第61話 試練の終わり
アルティナは、腰に差した剣を引き抜き……倒れている魔女の首につきつけました。
『アルティナ……!』
スノーベルが思わず止めに入ろうとすると、
『だまって、みてよう』
それをシロンが制止しました。直前まで力尽きていましたが、ここはシャキっとしないといけないと思ったみたいです。
「凶星の魔女……あまたの魔法生物を暴走させ、わが国の民をおびやかし、アカデミーの学徒に手をかけ……さらには人道に反した手段をもちいての、王族たる私に対して数々の狼藉……どんな理由があろうと、とても見逃すことはできません」
アルティナは冷たくきびしい声で言いました。
この場面ひとつ切り取っても、りっぱな王族としての威厳が感じられると、エミルはかたずをのんで見守っています。
「審議にかけるまでもありません。やはりあなたは……死罪が妥当でしょう。この場で私みずからが、あなたに裁きをくだします」
そう言って、アルティナはしずかに、よどみなく、剣を高く振り上げました。
魔女は目を閉じ、彼女の刃を受け入れようとします。
そして……アルティナがカッと目を見開くと同時に――白刃が振り下ろされました!
『ダメーッ!』
止めようとするスノーベルを、シロンが必死に抑えこみます。
シルヴィアは見てられないと顔をそむけ、エミルとエイルは目を離さず結末を見届けようとしていました。
振り下ろされた刃は、正確に魔女の首――
ガキィーーーン……!
……の真横をすり抜け、薄紫色の床に突き刺さりました。
『……どういう、つもりだ……?』
剣が自分をすり抜けたことに気づいた魔女は、ゆっくりと目を開き、アルティナにたずねます。
シロンに抱き止められているスノーベルも、涙を浮かべた目を丸くしながら、ぽかんとしていました。
アルティナは床からゆっくりと剣を引き抜いて、言いました。
「……でもそれは、あくまで人間の罪にあてはめての話。魔法生物に対しては、別です」
その言葉を聞いて、この場の全員が目をぱちくりさせます。シルヴィアも、いまにも泣き出しそうな顔できょとんとしていました。
「たしかにあなたの犯した罪は重い。けれど、いまはそれをいたく反省しており、更生の意志がある。そうですね?」
アルティナに問われると、魔女はどこか照れくさそうに目をそらしました。
口には出さなくても、態度がしめしています。アルティナの指摘は正しいということを。
「それならば、いまここで処刑してしまうよりも、生かしておいたほうが王国にとって利となる。そう判断したまでです。なにしろ精霊の寿命は、人間よりはるかに長いのですからね」
『あ……』
シルヴィアはハッとしました。
反省の意志があるのなら、長い目をもってゆるしを与える……これはまるで、エミルが大樹の精霊にくだした審判と同じではないですか。アルティナのほうが、言い方はずいぶんきびしいですけれど、本質は同じなのです。
彼女がそう思ったのをさとったように、アルティナはシルヴィアにほほえみを送りました。まるで、あなたたちから学ばせてもらった、ということを伝えるかのように。
『だが……お前は私が憎くはないのか? お前の友を殺し、何度もお前に刺客を差し向けた私が?』
魔女はいぶかしげな顔で、うったえるようにたずねました。自分はここでアルティナに討たれるべきだ――そう思ってのことでしょう。
「憎くはない、と言えばウソになります。さっきまでは、本気であなたの首を取ってやるつもりでいました。でも……気が変わってしまった」
『なに……?』
「あなたの身の上話を聞いているうちに、かたきを討ってやろうという気が失せていったんです。……いえ、ほんとうはもっと前から、心の奥で小さくそういう気持ちがあったのでしょう。それが、この姉妹と出会ってから、だんだん大きくふくらんでいったんです」
アルティナが苦笑いしながら見ると、姉妹はにまっとした表情を浮かべました。
アルティナの心の奥の慈悲の芽は、太陽のような姉妹の光によって育まれ、満開の花を咲かせたようです。
「とどのつまり、結局のところ、私は復讐者になりきれないタイプの人間だったということです。あなたが魔法生物というのなら、なおさらそう思えます」
そのときエミルは、イシビトの谷でのエイルお姉さんとの話を思い出しました。妖精やペガサスをパートナーにしているアルティナは、魔法生物寄りの人間であるという話を。
いま、それがはっきりしたように思えました。この魔女に甘くも見える審判は、まさにアルティナがそういう人間であるということの証明ではありませんか。
『だが……散っていった者たちの無念はどうなる……? 私は怨念から生まれた存在だ。だからこそわかる。お前の学友たちは、お前に私を討てと願っているのではないか?』
たしかに、魔女の言うことには説得力がありました。しかし……
「いえ……それでも私は、あなたを殺しはしません。冷静になって、思い出したんです。彼らとすごした日々のことを」
アルティナはなつかしむように、虚空を見上げました。
「私と彼ら四人とは、妙にウマが合いました。王族と庶民という立場を超えた友となりました。その大きな共通点は、みな魔法生物を心から愛していたということです。王族の私が言ってはなんですが、人間以上にね」
そして、姉妹の顔を見渡すと、もう一度魔女を見下ろし、キリッとした表情で言うのです。
「だから……はっきり言えます。私の友人に……魔法生物の手で命を奪われたくらいで、魔法生物を恨む人間など、一人もいないと!」
『……!』
魔女は、ハッとしました。
「あなたを手にかけてしまっては……逆に彼らはきっと浮かばれないことでしょう。私が怒りや憎しみのままに魔法生物を殺すことを、彼らはきっと望まないことでしょう。私は私以上に、彼らのことを知る者はいないと、自負しています」
アルティナの言葉と表情には、絶対の自信にあふれていました。
魔女は、フッと苦笑いを浮かべます。
(ああ、この娘はたしかに、ナッシュの子だ……)
愛した人と姿を重ね、涙で瞳をうるませながら。
エミルはまた、思い出していました。シルヴィアの故郷を救うため、大樹のダンジョンに挑んだときのことを。
あのとき、エミルもまた、大樹の精霊の手で命を落とし、その魂をもてあそばれた魔法つかいたちと出会いました。
彼女たちはこの世に未練を残しながらも、自分たちの死の要因となったダークエルフや大樹の精霊に、最期の瞬間までうらみごとをひとつも残しませんでした。
自分の生死の運命さえ、自然のままにゆだねる……それが魔法生物に寄った考えの持ち主たちの共通の思いなのかもしれません。なら、その自然のいとなみに罪と罰を問うというのも、たしかにおかしな話だと、エミルは思いました。
「……まあ、反省しなかったら、やっつけちゃえばいい話だしね」
そんな妹の心の中を見透かしたように、エイルがぼそっとつぶやきました。直感と本能だけで生きている人間はこういうとき、ほんとうにおそろしいです。
「……そういうことですから、私、アルティナ・フォン・アストライトは……魔法生物との共存を重んじるアストライト王国の未来の王として……戦塵の魔女ベネット、あなたを……ゆるします」
アルティナの宣言と同時に、赤黒いこの異空間が、とつぜん白い光に包まれました。
まるで、おのれの罪をゆるされた魔女の、心が解き放たれたことをあらわすように。
やがて光はやわらぎ、一行と魔女はいつのまにかアストラ山の頂上――星獣アストラのすみかに戻ってきていました。
『――しかと見届けた。アルティナ姫よ。これにてすべての試練は終わった。……星獣アストラの名において、そなたを正式な王族と認めよう』
そして、目の前に立つ巨大なトラ――星獣アストラは、おごそかな声でそう告げるのでした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
完結まであと9話となります。
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