第23話 死者とヴェラの接点
エドワードが机に置いた記録には、五人の名前の横に新しい書き込みがあった。
「全員、ヴェラ・ドミナントと接点があります」
私は一番上の名へ目を落とした。
「直接ですか」
「直接接点があった人物も、間接的な接点に留まる人物も居ます。一人は薬草取引をしていた商人を通じて。二人はヴェラが主催した茶会へ出席しています。残る二人も、彼女の使いと接触した記録がありました」
カルロス様は黙ったまま、その紙を見ていた。
偶然と言うには数が多い。けれど、接点があるだけでは何も証明できない。王都の有力者なら、商人や貴族と顔がつながっていても不思議ではなかった。
「亡くなった原因は?」
「一人は急な心臓の発作。二人は原因不明。残りは、以前からあった持病の悪化とされています」
持病の悪化というその言葉に、胸の奥が引っかかった。
イリスも、もともと体が弱い女性だった。亡くなる前には疲労がひどくなり、足の痺れや痣、傷の治りにくさが出ていた。
体の弱い人が悪化して亡くなれば、周囲は元の病気のせいだと思いやすい。
「症状の詳しい記録はありますか」
「残っているものは集めました。ただ、医師が別々なので書き方にばらつきがあります」
「見せてください」
私は紙を受け取り、五人分を並べた。
すぐに同じ原因だとは言えない。症状も完全には一致していない。ただ、急に体力を失った者が多かった。手足の感覚がおかしくなったという共通点もある。出血が止まりにくかったという記録もあった。
私はノートへ転記した。
「イリスと似ているのか」
カルロス様が尋ねた。
「似ている部分はあります。でも、これだけでは同じとは言えません」
「ヴェラとの接点はある」
「はい。だから調べる価値はありそうです」
断定はしない。
ただ、疑いは消えもしない。
薬師の仕事では、思い込みは薬の取り違えより怖いことがある。欲しい答えへ記録を寄せれば、真実から遠ざかる。
エドワードが低く言った。
「もう一つ、気になることがあります」
私が顔を上げる。
「奥様がダンヴァルへ来てから、領地の状況は変わりました。視察も押し返した。ヴェラがこの土地を狙っているなら、奥様を邪魔だと思う可能性があります」
部屋が静かになった。
カルロス様の視線が私へ向く。
「しばらく一人で出歩くな」
「市場もですか」
「護衛をつけろ」
「薬草を買うだけでも?」
「つけろ」
反論できそうな余地は、声の中に一欠片もなかった。
「……わかりました」
私が答えると、カルロス様はようやく資料へ目を戻した。
翌朝、食堂へ行くと、ジルドがいつもより早くから帳簿を抱えていた。
「何の記録ですか」
「食材と飲料の仕入れ先を、すべて確認しております」
「視察は終わりましたよね」
ジルドが一瞬、カルロス様を見た。
「夜明け前に、閣下から確認するよう申しつけられました」
カルロス様は温かい茶を飲み、こちらを見ない。
「急にどうしてですか」
「必要だと思った」
「今朝から?」
「昨夜からだ」
短い返事だった。
私はそれ以上聞かなかった。
代わりに、イリスの症状を書き写したノートを開いた。
ヴェラと接点を持った五人。原因不明の死。持病の悪化。そして、ヴェラを「よくしてくれる人」だと思っていたイリス。
まだ足りない。
彼女自身が最後に何を見て、何を疑っていたのか。
その夜、私は一つ決めた。
今度こそ、カルロス様に頼もう。
イリスの手記を見せてもらおう。
*
翌朝、私はカルロス様の執務室を訪ねた。
扉の向こうから返事があり、中へ入ると、机の上には昨夜まで確認していた仕入れ帳簿が積まれていた。カルロス様はその一冊を閉じ、私を見る。
「どうした」
「お願いがあります。イリスさんの手記を、見せてもらえませんか」
灰色の目が止まった。
断られる可能性は考えていた。あの手記は、イリスが亡くなる直前まで書いていたものだ。カルロス様は、そこに自分を責める言葉があるかもしれないと思い、一度も開けなかった。
「なぜ今なんだ」
「ヴェラ・ドミナントという名前と、原因不明で亡くなった方々の記録が重なってきたからです」
私は持ってきたノートを開いた。
「五人のうち、複数の方に急な衰弱や手足の異常がありました。イリスさんにも似た症状があった。でも、それだけなら偶然かもしれません」
「なら、手記を読めばわかるのか」
「わかるとは言えません。ただ、イリスさんは亡くなる前に何かを調べていたのでしょう?」
「ああ」
「その時の記録が残っているなら、今ある資料と照合できます」
カルロス様は答えなかった。
机の上の指が、ゆっくり握られる。
私は急かさず待った。
この人にとっては、古い帳簿を一冊出すのとは違う。亡くした人の最後の時間へ、自分から手を伸ばすことになる。
「無理にとは言いません」
そう伝えると、カルロス様は目を伏せた。
「……違う」
「はい?」
「見せたくないわけじゃない」
低い声だった。
「読むのが、怖かっただけだ」
私は何も言えなかった。
いつもなら、事実と推測を分けて言葉にできる。けれど、ここで慰めを並べるのは違う気がした。
カルロス様は椅子を引いて立ち上がった。
「持ってくる」
それだけ言って、部屋を出ていく。
残された私は、閉じられた扉を見つめた。
クオがいつの間にか机の下へ入り込み、私の靴へ鼻先を押しつけている。
「待ちましょうか」
小さく言うと、白い耳が一度だけ動いた。
しばらくして、足音が戻ってきた。
カルロス様が両手で抱えていたのは、布に包まれた一冊の本だった。
机へ置かれた瞬間、細かな埃が舞う。
布を開くと、深い緑色の革表紙が現れた。角は擦れているが、留め具は閉じたままだった。
「これだ」
カルロス様の手は、表紙の上からなかなか離れなかった。
「本当に、開いていないんですね」
「ああ」
「私が先に読んでも?」
彼はすぐには頷かなかった。
やがて指が離れ、手記が私の前へ押し出される。
「頼む」
短い言葉だった。
けれど、任された重さは十分に伝わった。
私は手記へ手を置いた。
「見つけたことは、隠しません」
「それでいい」
「イリスさんがあなたを責めていたとしても?」
一瞬、彼の表情が固まる。
それでも、カルロス様は頷いた。
「それも知る」
逃げない、と言われた気がした。
私は留め具へ指をかける。
革が小さく鳴り、長いあいだ閉じられていた表紙が開いた。
最初に見えたのは、几帳面な文字で書かれた薬草茶の配合だった。
次の頁にも、その次にも。
けれど、後ろへ進むにつれて、字が少しずつ乱れていく。
最後の数頁だけ、筆圧がひどく不揃いだった。
私はそこで、指を止めた。
余白に、何度も書き直した跡のある言葉が残っていた。
――敗血草。
胸の奥で、何かが強く引っかかった。




