、剣舞が出来るって彼女らしいなって思うわけだよ」
「剣舞ですか?」
フランツェスカは思わず聞き返す。
「そう。ベルンハルト公爵家は騎士家系で、近衛も輩出しているくらい、腕っぷしがある。その公爵令嬢が男装して剣を握っているのも知っている。ならば、剣舞くらいお手の者だろう?」
男爵は告げた。
話を聞いていた侍女ベルナは舌を巻いていた。この男爵は頭が回る。そう発言出来る自信を持っているということは、調査済みということだ。
ベール姫は、ふふふと笑って、ベールをのけた。
男爵、その側近、護衛が瞠目する。まさか、ベールを外してくれるとは。
「きちんとご挨拶するのは初めてですね。ベルクマン男爵殿。改めまして、フランツェスカ・ベルンハルトと申します」
フランツェスカは優しく微笑み、カーテシーを行なった。
男爵は慌てて椅子から下りると、頭を下げる。
「座ったままで結構ですよ」
フランツェスカは、くすっと笑いながら、自分も椅子に座った。
「ベルナ、お茶を。あと、看板を出しておいて」
「かしこまりました」
ベルナは返事し、店に客が入ってこないようにする。
「色々調べたのですね?」
フランツェスカは男爵に尋ねる。
彼は目を瞬きながら、彼女を見ていた。
こうして、実物を見るのは初めてだった。ベルンハルト公爵令嬢は、あまり社交界でも姿を見せないし、あまり招待もされないので見る機会が少ない。
何故なら、彼女の中性的な顔立ちと男顔負けの佇まいに男性達が見劣りしてしまうからだ。
ドレスを着ていても凛々しく見えるそう。
「………し、しらみ潰しに片っ端から調べ上げました」
男爵は答えた。
実物をこうも間近で見て思ったことは、あまりにも綺麗すぎる。
「あら。ということは山をかけられ、まんまとハマってしまったのですね」
フランツェスカは笑いながら告げた。
彼の推測を聞いていたつもりだが、どうやらしらみ潰しに調査した結果をそれっぽい理由をつけて問いただしたということ。
きちんと、調査済みだったらしい。
「でも、ここまでちゃんと調べてきたのはベルクマン男爵のみですね」
フランツェスカは微笑んだ。
別に当てられたことに怒りは無い。
「怒っていませんか」
男爵は恐る恐る尋ねる。
「別に?あなたのことは、信頼しておりますので」
「それは嬉しい限りです」
彼は少し気を抜いて、微笑んだ。
「あ、私のことは他言無用でお願い致しますね」
フランツェスカはにこりと笑って告げる。
「分かってますよ。ベルンハルト公爵家に盾突くわけないでしょう」
男爵は慌てて言い募る。
「それに」
彼は続ける。
「この店は王弟殿下も御用達でしょう?ベール姫と王弟殿下は懇意にしていると噂されています」
「まあ、少し前に店に来ていましたね」
フランツェスカは認める。
「王弟殿下と懇意にしているあなたを害するわけないですよ。王弟殿下を相手に出来るわけないですし」
「ふふ。そんなに王弟殿下は恐ろしいですか」
フランツェスカは笑う。
「当たり前ですよ、ご令嬢。彼は王太子にもその息子達にも厳しいと噂ですよ?一歳の王子達にも容赦ない、と」
男爵は言う。
「では、あの王太子が王位についても良いとお考えですか」
フランツェスカは真面目な顔になり、問うてみた。
空気がいきなり変わったことにより、男爵は思わずごくりと唾を飲んだ。
昨日更新忘れてました(・・;)
なので、昨日の分を先に投稿しますm(_ _)m




