第58話 巨獣狩りの剣星VS凶星の魔女
『アストライト王国に……凶星の呪いあれッ……!』
魔女が高らかに両手をあげると、その全身は赤黒いオーラにつつまれていきます。
それはまるで、繭のような形になって……風船のようにどんどんふくらんでいくのでした。
『エミル、お姉ちゃん! なんかやばいよ、あれ!』
シロンはいっそう表情をけわしくしました。となりに立つエクシリアも、最大限警戒しています。
やがて……
ドッパアン!
繭が割れ、破裂音とともに、血しぶきのようなしずくが宙を舞いました。
『オオオオオ……』
割れた繭の中から、赤黒い体の、まがまがしいドラゴンの姿が現れました。頭からは、魔女のなごりともいえる、赤くて長い髪が伸びています。
「変身……した……」
エミルは目を見開いたまま、ぽつりとつぶやきました。まさかこんな大変身をとげてしまうなんて、おどろきです。
「エミル、シロン、あぶないよ。下がってて」
エイルは妹たちにやさしく告げると、ばさっとマントをひろげて、パートナーのエクシリアとともに前に歩み出ました。
「お……お待ちなさい! まさか、ひとりで彼女と戦うつもりですか……?」
「そうだけど」
とまどうアルティナの問いに、エイルは振り向きもせずあっさりとこたえました。
『あ……あなた、魔女さまのこと、なめすぎよ!』
スノーベルもいっしょになって呼び止めますが、エイルはまったく聞き入れません。
言いながらアルティナは、わかっていました。自分の実力では、魔女に到底太刀打ちなんてできない、エイルの足出まといにしかならないと。
学友たちのかたきを討ちたいと思いながらも、現実、結局そうすることがかなわない、それがくやしくって、なさけなくって、しかたがありません。
そんなアルティナのがっくりと落とされた肩に、うしろからエミルがぽんと手を乗せました。
「だいじょうぶです。アルティナ様。お姉ちゃんはちゃんと、わかってますから」
「わかっている……?」
『お姉ちゃんはね、お姫さまの気持ち、いっしょに背負ってくれてるってことだよ』
つづけてのシロンの言葉に、アルティナとスノーベルはハッとしました。
そしてエミルは、ふところからルミエールの杖を取り出し、ドラゴンと化した魔女をキッと見すえます。
「そしてわたしとシロンは、スノーベルの気持ちを背負ってる。凶星の魔女を救いたいっていう想いをね!」
シロンもやる気に満ちた顔で、ふん! と鼻息を鳴らしました。
『エミル……シロン……』
スノーベルは青い瞳をうるませます。
結び直せたアルティナとの絆も大切ですが、魔女にも命を救われた恩があるのです。それをくみ取ってくれたエミルたちのやさしさに、心を打たれたのです。
アルティナは、ただくやしさでくちびるをかみしめました。この最後の戦いにくわわることすらできず、護衛である姉妹にすべてを丸投げすることしかできない無力感に……
「そうだ、お姫さま。これが最後なんだし、せっかくだから命令してよ。未来の王様らしく、さ」
そう思っていたとき、エイルがそんなことを言い出したので、きょとんとしました。
「めい……れい……?」
未来の王様らしく――
そうだ。私はいつか、この国をおさめる王になるんだ。
王は、どんなときでも堂々としていないといけない。たとえ戦う力がなくたって、収める力がなくたって……すべてを家来に丸投げしなくちゃいけなくったって、ゆるぎない心を持っていなければいけない。自分の無力すら受け入れる広い心を持っていなければいけない。ただ国と民の未来だけを見すえる澄んだ心を持っていなければいけない――
アルティナは王族の試練から、エイルとエミル姉妹から、そしてパートナーのスノーベルから、それらを教わったことを、あらためて思い出しました。
エイルがそう意図して、命令しろと要求してきたとは思えません。彼女的には、単に最後だから気合を入れたかっただけ、というところでしょう。
けれど、そんな打算のないまっすぐな思いだからこそ、アルティナの心にすっと入ってきたのです。妹のエミルだってきっと、ふだんから姉にそんな言葉をかけ続けられてきたからこそ、幼いながらにたくましく成長できたのでしょう。
――そう、私の使命は、ただ、国と民のために、最善となることを考えること。それが……私だけの戦いなんだ!
アルティナは白いマントをひるがえし、バッと右手をかざして、勇ましく宣言します。
「……エイル! エミル! アストライト王国第一王女・アルティナが命じます! ……わが国にあだなす凶星の魔女を、こらしめておやりなさい!」
エイルとエミル、シロンはにまっと顔を見合わせて、
「「『はーいっ!』」」
元気な返事を重ねるのでした。
『オオオオオーーーン!』
どこかのんきな姉妹に腹を立てたかのように、ドラゴン化した魔女が怨念のこもった咆哮をあげました。
そして全身から無数の赤黒い触手を生やして、こちらに向かって伸ばしてきます!
「いくぞシロ! 《風刃》!」
エイルの右手中指の指輪が光ると同時に、二本の剣のまわりに風がうずまきます。
それらをいきおいよく振ることで風の刃が放たれ、無数の触手を切り刻みました!
『オオオオ……!』
魔女はうめくように声をあげます。
「効いてる!」「ええ!」
エミルとアルティナは歓声をあげました。
試練を終えたアルティナの澄んだ心の目は、はっきりと魔女がダメージを受けていることを感じていました。
『よーし、シロンも……!』
シロンもはりきって飛び出そうとしますが、
「待ってシロン! 戦いはお姉ちゃんにまかせて、わたしたちは、浄化の魔術のためにチカラをたくわえておこう! あんなに強大な怨念を持つ相手じゃ、こっちもそれなりの準備がいる!」
エミルがそれを制止します。
さらに指輪からダークエルフのシルヴィアが現れて、言いました。
『おふたりの護衛は私が請け負います! 存分にチカラをお溜めくださいませ!』
「ありがとう、シルヴィア! だいすき!」
エミルのそのひとことで、シルヴィアは元気全開。アストラ山での戦いのダメージも、ふっとんでしまいました。
「ベル、私たちもいざとなれば、エミルを守りますよ」
『わかってる! まかせて!』
アルティナも剣を引き抜いて、スノーベルとともに攻撃の余波にそなえます。
「エクス! レイ!」
エイルはエクシリアと指輪の中のグレイセス、ふたりの剣の精霊に呼びかけました。
そのままふたりは左右の剣にそれぞれ合体、エイルは黄金の剣と白銀の剣を装備します。
「シロも、チカラ貸せよ。妹たちが見てるぞ!」
さらに指輪の中にいる大オオカミのシロに呼びかけると、どこからともなく吠え声が聞こえ、エイルは全身に風をまとい、猛ダッシュで魔女に向かっていきました。
『いけー! おねえちゃーん! シロー!』
いったんチビドラゴンのすがたに戻ったシロンは、小さな翼をパタパタさせながら元気に声援を送ります。
凶星の魔女は、実に多彩な攻撃をしかけてきました。
無数の触手に、口から火の玉、オーラの放射に、カギ爪……
しかしそのどれも、エイルにとどくことはありませんでした。彼女が動きを引きつけてくれているので、エミルたちにとどくこともありません。わずかな余波からも、シルヴィアが守ってくれていますし。
もし魔女が冷静で、人の姿のまま戦っていたら、またちがった状況になっていたでしょう。
エイルの戦い方は直感と本能にたよった野性のケモノそのもの。技をおぼえてきたとはいえ、人間が使うフェイントやからめ手、そういった頭を使った戦い方を相手にするのは苦手なのです。
けれどいまの魔女は、巨大なケモノ――ドラゴンの姿をとり、怒りと憎しみ、うらみのままにただ大きくふくらんだチカラを振るうのみ。そういった同じ野性の相手であれば、逆に大得意なのです。
なにしろ彼女の二つ名は"巨獣狩りの剣星"。何十何百の巨大生物を狩ってきた、王国が誇る英雄なのですから。
『オアアアア~!』
エイルの連続剣撃を受けた魔女は悲鳴をあげて、大きな音を響かせ倒れました。
戦いはエイルの圧倒的な優勢です。このままいけば、確実に勝てるでしょう。
ですが……
『魔女さま……』
スノーベルは悲しそうな顔で声をもらしました。
こちらが勝っていても、素直によろこべるわけがありません。なにしろ、凶星の魔女は、スノーベルの命の恩人なのですから。その恩人が一方的になぶり殺しにされて、気分がいいわけがありません。
『だいじょうぶだよ。おねえちゃんと、エミルと、シロンをしんじて!』
そんな彼女を見かねて、シロンはとなりまで飛んできて、言いました。
スノーベルは目を見張ります。そしてぎゅっとくちびるを引き結び、こぶしをにぎりしめます。そして信じます。この姉妹ならきっと、魔女を救ってくれると。だって自分のことだって、救ってくれたのですから。
パートナーのアルティナも、姉妹を信じましょうと言わんばかりの、やわらかいほほえみを向けてくれます。
彼女は命じました。魔女を"討て"ではなく、"こらしめろ"と。
自分だって、魔女のことを許せないはずなのに、その気持ちを押し殺してそう言ったのです。だからスノーベルも、この戦いから目を離さず、最後まで見届けようと、あらためて覚悟を決めるのでした。
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