第8話
「おい、あれはベルンハルト公爵令嬢では」
男装のフランツェスカを遠くから見た王宮の者達が言う。
剣術も馬術も嗜むから、昔から男装の麗人として知っている者は知っている。そして、中性的な顔立ち故に女性から莫大な人気を持つことも有名。
「あの公爵令嬢が男装すると、女達が俺たちなんて目もくれないから嫌なんだよな」
恨みがましく呟く。
「分かる。第一、女なのだから同性を誑かせてどうする」
「その通りだな」
そんな会話をしている所に、王弟アレクサンダーが通りかかった。
彼らは慌てて端に寄る。
「お前達」
アレクサンダーは通りすぎる前に立ち止まる。
「嫉妬する前に自分を磨け」
彼はそう言い捨ててから去って行った。
「!王弟殿下って、話すのか」
彼らは思わず顔を見合わせる。
「確かに」
彼らはアレクサンダーを目で追う。
庭を突っ切り、フランツェスカが歩いて行った方に向かうのが見えた。
「………仕事するか」
彼らは肩をすくめ、慌てて仕事に戻るのだった。
♢
フランツェスカに追い付いたアレクサンダーは、声をかける。
「おはようございます」
フランツェスカは笑顔で挨拶する。
「ああ」
アレクサンダーは頷く。
「先程のようなことは放っておいて構いませんよ」
彼女は言う。
「舐められるぞ」
アレクサンダーは怖い目で彼女を見る。どうやら遠くにいたのに聞こえていたようだ。
「いいんですよ」
フランツェスカはからりと笑って答える。
「何故だ」
アレクサンダーは思わず彼女の肘あたりを掴む。
フランツェスカは立ち止まり、耳を貸してくれ、と言う。
アレクサンダーが少し顔を近付けると、フランツェスカは彼に耳打ちする。
「だって、あんな奴らいつでも殺せるでしょう?」
それだけ言うと、フランツェスカは「行きましょう」と歩みを再開する。
「くっ。くくくくく」
アレクサンダーは腹を抱え、口を手で押さえながら笑い始める。
その様子を見て、ウォルバートは不審な顔をする。
「殿下、フランツェスカ嬢は何と」
彼は尋ねる。
「いや、何でもない」
アレクサンダーはまだ面白いのか、笑いが止まらない。
「殿下、行きましょう」
フランツェスカは彼に声をかける。
「ああ」
アレクサンダーはまた彼女の隣に並びながら歩き始める。
「面白かったですか?」
フランツェスカは問いかける。
「ああ。実に」
アレクサンダーはまだ肩が揺れている。
「それより、殿下はお体の方は完全に回復されたのですか」
「ああ」
「後遺症もないですか」
「それを言うなら、君の方だろう」
「大丈夫です。まあ傷跡は残りそうですが。余計に嫁き遅れるかもしれませんね」
フランツェスカは自虐して答える。
「………」
アレクサンダーは言葉に詰まった。
傷跡が残らなければいいな、などと気休めなことは言えない。
嫁げないなら自分のところに来ればいい、なんて言葉も言えるはずもない。
いい返しが思いつかなかった。
「私に気遣いはいりませんよ。殿下はそんな人ではないことを知っていますから」
フランツェスカはそう言って、「ここまでありがとうございました」と頭を下げる。
アレクサンダーは自分を貶したりするタイプではないと分かっている。
アドルフィーネ妃の王女達がいる部屋の前で立ち止まる。
「……昼食はどうするんだ」
アレクサンダーは話題を変えた。
「そうですね。気分転換に庭で取れたら、と思っていますが」
「ならば、騎士団の練習場の近くの庭はどうだ」
その誘いにフランツェスカは目を瞬いた。
「良いのですか」
「ああ。1人で護衛するより、目が多い方がいい」
「では、お言葉に甘えて」
フランツェスカはにこりと微笑み、部屋の扉を叩く。
許可が出て、彼女はアレクサンダーに頭を下げてから入室して行った。
♢
「アナリーゼ様、アロイシス様。只今、フランツェスカ•ベルンハルト、まかしこしました」
フランツェスカは跪拝する。
「フランカ!!」
2人の王女は嬉しそうに彼女に駆け寄った。
「王女殿下、いきなり走っては、はしたないですよ」
勉強の先生がそう注意する。
すると、王女達は慌てて行動を止め、上品に礼を行う。
「本日もありがとうございました」
王女達は拙いながらも優雅を心掛けて頭を下げる。
まだ3歳と2歳だというのに、よく教育が行き届いている。
フランツェスカは笑顔で、王女達を抱きしめる。
「お勉強お疲れ様でございました。一旦休憩に致しましょうか」
彼女は2人をよいしょ、と抱き抱える。女児でまだ幼く軽いとは言うものの、2人を抱え上げるのはなかなかの力持ちである。
「ご飯は何にしましょうか。殿下の好きなものにしましょうか」
フランツェスカはにこにこと尋ねる。
「本当!?パンは木苺のジャムで食べたいわ!」
アナリーゼが嬉しそうに答える。
「わ、私は冷たいスープがいいわ!」
アロイシスも嬉しそうに言う。
「承知しました」
フランツェスカは微笑み、彼女達の侍女に目配せする。
すると、1人の侍女がその場を離れる。よく理解している侍女である。
「今日は騎士団の練習場の近くで食べましょうか」
フランツェスカは提案する。
「本当に!いいの!?」
2人の王女は嬉しそうな声を上げる。
「お外で食べることもあまりないでしょう?」
「うんっ。でもいいの?護衛がどうのとか言われたりしない?」
アナリーゼは心配げな顔をする。
「私がいますし、アレクサンダー殿下ももしかしたら来てくれるかもしれません」
「あ、あの方が」
アナリーゼは妹と顔を見合わせ、不安げな顔をする。
「あまりアレクサンダー殿下とお話ししたりすることがなかったのでしょう?」
フランツェスカは問いかける。
「うん」
王女達は頷く。
「でもあの人はとても優しい人なんですよ。そして、とても賢いお方ですし、とてもお強いんです。ですから、彼がいれば百人力です」
フランツェスカの説明に、王女達は目を瞬く。
「ほ、本当に?優しいの?」
「優しいですよ。殿下達は叱られたことがございますか」
フランツェスカは尋ねる。
「いいえ。無いわ」
「そうでしょう?あの人は無闇に怒鳴ったりしませんよ」
「でも、目が怖い」
「容姿で人を判断するのですか?お母上はそんなことを教えてらっしゃるのですか」
フランツェスカは2人を見つめる。
「い、いえ!お母様は差別はしません!」
「そうでしょう?アレクサンダー殿下は敬意を持って接すれば必ず敬意で返してくれますよ」
「……本当?」
「はい。もし、理不尽なことで叱られたりしたら、私がやり返しますから大丈夫です」
フランツェスカはにこりと笑って言う。
「やり返すって、そんなの出来るの?」
「出来ますよ。何せ、私ですから」
フランツェスカが自信満々にそう答えると、王女達も何となく納得してしまった。
「よし。では行きましょう!」
フランツェスカは楽しそうに2人を抱えたまま、部屋を出るのだった。




