第6話
今日は、フランツェスカはドレスで登城。王太子妃のアドルフィーネに呼ばれたからである。彼女の部屋に向かうまでに、王宮の侍女達がフランツェスカを見てぽっと頬を染めていく。フランツェスカが気前よく侍女の手を取れば、彼女達は卒倒していく。それが面白くて、フランツェスカはたまに侍女達を使って遊んでいた。
「お嬢様」
フランツェスカの侍女、ベルナが後ろから咎める。
「いいじゃない。彼女達も嬉しがってるし」
フランツェスカはくすくすと笑いながら答える。
「いい趣味とは言えないな」
そんな彼女の元にアレクサンダーが姿を現した。
相変わらず、長身故にオーラが怖い。が、フランツェスカを見て表情を緩ませる。
「殿下」
フランツェスカは立ち止まって、頭を下げる。
「第一妃に呼ばれたのだろう?私も行く所だ」
アレクサンダーはそう言って、彼女に手を出す。
どうやら、エスコートをしてくれるらしい。
フランツェスカは微笑み、彼の手を取った。
「先日はありがとうございました」
彼女は礼を言う。
「いや、何てことはない」
アレクサンダーはそう返す。
普通ならここで話が終わってしまう。が、フランツェスカは続ける。
「重かったでしょう、私」
フランツェスカは笑いながら自嘲気味に言った。
「まさか。もっと肉を付けてもいいくらいだろう」
アレクサンダーは答える。
その答えに、彼女は嬉しそうな顔をした。
正直、そんなことを言ってくれる男性は少ない。フランツェスカは男性のように振る舞って女性を誑かす、などと言われている。長身だし、剣もしているから筋肉もある。そこらの令嬢のような体の柔さはない。どちらかと言うと硬い。女性のように扱ってもらえるときの方が少ないのだ。
「ベルナ。殿下の上着を返しておいてちょうだい」
少しだけ背後を振り返って、フランツェスカはベルナに告げる。
「かしこまりました」
返却するために上着を持ってきていたので、ベルナはウォルバートにそれを渡す。
「受け取りました」
ウォルバートは言う。
今日は、あの凱旋パーティーから5日後である。
「殿下の計らいにて、無事に邸まで帰れました。本当に、ありがとうございました」
フランツェスカは改めて礼を述べる。
「何てことはない。だが、ひとつ言うなら」
アレクサンダーはチラと彼女を見る。彼女は自分の肩くらいの所に頭がある。普通の令嬢なら、腕あたりだろう。これだけ近くに女性を感じることは少ないので、少し新鮮だった。
「はい、何でしょうか」
「よく俺を信じて飛び降りたな」
「殿下ならば、受けとめてくれると分かっていました」
彼女は彼を見上げ、そう答える。
顔が近い。女性が見上げてもこんなに顔が近くなることなんてない。
「俺を信じ過ぎだ」
アレクサンダーは自嘲気味に言うが、でも何処か嬉しそうな顔をしていた。
「私は殿下に命を預けられますもの」
フランツェスカはまっすぐ彼を見て答える。
「…知ってはいる。だが、俺の立場は危ういぞ」
アレクサンダーの表情が変わる。何処か寂しそうな悲しそうな顔。
「私の正体は調べましたか」
フランツェスカは話題を変えた。
「?あ、ああ。ベール姫だろう?」
アレクサンダーは急な話題の転換に驚くものの、頷き、背後のウォルバートを見る。
「ベール姫。貴族に呼ばれ、歌や踊りを披露し報酬をもらう。あと刺繍が人気。結納品や求婚のアイテムとして需要がある。市井で店を持っていて、そこでは薬草や装飾品を販売」
ウォルバートは簡単に説明する。
「その通りです」
フランツェスカは頷き、もう一度アレクサンダーを見上げる。
「ですから、私は1人でも生きていけますし、何なら殿下を養うことも出来ますよ」
彼女はにやりと笑って、そう告げた。
その言葉にアレクサンダーは目を見開き、そして、空いている手を顔に当てる。
「くっ。くくくくっ」
肩を震わせ、笑い始めた。
「ははっ。面白いな。それは面白い。君が嫁ぐ側ではなく、俺が嫁ぐ側か」
彼は笑う。
「ははっ。そりゃいい。楽しそうだ」
彼はとても楽しそうに、そして嬉しそうな顔でそう述べた。
その顔を見て、フランツェスカは微笑む。
「さあ、着いた。入ろう」
アレクサンダーはアドルフィーネの部屋の扉を叩いた。
♢
「とても楽しそうな声が聞こえていましたわ」
部屋に入ると、アドルフィーネが述べる。
「フィーネ!久しぶりね!先日は本当にありがとう」
フランツェスカは彼女の元へと駆け寄り、抱き締める。
「いいわよ、あれくらい。いつも通りだもの」
彼女は呆れたように答えた。
その答えに、アレクサンダーは眉間に皺を寄せる。
ベール姫の正体を知っていたという発言だし、王太子がいつも通りの行動をするという発言は、今までも迫られたことがあるという意味だ。
「フィーネも本当、大変ね」
フランツェスカは同情の目で彼女を見る。彼女とは、貴族学院からの友人で、よく食事を一緒したり勉強していた仲だ。互いのことは大体理解している。
「あなたこそ、大変でしょうに。ベール姫とベルンハルト公爵令嬢をこなすなんて」
彼女は返す。
「ん。もうそれも長いから、慣れた慣れた。私のことより、あなたの方が大変でしょう」
フランツェスカは言う。
あの王太子を御すのは、なかなかに骨が折れるだろう、と。
「なにかあれば、フランカが手伝ってくれるでしょう?」
彼女はフランツェスカの手を握り、言う。
「ええ。あなたのためなら、幾らでも」
フランツェスカも応える。
「ありがとう。お茶にしましょう」
アドルフィーネは笑顔で、フランツェスカ達に座るよう促す。
彼女が腰を下ろすとき、アレクサンダーは彼女に手を差し出した。
フランツェスカは笑顔で手を取り、ゆっくりと腰を下ろす。
そんな2人の様子を見て、アドルフィーネは目を瞬きつつも笑顔になった。
「いつからそんなに仲が良くなったのかしら」
「数ヶ月前、かな」
フランツェスカはからりと笑って答える。
「援軍を率いたのはあなただったわね。ほんと、無茶するんだから」
アドルフィーネはため息をつく。
でも、彼女が向かってくれなければ、アレクサンダーの身がどうなっていたかは分からない。
「でも、男装していたのでしょう?あなた自身で正体を言ったの?」
「いいえ。先日公爵邸に寄ってきてくれた時に気付いたみたい」
「流石ですわ」
アドルフィーネは微笑んで、アレクサンダーを見る。
彼はというと、返事はせずに紅茶を優雅に飲んでいた。
背中に怪我を負ったときから女性だと気付いているということは、言わないでおこうと。
「それで、私を呼んだ理由があるわよね?」
フランツェスカは彼女を見つめて言う。
「ええ。少し、護衛を頼もうかと」
「護衛?」
フランツェスカは聞き返す。護衛、とは何やら不穏な空気である。
「そう。まあそれと、殿下があなたを呼んで欲しいと仰るものだから」
アドルフィーネはお茶目な顔でアレクサンダーを見た。
彼は、余計なことを、と言っているかのような目で彼女を見る。
「殿下。別にいつでも公爵邸に来て頂いて構いませんし、自分の家のように寛いでもらっても構いませんのに」
フランツェスカは少し面白がるような顔で、アレクサンダーにそう告げた。
「お前」
「店でも構いませんよ」
フランツェスカは言う。
「………また行く」
アレクサンダーは観念したようにそう呟いた。
「ふふ。お二人、お似合いですこと」
アドルフィーネは微笑みながら、そう告げた。
「ありがとう」
「でも、フランカ。あなた結婚する気はあるの?」
「痛い所突いてくるわね」
「商売を辞めるつもりはないでしょう?」
「ええ、勿論」
フランツェスカは答えた。
家での事業ではなく、個人として事業を興すなんて貴族令嬢らしからぬと言われる所業。だから、誰も彼女を娶ることは出来ないだろう。公爵令嬢という優良物件なのに。
「優良物件なのに勿体無いわよね」
フランツェスカは呟く。
「本当にね。フランカは何でも出来るから、羨ましいわ」
「何を言ってるの。フィーネがいるから政が回ってるのよ?私には、その才覚はないもの。それを涼しい顔でやってのけるあなたの方が凄いわよ」
フランツェスカは言う。
本当に。あれだけ邪険にしてくる王太子など、自分なら確実に離縁している。
「あなたっていつもそう言うわね」
「本当のことだもの。私には出来ないことよ」
フランツェスカはそう認め、紅茶を飲む。
ああ、自分の好きな紅茶の味だ。
「お菓子もあなたの好きな物よ。たらふく食べなさいな」
アドルフィーネはテーブルの上のお菓子をフランツェスカに勧める。
「本当に、至れり尽せりね。ありがとう」
フランツェスカは素直に礼を言い、自分のことをここまで思ってくれる親友に笑顔を向ける。
「フランカのことは何でも知ってるもの」
「私もあなたのこと知ってるわよ。このお菓子は苦手でしょう?それに甘味が好きかと思いきや、辛味の方が好きでしょう?」
フランツェスカも負けじと言ってみる。
「フランカはなにが好きなんだ」
アレクサンダーは紅茶のカップを置き、そう尋ねた。
愛称呼びにアドルフィーネは驚いたものの、フランツェスカは何てことはない顔で口を開く。
「そうですね。ここにあるお菓子なら……」
フランツェスカは指を差し、好き嫌いを説明する。
「ほぉ。戦場では苦いものを飲み食いしてたイメージがあるからか、渋めのものが好きだと思っていた」
アレクサンダーは言う。
「女だとバレないようにしないといけませんから」
フランツェスカは肩をすくめながらそう答え、アドルフィーネが用意したお菓子を頬張った。




