第62話 変わらないもの 強くなるもの
王族の試練を終えたお姫さまご一行は、そのまま王宮へと戻ってきました。
「お父さま! アルティナ、ただいま戻りました!」
アルティナは護衛の姉妹をともなって、堂々と謁見の間に入っていきました。
「おお……よく戻った!」
王様は玉座からガタッと立ち上がり、歓喜の声をあげました。きっと、さぞ心配だったことでしょう。試練はともかく、凶星の魔女から命を狙われていたのですから。
「して、試練のほうは?」
「ええ、ごらんください!」
アルティナが右手親指の指輪を光らせると、中からぽん! とたまごが呼び出されました。これこそまさに、試練達成の証である、星獣のたまごです。
たまごはまるでアストラ山の岩壁のように白く、星のようなふしぎな光をたたえています。
「うむ……確かに! これでお前も晴れて、正式な一人前の王族ということだな!」
王様は誇らしげに言いました。
「なあ! お姫サマ! 魔女さまはいったい、どうなったんだ!?」
声をあげたのは、魔女の配下だった火星のカリンガ。
彼女は同じく仲間のスーリムといっしょに、白いコートをまとった騎士に拘束されています。今回特別に、立ち会うことをゆるされているのです。
「安心なさい。彼女は無事です」
アルティナはやわらかくほほえんでこたえました。
「そうか……そいつはよかった……」
カリンガは、心の底からほっとしました。
「ま、なんだかんだ言って、アタシらの命の恩人だしね。ドレッドとフーガは、ごしゅーしょーさまだけど」
スーリムはつっけんどんな感じですが、それでもどこかうれしそうに見えます。
「すべてはこの、スターリング姉妹の力によるものです。感謝なら、彼女たちになさい」
「いえいえ、魔女を殺さないって決めたのは、アルティナ様じゃないですか」
エミルは両手をぶんぶん振って、謙遜するように言いました。
「いやいや、そんなことないよ。ぜーんぶエミルのおかげだって!」
そんな妹の肩を、エイルはがばっと抱いてあげました。
『えー! おねえちゃん、シロンはー?』
「ごめんごめん。もちろんシロンのおかげでもあるよ!」
『えっへへん!』
エイルお姉ちゃんに頭をなでられ、シロンもご満悦です。
「そうか……巨獣狩りの剣星に浄化のチカラ……みごとなものだな」
王様はドカッと玉座に座り直して、姉妹に対し感嘆のためいきをもらしました。
「それで、お父さま……」
アルティナは表情を引きしめます。
「うむ……心の準備はできている。……会わせてくれるか? 私のかつてのパートナーに……」
王様もぎゅっと目を細めました。
エミルとシロンも、息をのみます。記憶を失くした王様と、浄化された元・凶星の魔女……二人を引き合わせてなにが起こるのか、想像がつかないからです。
アルティナは、服のポケットから指輪を取り出します。
「おいでなさい」
つぶやくと、指輪から光の粒子があふれ、人の姿を形作っていきました。
そして、現れたのは――
「えっ……」
最初に声をもらしたのは、カリンガ。
スーリムと王様も、つづけておどろきの顔を見せます。
現れたのは、流星を思わせるような金髪と、天の川がきらめく夜空をイメージしたドレスをまとった美女でした。
王様だけでなく、魔女の配下たちもおどろいたのもムリはありません。アルティナが呼び出したのは、凶星の魔女のはずです。なのに目の前に降臨した美女は、輪郭こそ似てはいますが、彼女とは雰囲気からしてまったくの別人だったのですから。
最初に見たときは、エミルたちもそれはびっくりしたものです。星獣アストラが試練の終わりを告げたと思ったら、魔女の姿がすっかり変わっていたのですから。どうやら魔女の心の解放によって、新たな姿に進化したようです。
「紹介します。彼女は凶星の魔女あらため、爛星の魔女……ベネットです」
アルティナが告げると、かたわらのベネットがゆっくりとまぶたを開きました。
「……美しい……」
王様は、反射的に思ったままのことを口にしました。
すると……ベネットは開いたまぶたをさらにひろげ、涙を浮かべました。
忘れもしません。忘れられるはずがありません。このひとことは、王様が20年まえにつぶやいた言葉とまったく同じなのですから。
たとえ記憶を失くしても、彼は変わらず彼のままでいる、それがうれしかったのです。
「……おほん。アルティナから聞いている。生きてこれまでの罪を悔い改めることにしたそうだな」
『……ああ。だがそれも、国王であるお前の裁量しだいだがな』
「いや、アルティナがそう決めたのであれば、それでいい。この件はすべて、アルティナにあずけてあるからな」
『えっ……』
魔女は目を丸くしました。カリンガもスーリムも、ぎょっとしています。
「心を入れ替え、この国のために働いてくれるのなら、私もお前をとがめることはしない。もちろん国民の中には納得いかない者も出るだろうが、それもまたしようのないこと。お前自身が今後の働きで、みなに認めさせるのだ」
『……本当に変わらないのだな、お前は……』
ベネットはあきれたように苦笑いを浮かべました。
「私は私だ。記憶を失おうと、変わることなどありえない」
王様とベネットは、熱いまなざしで見つめ合っていました。
それはきっと、20年前と同じなのだということを、アルティナは直感するのでした。
そして、あらためて学んだのです。時が経とうとも、記憶が薄れようとも、結ばれた絆はけっして変わらないものなのだということを――
「ベル」
『なに?』
「これからも、よろしくね」
『もちろん!』
それを確かめ合うように、アルティナとスノーベルは指を合わせるのでした。
☆ ☆ ☆
試練の報告が終わり、謁見の間の外の廊下にて。
「……結局、王様の記憶、戻さないことにしたんですね」
エミルが言いました。謁見のときには、空気のせいかなんとなくたずねづらかったようです。
アルティナは、20年前の王様の日記帳を取り出して、こたえました。
「……ええ。事実消失の魔術が解ければ、お父さまだけでなく、国民すべてにベネットの記憶が戻ることになります。そうなればきっと、"凶星の魔女"の事件、王家への責任追及は逃れられませんから」
『なんか、ちょっとズルいね』
エミルの肩の上で、シロンがぼやくように言いました。
「ええ、ズルいです。禁書庫にはこの日記のほかにも、王家にとって都合の悪い事実が山ほど眠っていることでしょう。きれいごとだけで国家をまわすことはできない……あそこはそれを証明する場のようです」
「……なんだか、気分よくないですね、それ」
エミルも苦々しく表情をくもらせました。
「私もですよ。……ですから、これで終わりにします」
「え?」
「私の代では、そのような事実の改ざんなど起こさなくていい国にしてみせます。……それこそが、志なかばで命を散らした国民、私の友人たちに対する、責任です」
「アルティナ様……」
エミルは尊敬で青い瞳をうるませました。
「……今回、あなたたち姉妹に教わりました。私は王族として、なにができるんだろうと。圧倒的な強さもなければ特別なチカラもない、ただ血筋と立場しかない、この私に。……ですが、それでいいのだとわかったのです」
『どーゆーこと?』
「そもそも、考えてみればエイルの強さも、エミルの浄化のチカラも、あなたたちが望んで手にしたものではない……いわゆる、天からの授かりものでしょう?」
「そういえば……そうですね。チカラ自体は、努力で身につけたものじゃないかも」
エミルはうーんと考えながらこたえました。
「そう考えれば、私の王族としての血筋も立場も同じことなのです。私が望んで手にしたものではありません。つまり……それこそが私だけの特別なものだということに、気づけたのです。……あなたたちのおかげで」
「え? でもわたしもお姉ちゃんも、そんなこと言ったおぼえは……」
「言いましたよ。エイルもね。"聖剣を宝物庫から持ち出せたのは私が王族だから"とか、"最後なんだから王様らしく命令しろ"とかね」
「あ……」
姉妹は同時にハッとしました。
「そう、その言葉が気づかせてくれたのですよ。王族としての血筋と立場を、惜しみなく使えることが私だけの授かりものだということにね。……おかげで、私がどうあるべきかが、はっきり見えた気がします。ほんとうに、ありがとうございました」
アルティナは、深々と姉妹に頭を下げました。
「お、お顔をあげてください! お姫さまなのに!」
エミルはあたふたしながら両手を振りました。
「王女だからこそ、礼儀を欠いてはいけませんからね。……それと」
顔をあげたアルティナは、すっと右手をエミルに差し出してきました。
「……もう、そういった堅苦しい物言いはやめてください。私は、あなたたちと対等な友人でいたいです」
そう語るアルティナの表情は、どこか熱を帯びていました。
「……それは、命令、ですか……?」
「いえ。……おねがいです」
エミルはおずおずと少し考えたあと、ぱっと晴れやかな顔で、アルティナの手をにぎり返します。
「……わかり……ううん、わかった! これからよろしくね! ……アルティナ!」
「ええ、よろしくおねがいします、エミル」
ふたりは、にっこりと笑い合いました。
「でも、そういうことなら、そっちもていねい語はやめてほしいなあ」
「あいにく、私はいつもこんな感じですよ」
『そうそう! ちっちゃいころから、ずーっとね!』
長年のパートナーのスノーベルが言うのなら、まちがいないでしょう。
「エイルも、ほら」
アルティナは、今度はエイルに右手を差し出します。
「ん、よろしくね、アルティナ」
エイルはその手を、ためらいなくがしっとにぎりしめました。
「こちらこそ」
エミルのときとちがって、あっさりしたものに見えますが、エイルの態度がやわらかく変わったことに、だれもが気づいていました。
『シロンも! よろしくね、アルティナ!』
「ええ、よろしく、シロン」
『スノーベルも! ……もうベルってよんで、いいよね?』
『……しょうがないわね、特別よ?』
スノーベルはつんつんした口調で目をそらしながらも、シロンと小さな手で握手を交わすのでした。
こうして……王族の試練にまつわる冒険の旅は、ついに幕を閉じたのです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
完結まであと8話となります。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、
ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




