第18話
「と、言いますと?」
ベール姫ことフランツェスカは、ベルンヒルデに尋ね返す。
「ほら今、巷で噂の物があるでしょう」
彼女は答える。
「……妙薬、のことでございますか」
ベール姫は首を傾げながら問うた。
「ええ、それよ。それを譲ってくれないかしら」
譲れ、とは図々しい。
「いくらででしょうか?一応定価は金貨50なのですが」
「これから我が公爵家の庇護下に入れば、あなたはもっと名声が轟くわ。これで手打ちはどうかしら」
ベルンヒルデは提案する。
何が手打ちだ。タダで欲しいだけだろうに。
ベールの中で嘲笑するフランツェスカ。
「なるほど。庇護下にもし入ったら、どのような得があるのでしょうか」
ベール姫は尋ねる。
「色々手回ししてあげましょう。婚約者もさがしてあげてもよくてよ?」
ベルンヒルデは言う。
「………手回し、とは?」
婚約者のことには触れずに、手回しのことだけを尋ねる。
「流通先を見つけてあげましょう。私には伝手がたくさんあってよ」
彼女は自慢するように言う。
そんなもの必要はないのだが。フランツェスカは内心でため息をつく。
「………分かりました。私も商人です。流通先はたくさんあると助かるのは事実。ですが、賄賂だと役人に疑われてはいけません。ですから、タダで譲るのは怖いのです」
ベール姫の言葉に、招待客達が頷いて同意を示す。
同意の声が上がったため、ベルンヒルデは歯を食いしばり、睨むようにベール姫を見る。
「では、いくらなら良いの?」
「半額は頂きたく存じます」
「金貨25枚ですって?」
彼女は驚きの声を上げる。
その値段を聞いて、招待客達も同じような声を上げた。
その妙薬とは一体何なのか、と気になる者がたくさんいるが、聞くに聞けない。
どうやら、知っている者と知らない者がいるらしい。
「ですが、今日は公爵夫人のお誕生日ということで、金貨10枚におまけ致します」
フランツェスカは、ベールの中でにこりと微笑んだ。
「ふむ………」
その値段を聞いて、ベルンヒルデと父である公爵は考える。値段が5分の1になった。まあ、これくらいなら良いだろう。
2人は頷き、「ではそれで」と購入した。
ベール姫は恭しく頭を下げ、侍従にその妙薬とやらを持ってこさせる。
「さて、それでは最後、踊り明かしましょうか」
ベール姫は声を上げた。
堅苦しい雰囲気など吹き飛ばすように軽快な声を。
すると、パーティーの醍醐味であるワルツが流れ始めた。
「お嬢様、お手を」
ベール姫は自分1人で踊るのではなく、近くにいた令嬢の手を取った。
「えっ、え?」
彼女はベール姫より小柄。確か男爵令嬢だったな、とフランツェスカは思いながら、彼女とパートナーを組む。
そして、踊り始めた。
ベール姫が男性パートで。
「………何故男性パートが踊れる」
「リードが上手すぎる」
「やはり、貴族なのでは」
色々な憶測が飛び交う。
男爵令嬢と踊ったのち、ベール姫はまた別の令嬢を誘う。次は伯爵令嬢だった。彼女の踊りも上手いなと思いながら、フランツェスカはリードする。
そして、最後に誘った相手はベルンヒルデである。
「お嬢様、最後に良ければ」
ベール姫はベールの中で微笑みながら、太っているベルンヒルデの手を取った。
あれが踊れるのか?などと言う奴もいたが、まあ、フランツェスカの手にかかれば踊れているように見えたことだろう。
これが、あまりダンスの得意でない男性が相手では、彼女の拙さが大バレだっただろうが。
そうして、一気に客達もワルツを踊り始める。それに紛れて、ベール姫は広間を密かに後にした。
公爵の甥にバレないように。
だが、その公爵の甥、アードラー伯爵子息は彼女だけを見ていたようだった。
広間を抜けたのをきちんと捉えていたようで、彼はベール姫を追ってきていた。
邸を抜ける寸前で、ベール姫は伯爵子息に捕まってしまう。
「げ」
フランツェスカは思わず口に出す。
「ベール姫、名前をそろそろ教えてくれてもいいのでは?」
彼はベール姫の腕を掴もうとする。
フランツェスカは咄嗟に体を逸らして避けた。
「教えてしまっては、面白くないでしょう?」
ベール姫は笑いながら答え、馬車に乗ろうとする。
「ベール姫!」
彼は叫んで、彼女の動きを止める。
だが、フランツェスカが先に口を開いた。
「また伯爵邸にでもお呼びくださいませ。色々と予定が立て込んでいるので、行けるのはいつになるかは分かりませんが」
ベール姫は当たり障りのないように答え、その場を去ろうとする。
「ベール姫!私のところに来ないか?」
「……それは嫁いでこないか?ということですか」
「ああ、そうだ。貴族ならば正室になれるし、庶民ならば側室に召そう。どうだ?」
「……」
フランツェスカはベールの中で嘲笑した。
伯爵家が公爵令嬢を囲うなんて百年早い。
「私には恐れ多きことです」
ベール姫はそう思ってもないことを言って、馬車に乗り込んだ。
♢
「!!!」
馬車に乗り込んだフランツェスカは、ベール越しに口を押さえられていた。
彼女はベールの中で目を大きく見開く。
彼女はもう大丈夫だと知らせるために、ベールを外そうとすると、ベール越しに押さえられていた手も外れた。
「ア、アレックス」
フランツェスカは驚いた。
何故、馬車に彼がいる?
そんな疑問がいっぱいの中、馬車がゆっくりと動き出す。
「ご苦労だったな」
そう言ったのはアレクサンダーだ。本当にアレクサンダーだ。
「な、何で」
フランツェスカは驚きが止まらない。
「優秀な侍女だな」
その彼の言葉で、フランツェスカは記憶を辿る。そういえば、彼に迎えに来て欲しい、などと呟いたかもしれない。
「………ええ、本当に」
フランツェスカは嬉しそうに微笑み、彼の隣に座りに行く。
アレクサンダーも嬉しそうな顔で、彼女の手を取った。
「気持ち悪かったろう」
先程の会話のことを言っているのだろう。
「あー、まあ、毎度のことですので」
フランツェスカは苦笑する。
「伯爵家だろう?潰せるが?」
アレクサンダーはさらりとそんなことを言う。
「小者なんてどうだっていいですよ。私は今ここにアレックスがいて、嫌な気持ちも全部吹き飛んだので」
フランツェスカは微笑んで答えた。
「それは俺のことを好きだと言っているのか?」
アレクサンダーは問いかける。
その問いに彼女は目をぱちくりした。
「好き?好きと言いますか…。でも、好きですよ。王弟殿下の隣に立つ度胸はありませんが」
フランツェスカは苦笑しながら答えた。
彼の隣に立つなんて、恐れ多い。
「だが、前は俺を養ってくれると言ったろう?」
「確かに、養うことなら可能です。アレックスが王族じゃなくなったら、私の方が稼ぎ頭ですもの」
フランツェスカはからからと笑いながら言った。
「それは確かにそうだな。だが、そうはならんがな」
アレクサンダーは、ふ、と笑う。
「ええ、知ってますよ。アレックスは成功させますから」
フランツェスカは微笑み返す。
彼の手をぎゅ、と握ると、口を開いた。
「妙薬は第二妃の手に渡りました。あとは現場で、お願い致します」
「ああ。誰が尻尾を出すか見ものだな」
アレクサンダーは、くくっと笑う。
「来るか?」
「いえ。そこからはもう、お任せ致します」
フランツェスカは答える。
「フランカの予想を聞いておこうか」
アレクサンダーは彼女を見つめてそう言った。
自分は何処まで読めているのかを言え、ということ。
フランツェスカは一瞬だけ目を伏せる。
「王女殿下を襲ったバルリング公爵家の手の者。彼は誰かに唆されたのでしょう。今なら護衛もいない、などと言われて」
「ふむ。それで」
「所属はそこかもしれませんが、何とも言えませんね」
フランツェスカは言う。
「じゃあ、君の予想は?」
「まだ姿を出してない第三妃、でしょうか」
第三妃には、まだうまれて半年ほどの第二王子が存在する。
彼女も他の妃のことは鬱陶しく思っていることだろう。何故なら、地位が1番低いから。庶民だから。自分の子を王位につけたいなら、第一王子は邪魔である。
「だが、1番邪魔なのは第一王子だろう?なら、何で王女を狙う」
「アドルフィーネの弱体化を狙っているんでしょう。王女が死んで、彼女が弱ればラッキーなどと」
アドルフィーネは聡明だ。外交もしているし、貴族同士の付き合いもある。実家も堅実な家柄。そして、国王夫妻とも仲が良い。
「そうだな。さて、どうなるか」
「……アレックス、お気をつけて」
フランツェスカは心配そうな顔を向ける。
「ああ」
アレクサンダーは頷く。
自分を心配してくれるフランツェスカの様子が可愛くて、思わず額にキスをした。
フランツェスカは目を見開いて動きを止める。
そんな様子も可愛くて、アレクサンダーは優しく微笑む。
「気を付けるんだぞ」
彼はそう言って、フランツェスカの頭にぽんと手を置くと、彼女を公爵邸に送り届け、何事もなかったように去って行くのだった。




