第66話 姉妹でラーメン
「エミルー!」
エミルがグランドシーカー拠点の外に出た瞬間、シロの背中にまたがったエイルお姉ちゃんがやってきました。
「『お姉ちゃん!?』」
あまりに早いおむかえに、エミルとシロンはびっくりです。
エイルはしゅたっとシロの背中から降りて、ばひゅっと妹たちに駆け寄りました。
「だいじょうぶ? なんにもされてない?」
エイルはエミルの両肩をつかんでぐらぐらゆさぶりました。正直、きょう一番のダメージです。ただでさえ浄化の魔術でマナを消耗しているのに、これは効きます。
「だ……だいじょうぶ……」
エミルは目をぐるぐる、頭をぐわんぐわんとさせながら、うつろな表情で答えました。
「迎えが来たのならありがたい。こちらとしても、王宮まで送る手間が省けた」
ウォルターがメガネをくいと持ち上げて言うと、エイルは彼をにらみつけました。どう見てもキライな人間に対する態度です。合理主義者と野生児、きっと相性がよくないんだろうなあと、エミルは感じました。
なら、用事も済んだことですし、ここはさっさと立ち去ったほうがけんめい……と思っていたら。
「待て。依頼の報酬を支払おう」
ウォルターが、おもむろにふところからなにかを取り出して、エミルに手渡してくれました。
ずっしりと重いそれは、ぶあつい封筒でした。
まさかと思って、おそるおそる中を確認してみると……
「うわっ……」
ぎょっとして、思わず引いたような声が出てしまいました。
なんと、中には、見たことない数のお札がぎっしりつめこまれていたのです。これだけあれば、しばらくは遊んで暮らせてしまえそうです。まじめで働き者のエミルは、しませんけどね。
「い……いいんですか? こんなに、もらっちゃって……」
エミルはとまどいぎみにたずねました。封筒をにぎる手が、まだ震えています。
「いいに決まっているだろう。働きに相応の対価を支払うのは、当然のことだ」
ウォルターは言葉通り、さも当然という態度できっぱり言いました。
たしかに、半神獣なんて呼ばれている魔法生物の暴走をしずめたのです。対象の強さはもとより、さらにそれを討伐せずにすんだという事実は、たしかにこれだけの価値があるのでしょう。
半神獣……エミルは、ハッと思い出してたずねます。
「あ、そういえば、あの子は……ハーフェンリルはこれから、どうなるんですか?」
「しかるべき検査を終えたら、元の棲みかに戻す。安心したまえ」
ウォルターはあいかわらず仏頂面ですが、その声音はさっきよりやさしくなったように聞こえました。信用してもいい、そんなふうに感じられます。
「……わかりました。ありがとうございます」
エミルはわずかに安堵のほほえみを浮かべて、頭を下げました。
「礼を言うのはこちらの方だろう。協力を要請したのは私なのだから」
「それでも……たいへん貴重な経験をさせてもらいましたから」
半神獣というめずらしい魔法生物との対面、それに対し自分のチカラが通用したという事実に経験、なにより、あまりにも苦い過去を乗り越えられたこと……エミルにとっては、それだけでじゅうぶんすぎる報酬だったといえるでしょう。
「……そうか。それは結構」
ウォルターは、またメガネをくいと持ち上げました。
「じゃあ帰ろっか、エミル。お昼ごはん食べに行こう! ずっと前から、連れていきたいお店があったんだよね!」
エイルはさっさとウォルターから離れたいとばかりに、妹の腕をぐいとひっぱりました。
「うん! 楽しみ!」
『ごはんー!』
エミルは笑顔でうなずき、ぐったりしていたシロンも、ごはんと聞いて元気をとりもどしました。まったく、現金なことです。
こうして姉妹はシロの背中にまたがって、エイルおすすめの料理店めざして去って行ったのでした。
「……」
姉妹が去ったのを見届けたウォルターは、ふところから今度は手のひらサイズの機械を取り出しました。
「……確認されましたか?」
そして、機械に向かって話しかけました。どうやら通信機のようです。
「……ええ、"雨あがりの聖女"……必ずや。すべては、アストライト王国の秩序のために……」
☆ ☆ ☆
エイルおすすめの料理店にて。姉妹はお昼ごはんを食べていました。
「……おいしい! ラーメンって、ほんとうにおいしんだ!」
『チュルチュルシコシコ、きもちい~!』
エミルとシロンは、生まれてはじめて食べるラーメンに舌つづみを打っていました。小さいころに本で読んでから、ずっと食べたいと思っていたのです。
それのまたおいしいことといったら。エミルもシロンもすっかり夢中。ふたりの好物がまたひとつ増えたのでした。
言うまでもありませんが、ここはラーメン屋さん。王都内外で人気のあるお店です。その理由は味もさることながら、小柄でかわいらしくもたくましい、ネコ人間たちだけで切り盛りされているからです。
「ぷはー! うまかったー! ごちそうさまー!」
エイルはどんと空のどんぶりを置いて、ご満悦の表情。
何杯もおかわりしたので、脇にはほかの空どんぶりが積み上がっています。しかし……
「お姉ちゃん……きょうはひかえめだね。調子悪い?」
エミルが心配そうな顔でたずねました。いつものエイルなら、あの三倍以上は食べるはずです。
「あー、へーきへーき。夜に備えて、ちょっとセーブしてるだけだから」
「夜?」
「ほら、アルティナが約束してくれたでしょ? 今晩、お城で試練達成記念のパーティーやるってさ」
『あー! ごちそういっぱいでるやつ!』
シロンも思い出して、身を乗り出しました。
ようするに、パーティーのごちそうを思う存分味わうために、おなかをすかしておこうというわけです。故郷にいたときから、お姉ちゃんはよくそういうことをします。それでも、ふつうの人よりははるかに多く食べてはいますけれど……
「お城じゃなくて、王宮だよ。戦争のために建てられたものじゃないんだから」
エミルは細かいツッコミを入れました。
「ふーん、そうなの? それよりさ……」
エイルはちらりとエミルの脇を見ました。
エイルほどではありませんが、かなりの数のどんぶりが積み上がっています。シロンのぶんとは別に。
「エミルは最近、ほんとよく食べるようになったよね」
エミルもくいしんぼうなほうですが、エイルが故郷を旅立つ前……4年前の記憶では、ここまでではなかったようです。
「うん……そうだね。体も大きくなったし、浄化の魔術って、エネルギー使うし」
エミルは苦笑いを浮かべながら、じょうずなはし使いでチャーシューをつまみました。
「……そのぶん、魔法生物の命をたくさんいただいちゃってるわけだけど」
このチャーシューに使われているお肉も、おいしくなるよう育てられたブタ型魔法生物のものです。
世界じゅうの魔法生物をしあわせにする、その目標をかかげる人間がすすんで魔法生物の肉を食べるなんて、矛盾しているでしょうし、エミル本人もわかっていることです。
「……でも、前も言ったけど、もらった命は、ちゃんと世界に返すよ。そのためにはどうしたって、元気がいるんだ。最近は食べたぶんだけ、ちょっとずつだけど、自分がたしかに強くなってる実感もあるしね」
エミルは覚悟が決まったように表情を引きしめながら、つまんだチャーシューを口に入れました。見る人が見れば、なるほどたしかに、より彼女の生命力がみなぎっているのが感じられることでしょう。
「……うん。やっぱりエミルは、私の自慢の妹だね」
エイルはにっこり笑いました。
「エミルはそのまま、エミルにできることをすればいい。エミルにできないことは、私がやるからさ」
「……ありがとう。お姉ちゃん」
『シロンもわすれちゃダメだよー、けぷっ』
シロンはテーブルの上で寝転んで、おなかをぽっこりさせていました。
「はいはい、たよりにしてるよ」
姉妹は、楽しいランチタイムをすごしました。その裏でうごめく、陰謀に気づくことなく……
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
完結まであと4話となります。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、
ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




