第64話 極星魔法つかいの誘い
「エイル! いつまで寝ているのですか! 起きなさい!」
アルティナのどなり声で、ベッドの上でぐーすかいびきをかいていたエイルは目を覚ましました。
「……ふにゃ。おはよう、アルティナ」
なんともだらしない顔と声です。とてもこの国最高峰の魔法つかいだなんて思えません。
「まったくおはようではありません! もうすぐお昼ですよ!」
「お昼!? お昼ごはん!?」
エイルはがばっと、目にもとまらぬ速さで体を起こしました。
アルティナとスノーベルがあきれ顔でこちらを見ている中、首をきょろきょろと動かします。
「……あれ? エミルは?」
そう、そばで寝ていたはずのエミルの姿が、どこにもないのです。彼女のパートナーたちも、みんないなくなっていました。
「これをごらんなさい」
アルティナは、一枚の紙切れをエイルに見せつけてきました。
そこには、見覚えのある字で、エイルへのメッセージが書かれていました。
――おねえちゃんへ。
マスターウィザードのウォルターというひとによばれたので、すこしのあいだでかけてきます。しんぱいしないでね。
エミルより。
……ごていねいに、文字に弱いエイルにもわかりやすい書体と文体です。
「ウォルター……あのメガネの兄ちゃんか」
同じ極星魔法つかいというだけあって、さすがのエイルもおぼえていたようです。しかしその表情は、どこかいぶかしげ。あまり好ましく思っていなさそう。
「"難攻不落の地星"ウォルター・ザントブルグ……極星魔法つかいの中でも徹底した合理主義者で有名です。まさか、こうも早くエミルに接触してくるとは……」
アルティナもまた、けわしく表情をくもらせていました。
「なんかまずいの? たしかにいけすかないヤツだけど、悪いヤツじゃないからだいじょうぶでしょ。エミルもわかってて"心配しないで"って書いたんだろうしさ」
妹エミルの人を見る目のよさは、姉のエイルももちろん知っているところです。
「たしかに、彼はなによりも秩序を重んじる者。ですが、それは裏を返せば、秩序を守るためなら法の許す範囲でどんな手も使うということ。エミルは戦闘と浄化……相反するチカラを両立させているまれな存在。さらに凶星の魔女すら改心させたとなれば、遊ばせておく手はない、なんとしてもそのチカラを利用したいと考えているはずです」
「利用……?」
エイルはわずかに顔をしかめました。
『極端な話、かこいこまれて、これからずっとこき使われるかもしれない、ってことよ。国のためにね』
「こら、ベル……」
アルティナがよけいなことを言うなとスノーベルをしかったのと同時に、エイルはベッドから降りて装備をととのえ、部屋を出ようとしました。これまた、目にもとまらぬ早ワザです。
アルティナはもちろん、それを止めようとします。
「エイル、どこへ……」
「エミルを探す。決まってるだろ」
「そのために、極星魔法つかい同士で戦うつもりですか!?」
「少なくとも、あのメガネには私は負けないよ」
「そういうことではなく、そもそも戦うなと言っているんです!」
「向こうが先にエミルに手を出したんだぞ」
エイルはかまわず、部屋を出ようとしました。
「ああもう……」
アルティナはすぅーっと息を吸うと、
「おやめなさい!」
大きな声で命じるのでした。
これにはさすがのエイルも面食らって、足をとめます。
(アルティナ……試練を終えて、ますます迫力を増してる……!)
パートナーのスノーベルでさえ、体をこわばらせ、息をのむほどでした。
アルティナはひといきつくと、エイルに歩み寄って言いました。
「……私に、考えがあります。確実に権力のかこいからエミルを守る方法が。そのためにはまがりなりにも極星魔法つかいのひとりである、あなたの協力が必要なのです。乗ってくれますね?」
エイルはバツが悪そうに、頭をポリポリかいたあと……
「……わかった、いいよ」
素直に、アルティナの提案にしたがうのでした。
☆ ☆ ☆
時間はほんのすこしさかのぼって。
エミルはウォルターの騎獣に相乗りして、王都アストライトの上空を飛んでいました。
その騎獣というのが、全身砂でできた空飛ぶライオンという、たいへんめずらしい魔法生物で、エミルも正直興奮を隠し切れません。
しかし、対して手綱をにぎるウォルターは、まったくの無表情。いえ、これはもう仏頂面と言ってもいいかもしれません。
主人ですし、慣れているといえばそれだけですが、知り合ったばかりの他人……それも12歳の少女を乗せているというのに、すこしもうれしそうも自慢げな顔もしません。それがエミルの緊張をさらに強めているのでした。せっかく貴重な体験ができているのに、これでは感動も半減です。
あまりにも堅苦しい雰囲気に息がつまりそうで、ふだんエミルのそばにいたがるシロンすら、今回は指輪の中にいるほどです。
そんなまったく楽しくない遊覧飛行を終えて、エミルたちを乗せた騎獣は大きな建物の前に着陸しました。
それはまるで、砂で作られたような建物でした。公園の砂場やビーチで、子供が作るような感じの。ちょっと力を入れたら、くずれてしまうんじゃないかしら、そんな衝動にかられてしまいそうです。
「我がギルド、"グランドシーカー"の拠点へようこそ」
ウォルターはメガネをくいと持ち上げて、エミルを先導しました。歓迎しているような口調ですが、表情や立ち振る舞いはとてもそんなふうには見えません。
ギルド……それは特定の同じ目的を持った魔法つかいたちの組合。ウォルターは、そのマスターのようです。
少し前に、ギルドマスターにかかわる事件で痛い目を見たばかりのエミルは、思わず警戒しました。
ウォルターは仮にも国に選ばれた極星魔法つかい。なにかありようなんて本来ないはずですが、エミルの直感があまりよくないことが起きそうだと告げているのです。
エミルはごくりとつばを飲みこむと、ウォルターに招かれるまま、勇気を出してホームの中に足を踏みいれるのでした。
☆ ☆ ☆
アルティナが合理主義者と評するだけあって、ウォルターは拠点内の見学もメンバーの紹介もさせることなく、さっさとエミルを地下室に案内するのでした。
エミルも、有無を言わさぬウォルターの威圧感に圧されっぱなしで、それどころじゃありませんでしたけれど。そうでなければ、砂場のオブジェのようなこの建物の中をじっくり見学したかったことでしょう。
威圧感は、地下の階段を進むごとに強くなっていきました。ですがこれは、ウォルターのものではありません。もっとなにか、強大な存在が待ちかまえているような感覚。
この感覚、エミルにはおぼえがありました。4年前、姉妹の心に大きなキズを残したあのときと同じ……
「入りたまえ」
地下室の重いドアが開け放たれると、エミルの全身にぶるっとした寒気が走りました。
広い地下室の中、エミルの目の前には、高さ10メートル近い大きなガラス張りのケージが見えます。その中には、一体の大きなオオカミが、全身を鎖でがんじがらめにされていました。
『グルルル……』
オオカミは、新たな侵入者……ウォルターとエミルの姿を認めると、キバをむきだしにしてうなり声をあげました。
「ひっ……!」
エミルは思わず顔を引きつらせ、おびえた声をあげてしまいます。
同じオオカミでも、自分のパートナーのグレイ、エイルのパートナーのシロとは大ちがい……いえ、シロも迫力満点ではあるのですが、家族なので、こんなふうにこわいと思ったことは一度もないのです。
「怖いか?」
ウォルターが、メガネをくいと持ち上げながらたずねました。彼のほうはあいかわらず、無表情をつらぬいていました。あのオオカミをまったくおそれていないようです。
「は、はい……こわい……です……」
そういうわけなので、ある意味あなたのほうがこわいよと心の中で思いながら、エミルは正直にこたえました。
「そうか。だが気を持っているだけで充分だ」
「え……?」
ウォルターは意味深なことを言いながら、つかつかとケージに近づいていきました。
エミルもあとを追わなきゃと思い、おそるおそるうしろをついていきます。
「おお! 彼女がウワサの!」「エミル・スターリングか!」「強き浄化のチカラの使い手!」「あの凶星の魔女すらしずめたという!」
すると、まわりからいっせいにこちらを絶賛する声が集まってきたので、エミルはまたびくっとしました。
地下室の中には、ウォルターと同じ砂色のローブやコートをまとった人たちがいました。彼らはこのギルドの団員たちなのでしょう。それとみんな、顔つきからなんとなく知的な印象を受けます。
「皆、静まれ。……エミル君、こいつを見てほしい」
ウォルターのひとことでみんな静かになり、エミルはケージの中のオオカミと対面させられました。
「この子……は……?」
エミルはごくりとつばを飲みこんで、緊張の面持ちでたずねます。
「こいつは【半神獣ハーフェンリル】。俗に聖獣と呼ばれる存在だ」
「せいじゅう……」
エミルはいやでも思い出しました。4年前、村近くの魔法生物たちを皆殺しにした聖獣のことを。姉妹にとって、いちばんつらい記憶といっていい、あの日のことを。いまでも思い出すたび、胸の奥がきゅっと苦しくなります。
無数の鎖に捕らわれているハーフェンリルは、それらを引きちぎらんばかりのいきおいでもがいていました。金色の目は殺気に血走っており、あきらかに正常なものではないとわかります。
「ウォルターさん、この子、もしかして……」
「ああ……暴走状態にある。君への依頼というのは、こいつを浄化してもらうことだ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
完結まであと6話となります。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、
ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




