第10話
厄介なことになった、とフランツェスカは思っていた。
「…」
アレクサンダーはそんな彼女の気持ちが分かったのか、「すまない」と口パクで謝った。
フランツェスカは、それには苦笑で返す。
仕方ない。
「………どこまでやっていいものか」
彼女は小声で呟く。
意を決して、彼女はアレクサンダーを見る。
「試合の条件は何でしょうか」
「どちらかが降参と言うか、気を失うか、私が止めるまで、だな」
アレクサンダーは答える。
「剣が弾き飛んでも降参しない、あるいは殿下が止めるまでは続行可能ということですね」
フランツェスカは確認する。
「そうだ。アデルバート、どうだ」
アレクサンダーは王太子の方を見る。
「それで構いません。すぐに降参と言うでしょうしね」
王太子は、にやりと笑って答える。
高を括っている、とフランツェスカは思った。彼女は内心で息を吐く。
「私が勝っても文句は言わないでくださいね」
フランツェスカは少し面倒くさそうに言う。
「何を言うか!お前が負けると分かっていることに文句など出るわけないだろう!」
王太子は叫ぶ。
「そうですか。文句言わないでくださいよ」
フランツェスカは再度伝えて、木剣を構えた。
しかも片手で、半身で構える。
王太子もゆっくりと構えた。
じりじりと間合いを読み合うのかと思ったフランツェスカだったが、予想に反して王太子はすぐ動いた。
フランツェスカは冷静に彼の剣を弾き、手首を狙う。
彼は驚き、少し後ろに距離を取る。
だが、フランツェスカは時間を与えずそのまま追って、突きを繰り出した。
「ぐっ」
彼女の早い突きが何回も来て、王太子はそれを捌くので精一杯だった。
「………押されてないか?」
見ていた騎士がそう呟いた。
その言葉が聞こえたのか、王太子は悔しい顔になり、「くそっ!!」と叫んで、無理矢理彼女に突っ込む。
「力任せはダメだと教わったでしょう」
フランツェスカはそう返し、彼の剣を綺麗に捌いていく。
それはとても綺麗に。余裕そうに。それこそ、踊るように。
アレクサンダーは内心で感心していた。実際、彼女と手合わせはしたことはないが、実力は王太子よりあるだろうという勝手な予想でこの試合を設けたのだった。
だが、思っているより出来る。反応も良い。よく見えていて、目も良い。速度もある。危なげもない。
アレクサンダーはにやりとする。
王太子は、自分の剣が彼女に悉く受けられ、躱されていくので苛立ちが募る。
「くそっ!」
「怠けてましたね!」
フランツェスカは王太子に言う。
剣に重みがない。10年くらい前に手合わせしたときの方が強かった。
「フランカ。やってしまえ」
アレクサンダーは思わず口を出した。
彼女が何処か遠慮している戦い方をしていたからだった。
先程から受けたり流すことが殆どで、全然攻撃に転じない。
「………」
フランツェスカは迷った。だが、それも一瞬。
王太子が攻めてきた剣をそのまま絡め取るようにして攻撃させないようにし、間合いを詰める。
力では敵わないかもしれないが、速さでは多分自分の方が上だと分かったフランツェスカは反撃の隙を与えず、ずっと攻める。
王太子が少しずつ後退し始めた。
「くそが!!」
王太子は力任せに振り下ろした。
それをフランツェスカは体を半分引くことだけで避けて、剣で剣を押さえる。
彼の剣先が地面に食い込むくらい力任せに押さえこむ。
ある程度押さえこんだ所で、彼女は力を緩めた。
急な力の解放に王太子の剣を軽くなり、反動でつい上へとまた持ち上げ構えようとした所に、フランツェスカが剣を持つ彼の手を狙った。
「っ!!!」
思わず剣を落とした王太子の首めかげ、フランツェスカは剣を横一文字に当てる。
「そこまで」
アレクサンダーが試合を止めた。
「今のは違います!わ、私が負けるわけが!」
王太子は打たれた手をさすりながら、落とした剣を拾う。
「では、私は素手で行きますので、どうぞ」
フランツェスカは木剣を少し離れた所に放り投げた。
「バカが!!」
王太子は容易く彼女の挑発に乗った。
「それはお前だろう」
アレクサンダーは呟く。
負けを認めれば良かったものを。
王太子は剣を大振りした。それをいとも容易く避けたフランツェスカは足で剣を押さえこむ。
そして、押さえ込んでいる足を軸にして、王太子の側頭部目掛けて蹴りをかまそうとした。
「……」
が、その蹴りはアレクサンダーが手で受け止める。
王太子は驚き、「ひぃ」と恐れた顔で距離を取った。
フランツェスカはゆっくりと足を下ろし、頭を下げる。
試合は終わった、と知らせるために。
騎士達は拍手喝采だった。
まさか、普通に戦えるとは。王太子相手に勝ってしまうとは。
驚いているものの、彼女の剣の腕に一目を置いたのは言うまでもない。
「陛下の所に行かねばな。さあ、行くぞ、アデルバート」
アレクサンダーは王太子の首根っこを掴み、フランツェスカに微笑みかけ、練習場から背を向ける。
その微笑みに、観戦していた騎士達が驚いたのは言うまでもない。
すたすたと歩いていくアレクサンダー達を見送りながら、フランツェスカはひと息吐いた。
「い、今のは油断していたのです!叔父上!聞いてくださいっ!」
王太子の情けない声が響くが、アレクサンダーは無視して連れて行く。
周囲の者達も何事かとそちらを見るが、アレクサンダーに掴まれている王太子を戦々恐々と眺めるだけ。
彼らの姿が見えなくなると、観戦していた騎士達が一斉にフランツェスカに群がった。
「フランツェスカ嬢!見くびっていてすまない!手合わせ出来ないだろうか!?」
「先に俺とだ!」
「俺ともしてくれ!」
彼らは興奮したように言う。
「はい、またの時にお願い致します」
フランツェスカは笑顔で応える。
「今は王女殿下達の護衛ですので、下がらせて頂きたく存じます」
そう言うと、彼女も王宮へと歩いていく。礼をきちんと伝えてから。
「なあ、さっきの剣さばき何処かで見たことないか」
「だよな。なにかで見た気がするんだよな」
誰かがそう呟く。
「まさかな」
ベール姫の剣舞と動きが似ていた気がするが、違うに決まってる。
騎士の1人はそう思った。
「でも、強かった」
それは事実だ。
「殿下の剣もよく見えていたよな」
「ああ。きちんと見切っていた」
皆は頷く。
「普通に殿下より強かったな」
「お前、彼女が勝つと分かってたか?」
「まさか」
「じゃあ、王弟殿下は知っていたのか?」
疑問がよぎる。
誰かが顎に手をやり、記憶を辿りながらハッと閃いたように「まさか!」と声を上げた。
「何だ?」
「どうした?」
「俺らはこの前の戦、援軍としてベルンハルト公爵家より後に到着した」
「あ、ああ。そうだな」
誰かが同意する。
「その時にいた公爵家の騎士に、フランツェスカ嬢と似た奴いなかったか?」
「………いたか?」
「いただろう!顔そっくりな奴がいたじゃないか」
「だが、戦に女が来るか?」
その問いに、そこにいた騎士達は口を閉じる。
確かに、女が戦に来るなんてあり得ない。
「そうだな。戦に女が来るわけないか」
「でもさ、元々男装している変わり者じゃないか」
「それはそうだが、ハッキリと顔を見たのかよ?」
「そう言われると、ベルンハルト令嬢じゃない気がしてきたな。でも、似てるんだよな」
その騎士は記憶を辿る。
凛々しさや雰囲気や見た目がそうだった気がする。顔はハッキリとは見ていないが。
「でも、女が戦に行かないだろう」
「流石に強いと言っても、彼女は公爵令嬢だぞ」
フランツェスカが戦に居たわけがない、という意見に複数の騎士が同意する。
「自ら死地に行かないだろうさ」
その言葉により、公爵家の援軍にいたのはフランツェスカではない、と騎士達の中で判断されたのだった。




