第17話
「お父様、聞きました?」
第二妃ベルンヒルデは実父バルリング公爵を王宮に喚び、自室にてお茶をしていた。
「妙薬のことか」
「ええ」
彼女は頷く。
「その薬、欲しいので手に入れてきてください」
彼女は父親に言う。
「簡単に手に入る物ではないぞ。金貨50枚だぞ?」
「公爵家ならそれくらい容易いでしょう?」
彼女は微笑んで言う。
まさか容易いなんて言えるはずもない。金貨50なんて、この地位になって、やっと2ヶ月分の給料くらいに匹敵するようになったのだ。公爵は内心で苦虫を噛み潰す。
「そう言うならば、お前も出せ」
公爵は言った。
「私は日頃から衣装などにお金がかかるのです」
彼女は告げる。
妃は着飾って何ぼなのだが、豚に真珠だった。
話を聞いている侍女や側近は言ってやりたいが、言えるはずもなく。
お世辞にも細いなどとは言えない体付き。綺麗な顔立ちでもない。それを化粧と衣装と装飾品で誤魔化しているようなものだった。
「よく考えてください、お父様」
彼女は口を開く。
「だって、この妙薬でまた王子が生まれるかもしれませんのよ?」
「………確かにの」
公爵は呟く。
金はかかるが、また娘が王太子との子どもを妊娠するならば話は別だ。
現在、孫が第一王子である。ゆくゆくは、即位するだろう。それならば自分も口を出せるし、好き勝手に金も使えるようになるかもしれない。
今は安い投資ではないが、ゆくゆくのことを考えると安い投資か?と思考する公爵。だが。
「それでも50は高い」
彼は呟いた。
「では、ベール姫を喚びましょう」
彼女は提案する。そして、続ける。
「その薬を購入するから持って来いってね。母様の誕生日も近いし、丁度いいじゃない。ベール姫にパーティーに出てもらいましょう。皆の前で脅してやれば、タダでもらえそうじゃない」
そして、小声でなにかを付け足すベルンヒルデ。
その案に、公爵はそれならありだと納得する。
どうせ、ベール姫なんてどこぞの庶民の娘だろう、と。
貴族令嬢が自分の足で稼ぐなどという、はしたない真似はしないだろうから、脅しでもすればどうとでもなると。
「そうしよう。他にも衣装や装飾品などをもらうとしようじゃないか」
公爵はにやりと笑い、ベルンヒルデもにやりと笑うのだった。
♢
「ええええ」
招待状を見て、思い切り愚痴をこぼすフランツェスカ。
第二妃の実家、バルリング公爵家からの招待状だった。
「………」
フランツェスカはすごい嫌な顔をしつつも、最後にニヤリとした。
釣れた。
「お嬢様、悪いお顔になっておりますよ」
ベルナは注意する。
「え?あー、ごめんごめん」
フランツェスカは謝る。
「噂の妙薬をご希望みたいよ」
「でしょうけれど、あの家に行くのは嫌ですね」
ベルナも苦い顔をする。
「………仕方ないわね」
フランツェスカは長いため息をつく。
それはそれは長いため息を。
何故なら、あの公爵家のパーティーには公爵の親戚が集まるからだ。
特に公爵の実弟であるアードラー伯爵の息子が、フランツェスカは大嫌いだった。
フランツェスカ•ベルンハルトのことは嫌いなくせに、ベール姫は好きで好きでたまらない様子。どこぞの王太子と一緒である。
「アレックスが迎えに来てくれないかな」
と、フランツェスカは思わず呟く。
嫌な思いのまま帰るのは、しんどい。
嫌なことがあった時は、ベルンハルト公爵家に帰らずにこの店でいつも1泊してしまうフランツェスカ。
何故なら、この店のこの部屋が1番気を抜ける所だから。
でも、アレクサンダーに会えば、気が晴れそうな気がした。
何となくだが。
それがどういった心境なのかは分からないが、彼の顔を見れば落ち着きそうだなと思ってしまった。
「殿下に伝えておきましょうか?」
ベルナは問う。
「彼は彼で忙しいんだから、そんなことで煩わせてはいけないわ」
フランツェスカは答える。彼は王弟。
常日頃、国王の護衛もしつつ、補助をして、王太子を諫めながら仕事をし、国王の代わりに外交に向かったりと基本は多忙な人である。
「でも、先日も店に来てくれたではないですか」
「あれは、たまたまよ。定期報告をしてくれただけ。手紙だと危ないからね」
フランツェスカは説明する。
「にしては、親密そうでしたが?」
「たまたまよ」
フランツェスカは言う。
そう、たまたま、2人とも眠かっただけ。
日頃の疲労で、つい。
「そうですか、たまたまですか」
ベルナは呆れたように言う。
お互い惹かれ合っているくせに、何を言っているのか。
いや、もしかして。
「お嬢様、殿下のことはお好きでしょう?」
「人としては好きよ」
即答するフランツェスカ。
「??彼と結婚したいとは?」
「出来るわけないじゃない」
フランツェスカは言う。
思った答えと違って、ベルナは顔を顰めた。
「物理的には可能ですよ?家格も問題ありませんし」
ベルナは言う。
「そういうことじゃないわ」
フランツェスカは言う。
王宮を正すためにこれからすることは、危ないことだから。
最悪互いに死ぬ可能性もある。
何せ、戦場でアレクサンダーを裏切った者は、絶対に彼に近しい人だから。その裏切り者だけは、絶対に突き止めるつもりでいるフランツェスカ。
そして、最終的に王族がどれほど残るのか。フランツェスカはこめかみを揉む。
「めったなことは言えないのよ」
彼女はそう言って、口を噤んだ。
♢
バルリング公爵夫人の誕生パーティーには、各名門貴族からお祝いの品などが届いており、盛大なものとなっていた。
「今日はベール姫も来ると聞いておりますよ、公爵」
「ええ。存分に楽しんでいってくださいませ」
公爵は微笑みながら答える。
今日はベール姫に、踊りだけでなく歌と楽器も頼んでいる。
おかげで高額料金だったが、公爵家の威厳を示せるパーティーになる予定だ。
「ほら、始まりますぞ」
公爵はニヤリと笑った。
ベール姫の今日の衣装は真っ青であった。ベール姫の衣装は基本ドレスではなく、東洋の方に伝わる薄絹を重ねて着るもの。袖や裾は広がった形で、舞うと揺れて綺麗に映える。
「本日はお招き下さいまして、誠に感謝申し上げます。バルリング公爵夫人のお誕生日を祝しまして、まずは一曲、歌い奉りたいと存じます」
ベール姫は頭を下げて言う。
「聞かせてちょうだい」
公爵夫人の声にて、楽師たちの演奏が始まる。
ベール姫は基本打ち合わせはしない。
その場に行って、演目を決める。今宵は特に、楽師の流した曲で即興で歌うと伝えているし、踊りも楽師の曲に合わせる。しかも、楽器まで演奏しろと言われている。ソロの部分を与えるから、そこを弾けと言われていた。
ほぼ、虐めに近い。
ベール姫は内心、面倒くさいなと思いつつ演技をしていた。
今回の歌は、この国に歴代伝わる難曲のひとつ。
高音から低音まで幅広い音域があるため、音が外れやすい。
それでも、ベール姫は歌い上げる。この国の公爵令嬢たるもの、この歌は必須だ。下級貴族までは分からないが、王族の次に家格の高い公爵家では、この歌は幼い頃から練習させられる。
「流石ですね」
誰かがベール姫の歌声を聴いて褒める。
この難曲を歌い上げられるなんて、数少ない。
歌い終わると割れんばかりの拍手が起こり、ベール姫は頭を深く下げる。
そして、休む間もなく楽師の演奏が再開する。
「………」
嘘だろ、と思いつつもベール姫は手渡されたヴァイオリンを受け取った。
これまた難曲のひとつだった。
弾けるだけで王宮の楽師勤めが出来るし、王族の音楽教師としても勤めることが出来る、腕前を見る曲のひとつ。
フランツェスカはベールの中でゆっくり息を吐き、ゆっくり息を吐く。
難曲であることには違いない。だが、これも高位貴族なら弾ける。ただ、楽譜速度には合わせられないだけ。少し遅い速度であれば、高位貴族なら弾ける者も数人いるだろう。
自分はベルンハルト公爵家だ。こんな落ちぶれたバルリング公爵家とは違う。
フランツェスカことベール姫は、ゆっくりと楽器を構えた。
「うわ、何でこんな曲まで」
誰かが呟く。
超絶技巧の難曲。高位貴族であればあるほど、この曲の難しさが分かる。
辱めようとしたバルリング公爵と娘の第二妃は目を見張った。
まさか、こんなものまで出来るなんて。
ベール姫は、ソロパートをミスなく弾いてのけた。
感嘆で皆言葉が出ず、拍手がまばらだったが、少しずつ拍手が増え、喝采となる。
「ベール姫って本当は貴族令嬢じゃないのか」
誰かが呟く。
「そりゃあ、王太子も現を抜かすのも分かる」
同意の言葉が出る。
「バルリング公爵令嬢なんて、たまたまだろう?」
「だって、ほら、あんな体よ?」
ふくよかを通り越してただのデブだ。
「王太子は綺麗な方が好きだもの」
「それはそうね。第三妃は踊り子で、舞が上手だと聞くもの」
「第二妃の彼女は何も持ってないわ。家柄だけよ」
噂が流れる。
この空気を変えるため、公爵は一度咳払いをし、ベール姫に拍手を向けた。
「流石ベール姫だ。こんな難曲でさえこなすなど、驚いた」
公爵は褒め言葉を口にする。
ベール姫は静かに頭を下げる。
「店の方も順調だと聞いたぞ」
「お褒めに預かり光栄でございます。私の店からも、公爵夫人にお土産をお持ちしています」
ベール姫は侍従に言い、贈り物を渡す。
公爵夫人は嬉しそうにその箱を開けた。
「ああ、何て美しい薔薇の刺繍!」
夫人は声を上げる。
公爵も覗きこむと、確かに薔薇の刺繍が施されたハンカチがあった。
しかも、紫の薔薇。
「気品と誇りにあふれる高貴なる公爵夫人と掛けて紫の薔薇でございます。此度のハンカチは私からの贈り物でございますので、お代は必要ありません」
ベール姫は説明し、頭を下げる。
「誠に良いのか?これだと金貨5枚くらいにはなるのではないか」
「構いません」
ベール姫はベールの中で微笑む。
「何と太っ腹な!」
「だが、流石公爵家の威厳ですな」
ベール姫を褒める者と公爵家はやはり凄いと再確認する者がいる。
「ベール姫よ、ハンカチ1つだけなのかしら」
第二妃が口を開いた。
その言葉にフランツェスカはベールの中で悪い顔をするのだった。




