第59話 太陽の姉妹
「お姉ちゃん! ぜんぶ吐き出させて!」
「オーライ!」
エミルの呼びかけに、エイルは戦闘中にもかかわらずこころよくこたえました。
アルティナやスノーベル、シルヴィアからすれば意味はちんぷんかんぷんですが、さすが姉妹、このひとことだけでぜんぶ通じるみたいです。
エイルは黄金の剣と白銀の剣の二刀流で、起き上がった魔女を攻撃します。
しかしその威力は、さっきまでよりは弱めに見えました。試練で身につけた手加減のワザです。
「ほらほら! こっちだこっち! ヘイヘーイ!」
くわえて、口をひっぱってベロを出したり、ちょこまかと飛び回ったり、相手をおちょくって挑発するような動きをおりまぜるようになりました。
そんなことをしたら、魔女をよけい怒りくるわせるだけのでは……
そう思ったとき、アルティナはエミルの考えに気がついたのです。"ぜんぶ吐き出させる"……その言葉に秘められた意味を。
『オオオオオーッ!』
案の定、魔女はダメージとエイルの挑発に怒り、けたたましい咆哮をあげました。
そして大きく開かれた口に、赤黒い光が集まっていきます。
『ブレスだ!』
チビドラゴンのシロンが警告しました。自分も得意とする、口内にためたエネルギーを発射する魔法のワザです。
「よーし……」
エイルは足を止めて、目の前で左右の剣をクロスさせて構えました。それはまるで照準のようで、私を狙って撃ってこい、と言わんばかりです。
魔女の口にたまっていくエネルギーの光が、どんどん大きくなっていきます。それはアストラ山で戦った【アストロキメラ】のブレスの光とは、くらべものになりません。放たれれば、この空間もろとも消し飛ばしてしまいそうな、そんな迫力が感じられました。
『感じる……魔女さまの怒りを……憎しみを……!』
感受性の強い、妖精のスノーベルは苦しそうに自分の体を抱きしめました。魔女の苦しみが伝わるかのように。
彼女が感じている通り、あのブレスには魔女の10年分の怒りと憎しみがこめられているのでしょう。魔法生物であるシロンやシルヴィアはもちろん、人間のエミルやアルティナも、そのおぞましさとまがまがしさが、目から、全身から伝わってくるようでした。
(……でも……それだけじゃない……これは……悲しみ……)
さらにエミルは、魔女の吠え声からそんな感情を感じ取ったのでした。
いっぽうでただひとり、魔女と直接対峙しているエイルだけは、なんともなさそうな顔をしています。
戦っているあいだもそうでした。魔女の怒りと憎しみに支配された10年間なんて、知ったこっちゃないと言わんばかりの立ち回り。
魔女の境遇をかわいそうだなあと思わないのはもちろんのこと、彼女が部下を使ってエミルをあやつったり、呪いをかけて殺そうとしたことすら忘れているようでした。
直感と本能で生きるエイルという少女は、そういう人間なのです。野生のケモノが狩りをおこなう際、そんなめんどくさいことをいちいち考えたりするでしょうか?
生きるか死ぬかの戦い、勝っても負けてもうらみっこなし。エイルはいつだって、その気持ちひとつで戦っているのです。
けれど、助けをもとめる声や、かわいい妹の言うことには、ちゃんと耳をかたむけます。だってエイルは野生のケモノみたいな戦いをするといっても、やっぱり人間なんですから。
『オオオオオーーーッ!』
エネルギーを溜め終えた魔女の口から、怒りのブレスが放たれました!
それは赤黒い極大極太の光線となって、まっすぐエイルに襲いかかります!
いえ、それどころかこの規模では、着弾した瞬間、余波でこの場の全員が吹き飛ばされてしまうでしょう。よけるわけにもまともに受けるわけにもいきません。
「『お姉ちゃんっ!』」『お義姉さま!』
「『エイルっ!』」
エミルとシロンとシルヴィア、アルティナとスノーべルの声援が重なります。
エイルはそれに応えるように、光線を切り裂こうと二本の剣を振るいました!
剣は光線を受け止め、余波がまわりにひろがっていきます!
「シルヴィア!」
「ベル!」
エミルとアルティナの命で、シルヴィアの風とスノーベルの氷のチカラが合わさった、ドーム型のバリアが展開されました。
おかげでエミルたちは余波から守られましたが、バリアはみしみしと音を立て揺れており、長くはもたないことはあきらかでした。
『うっく……このままでは……!』
シルヴィアは鍛えられた両腕をつきだし、たくましくしなやかな足で床をふんばって耐えていました。となりではスノーベルも、空中で同じような体勢をして、苦しげに顔をゆがませています。
「がんばって! だいじょうぶ! わたしたちには、お姉ちゃんがついてる!」
エミルは弱気になりかけたパートナーたちをはげましました。
浄化の魔術の発動にそなえてチカラを温存しているので、シルヴィアにマナを与える余裕がなく、声援をかけることしかできないのです。
それでも、それだけで、エミルのことが大好きなシルヴィアが元気を出すには、じゅうぶんでした。うってかわってキリッとした顔つきで、バリアにこめるチカラを強めます。
エイルもまた剣を交差させ、光線を押し返そうとふんばっていました。
光線の規模を考えると、まさにゾウとアリの戦い、とても勝ち目がないように見えました。
(でも……それでも!)
アルティナもまたエイルを信じます。彼女のデタラメな強さは、いままで何度も見てきましたから、今回だってきっと、なんとかしてしまうだろうと。
そう、目の前でなにがあっても揺るがない心を、試練で身につけたのですから。
そんなアルティナの思いを受け取ったかのように、エイルはにやりと笑いました。
そして両腕に力をこめると、二本の剣がまばゆい光を放ち……
ドッパアーーーン!
ついに、魔女のブレスを完全に斬り裂き、霧散させたのです。
『やったあ!』
シロンが歓声をあげ、ほかのみんなも歓喜に身を寄せ合いました。エミルはシルヴィアの胸に顔をうずめられて、苦しそうにしていますけれど。
『オ……!』
魔女は口を大きく開けたまま、おどろき、おののき、たじろぎます。
その体からは、もうまがまがしい気が感じられません。ブレスといっしょに、毒気がすべて抜けていったかのようです。
これこそがエミルの、"ぜんぶ吐き出させて"という言葉の意味。文字通り魔女の全身全霊を吐き出させた上で勝てという、姉に全幅の信頼をよせての、ムチャぶりともいえる注文でした。
そしてエイルは、そんな妹のムチャぶりにみごと応えて見せたのです。これこそが姉妹の絆の成せるワザなのかと、アルティナは感嘆するばかりでした。
チャンスと見て、エイルはひるんだ魔女に向かって一気に駆け出しました。
「『いっけー!』」
エミルとシロンのあかるい声援に後押しされ、エイルは大ジャンプ。
巨大な竜と化した魔女の胸元めがけて、二刀流の《クロススラッシュ》が炸裂!
『オオオオオ~……!』
魔女は断末魔の悲鳴をあげてのたうち回りました。
やがてその動きは小さくなっていき……異空間に浮かぶ円形の舞台の上に、ズズーンと音を立てて倒れました。
「エミル! シロン! あとはまかせた!」
エイルはふたりのほうに振り向いて叫びます。
「『オーライ!』」
妹たちは応えるやいなや、魔女のもとまでダッと駆けていきました。そのうしろを、シルヴィアが追走します。
魔女はかろうじてまだ生きていますが、もう自力で起き上がることができないほど弱っていました。だからもう、襲われる心配はないでしょう。
エミルは心置きなく、杖をゆっくりと高く振り上げます。
するとシロンの体が、大きな白いドラゴンに変わっていきました。それでも、竜化した魔女にくらべればずいぶん小さいですけれど。
シロンは大きくなった翼をひろげて、宙に浮かびます。そして、真下で倒れている魔女に照準を合わせました。
「『《プリズマジック・サンクチュアリ》!』」
ふたりの声が重なると、シロンの全身から虹色の光が放射され、異空間じゅうを満たしていきました。
『なんだか、ほっとする光……』
スノーベルは上空のシロンを見上げながら、やわらかな表情でつぶやきました。パートナーのアルティナも、同じ感想を抱いていることでしょう。いつもエミルばかりに夢中のシルヴィアでさえ見とれており、エイルも誇らしそうな顔をしています。
やがて……真下で光を浴びていた魔女の体が、みるみる小さくなり……元の成人女性の姿に戻っていきました。いえ、正確には全身の赤黒さがあわくなっており、雰囲気がおだやかになったような印象を受けます。
おそらく浄化の魔術のチカラで、凶星の魔女はさらに元の、【戦塵の魔女ベネット】としての姿を取り戻したのだと、アルティナは確信しました。
こうして、凶星の魔女との戦いは、ここに決着しました。
しかし、あくまでついたのは戦いに関して。彼女にまつわる物語が真の決着を見るのは、これからなのです。
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