第65話 雨あがりの聖女
エミルは、なぜ自分が暴走した【半神獣ハーフェンリル】の浄化を依頼されたのか、すぐにわかりました。
浄化のチカラをあつかえる魔法つかいのほとんどは、戦闘能力にとぼしいのです。それは戦いに関する感情が、浄化のチカラに必要なおだやかな感情と相反するものだからです。
なので、そういった人たちは、ハーフェンリルの放つ威圧感に耐えきれず、意識をたもつことができないか、できたとしても、まともに魔術の発動なんてできないでしょう。それはさっきのウォルターの意味深なつぶやきからもあきらかです。
ですが、エミルはその威圧感にもなんとか耐えられるほどの強さを持っていました。強さと浄化のチカラを両立できる人間はごくごくわずかであるということは、いろんな人から聞かされて知っています。だから、自分に白羽の矢が立ったのだと、エミルは結論づけたのです。
「できるかな?」
ウォルターは、またメガネを持ち上げてたずねました。まるで、エミルが自分が呼び出された理由をすぐに理解したことを見抜いたような口調です。
「……できます」
エミルはややとまどいながらも、即答してみせました。
正直、100%の自信があるわけではありません。ただ、エミルには"やらない"という選択肢がなかっただけです。
聖獣の命を奪うことしかできなかった4年前とはちがう。そんな暴走する魔法生物たちを救うために、チカラをみがきあげてきたのですから。もう二度と、あんな悲しくてくやしい思いはしたくないし、魔法生物たちにも、つらくて苦しい思いはさせたくないと誓ったのです。
「……でも、私ひとりじゃちょっとムリです。あれだけ凶暴化してるなら、集中してある程度チカラを溜めなくちゃいけない。協力してくれる人がほしいです」
なので、確実に成功させるための手段は惜しみませんでした。
「もとより、それは私は引き受けるつもりだった。だからこそ、私自ら直接依頼しに来たのだからな」
ウォルターはまたメガネを持ち上げて、自信ありげに言いました。
王国最強にして、お姉ちゃんと同じ称号を持つ極星魔法つかい。そんな人の協力を得られるなら、こんなに心強いことはありません。
「では、さっそくはじめよう。心の準備はいいな?」
「はい、いつでも!」
エミルはキリッと瞬時に気持ちを引き締めました。
ハーフェンリルはいまこのときも、暴走で苦しんでいます。それを長引かせるわけにはいきませんから。そう思うと、ガラス越しの威圧感なんて、なんてこともなくなりました。
ウォルターの指示で、ギルド"グランドシーカー"の団員は機械を操作します。すると、ハーフェンリルを閉じ込めているガラスのケージの一部が開かれました。
ウォルターとエミルは、そこからケージの中に入っていきます。
『グルルルル……!』
無数の鎖でがんじがらめになっているハーフェンリルは、入ってきた二人を怒りの形相でにらみつけました。
「……!」
すさまじい眼光にあてられたエミルは、逃げ出したい恐怖を必死におさえこみます。
こうしてガラスをへだてず実際に対峙すると、わかるのです。ハーフェンリルは、のぞまない暴走で苦しんでいることが、はっきりと。
「……だいじょうぶ。きっとわたしたちが……助けてあげるから!」
そして口にした強い思いが、恐怖を上回ったのでした。
ウォルターは、そんなエミルをちらりと見たあと、ケージの外の団員たちに鎖を解き放つよう命じました。
ハーフェンリルを捕らえていた無数の鎖が、ガシャンガシャンと音を立ててはずれていきます。
『ガルオオオオオッ!』
瞬間、空間を震わせるほどの咆哮が地下室全体に響き渡ります。おさえられていた威圧感も解き放たれたようで、何人かの団員がそれに耐えきれず、倒れていきました。
「シロン!」
エミルは指輪からチビドラゴンのシロンを呼び出し、杖をかまえました。
『こわいけど……まかせて!』
シロンはエミルの肩にしがみつきながら、キッとハーフェンリルをにらみます。小さいころからずっといっしょのシロンだって、気持ちはエミルと同じなのです。
『ガアッ!』
ハーフェンリルが、こちらに跳びかかってきました。
スピード、パワーともにすさまじく、まともに受ければ一瞬で八つ裂きにされてしまうでしょう。
「《サンドウォール》」
しかし、そこに立ちはだかるは"難攻不落の地星"、ウォルター。
彼が杖をひと振りすると、目の前に高い砂の壁が現れ、ハーフェンリルの突撃を防ぎました。
『ガオッ!?』
壁に激突したハーフェンリルはズルズルと崩れ落ちました。また、ツメや目に砂粒が入って、不快な思いをしているようです。
(あんなに高くて広くて強いカベを、一瞬で……!)
エミルは、ウォルターのあまりにみごとな魔術に目を見張りました。やっぱり王国最高峰というだけあって、これまで見てきた魔法や魔術とは次元がちがいます。
しかも、パートナーを指輪におさめたままの無召魔術。それであれだけの威力を出しているのです。姉のエイルとはまたちがった、極星魔法つかいのレベルの高さを実感しました。
でも、感心してばかりもいられません。いまはハーフェンリルの暴走をしずめるため、チカラを集中しなくては。
ハーフェンリルは起きあがり、ふたたび攻撃をしかけてきました。
するどいツメとキバの連続攻撃が、ウォルターの張った砂の壁を少しずつ崩していきます。おそらくは、あと数秒ともたないでしょう。
「チッ……」
ウォルターは舌打ちし、これまで無表情だった顔をしかめました。相手も半神獣なんて大げさな名で呼ばれるだけあり、極星魔法つかいの彼をもってしても、手にあまるということなのでしょう。
それでもエミルは、彼を信じてあせらず集中を続けます。
自分がやるべきことをやることが大事だと、シルヴィアやアルティナに言い聞かせてきた手前、自分が実践できなければ恥ずかしいですし、すべてはハーフェンリルを救うことだけを考えるべきだからです。
「準備……できました!」
そして、集中を終えたエミルが声を張ると、ウォルターは杖を引いて砂の壁を解除しました。
突然壁が消えて、面食らったハーフェンリルのスキをついて……
「シロン!」
シロンが飛び出し、大きな白竜の姿に進化変身します。
そして、口を大きく開き……
「《プリズマティックフレア》!」
虹色に輝く炎を発射しました!
『ガアアアアッ!?』
ハーフェンリルの全身は炎に飲みこまれ……いえ、包みこまれました。
苦しそうな声をあげ、のたうちますが、それらはだんだんと小さくなっていきます。
そして完全に静まったと同時に、虹色の炎もフッと消え去りました。
ハーフェンリルは、その場に横たわっていました。荒々しい暴走のオーラも、完全に消えています。ギルドの団員達も、肉眼や機械のモニターでそれを認識していることでしょう。
「『ふう……』」
なんとかうまくいったと、エミルと元に戻ったシロンは、安堵のためいきをつきました。
「……これほどとは……」
さすがのウォルターも、驚嘆しているようでした。メガネの奥の伏しがちだった目も、大きく開かれています。
「これが……エミル・スターリングの浄化魔術……!」「まさに太陽の聖女!」「いや、あの光は太陽っていうより、虹だろう」「なら、雨あがりの聖女だな!」
ケージの外で見ていた団員たちも、つぎつぎエミルに称賛の歓声をあげました。
雨あがり……どんよりとした暗雲を打ち払う太陽と、そこにかかる虹をさすなら、たしかに自分にぴったりの名前といえます。聖女というのは、くすぐったいですけれど。……息をととのえながら、エミルはぼんやりそんなことを考えていました。
『ガル……』
すると、ハーフェンリルは重くまぶたを開きました。
その金色の瞳からは狂気が消えており、するどいながらもおだやかな光をたたえていました。まちがいなく、正常に戻ったのです。
「……よかった……」
エミルは目を細めて、やわらかな笑顔を浮かべました。
4年前と同じオオカミ型の聖獣を、今回は無事救えたことで、自分がこれまでたどってきた道はまちがいじゃなかったと実感し……エミルの胸はいっぱいに満たされたのでした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
完結まであと5話となります。
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