第57話 魔女変心
『……その名で呼ばれたのは、20年ぶりだな。まさか、私の正体までたどり着いたとは……さすがは、あの男の娘、といったところか……』
凶星の魔女は一瞬おどろいたのち、アルティナに感心したようにほほえみました。
「あいにくと、父は関係ありません。つきとめたのは私ではなく、べつの人ですから」
しかしアルティナは、きっぱりと言いました。
魔女の正体は、"影の者"が無断で禁書庫に立ち入ったおかげでつきとめられたことなので、たしかに王様の手柄でもアルティナの手柄でもありません。
「ごぞんじですよね? "事実消失の術"によって、父をふくめた国民すべてが、あなたの存在を忘れていることを」
『……当然だ。そうでなければ、王国に復讐しようなどとは思わん』
魔女はいまいましげにぎゅっとまゆをひそめ、ぎりっと歯をかみしめました。
同時に、全身から強い憎しみのオーラがあふれ、エイル以外はわずかにたじろぎます。
「復讐の理由は、パートナーだった王様までもが、あなたのことを忘れちゃったからなんだよね?」
エミルはそれでもおそれることなく、強気な表情でたずねました。
すると、魔女の目つきがさらにするどくなり、身を突き刺すほどの眼光がほとばしります。
『そのような、生ぬるいものではない……あの男は、私のすべてを裏切ったのだから……!』
アルティナもひるむことなく、つづけて告げました。
「……ええ。あなたと父は、愛し合っていたのですからね」
その瞬間、魔女の眼光もオーラもぴたりと止みました。
「術を維持するために、禁書庫に残されていた父の日記……ぶしつけながら、私も中を確認させていただきました。子どものようないい加減な文章の中からも、はっきりと伝わりましたよ。父とあなたが、どれだけ愛し合っていたのかが。それはもう、はずかしいくらいにね」
『……だまれッ!』
逆鱗にふれたのか、魔女の憎しみのオーラが突風となって、一行に襲いかかりました。
しかし瞬時に、剣の精霊エクシリアと少女化したシロンが盾になって、守ってくれます。
「あなたが学友を殺し、ベルや手下たちを使ってことごとく私を苦しめようとした理由も腑に落ちましたよ。父が自分以外の女性と結ばれ、そのあいだに生まれた私も憎しみの対象だったわけですね?」
アルティナの言葉が的中していることをしめすように、突風がいきおいを増しました。この円形の闘技場から、突き落としてやらんとばかりに。
エクシリアとシロンは両手を突き出し、顔をゆがめながらも風に耐え抜きます。
――凶星の魔女、その誕生の経緯は、こうです。
20年前、当時15歳で第一王子だったナッシュ王は、いまのアルティナと同じく王族の試練に挑みました。もちろん、パートナーである戦塵の魔女ベネットもいっしょです。
護衛には、これもいまのアルティナと同じく、当時の極星魔法つかいとその付き人の二人がついていました。
三人は楽勝同然に三つの試練を終え、アストラ山の最終試練に挑みました。
最後だけあって、襲ってくる魔法生物たちも手ごわくなっていましたが、それでも問題なく進むことができました。おそらくこのチームは、歴代の王族最強だったことでしょう。
この調子なら、余裕で試練を達成できる、自分たちは最強のトリオだ……三人ともがなかなかのお調子者のため、みんなしてそんなふうに思っていました。
ところが、その気のゆるみが、とんでもない悪夢を引き起こしてしまったのです。
アストラ山のてっぺん近く、星獣アストラがついに目の前といったところに、とんでもない怪物が現れたのです。
【星竜アストルム】――悪しき者を裁き下す、正義の執行者、聖なる竜。そのチカラは星獣アストラに勝るとも劣らないといわれていました。
一行のわずかなスキを突いて、星竜は護衛の極星魔法つかいと付き人をあっさりと倒し、ナッシュ王子も絶体絶命の危機におちいります。
そこで戦塵の魔女ベネットは、愛する王子を守るため、最後の賭けに出たのです。
そう、みずからの命と引き換えに、どんな相手だろうと道連れにする禁断の術を。
結果、魔女と星竜はともにこの世界から消えてなくなりました。
愛するパートナーを失った王子は、絶望になげき悲しみます。
けれど、王族としての責任に突き動かされ、星獣のもとまで歩をすすめるのでした。
こうしてナッシュ王子はみごと試練を達成し、一人前の王族として認められることになります。
ですが、それでも愛する者を失った苦しみは癒えず、王子は苦しむ日々を送っていました。このままでは体も病んで、命を落としてしまいかねないくらいに、
そこで、見かねた彼の父親――先代の王様は側近の魔法つかいに命令して、禁じられた事実消失の魔術を使ったのでした。すべては、息子の心を救うために。
結果、王様も王子もふくめて、すべての国民から魔女ベネットの記憶は消え去り――王子は元のヤンチャな明るさをとりもどし、ことなきを得たのでした。
しかし――物語はこれで終わりではありませんでした。
消滅したと思われていた魔女ベネットは、見知らぬ異空間の中で目を覚ますのです。
自分が生きていることを自覚した魔女は、すべてを悟りました。
禁断の術の真の代償は命ではなく、二度と愛するものと会うことができないという生き地獄を味わうというものだということに。
魔女は絶望し、みずから命を絶とうとしますが、踏みとどまります。
生きてさえいれば、またナッシュ王子に再会できるときがくるかもしれない。
それを信じられる根拠は、王子との絆の糸がまだ切れていないことを感じられることです。
自分と王子の絆はいまも生きている。ならきっと、またいつかめぐりあえる。
そう信じて、10年の時が流れました。
魔女は高位の魔法生物です。人間よりはるかに長い寿命を持っています。
そんな彼女にとっても、たったひとりで10年の時を過ごすというのは、長く感じられました。
王子のことはいまも信じ続けているものの、その心は疲れきっていたのです。
そんなとき、異空間に一匹の妖精がまぎれこんできました。
妖精は羽をもがれており、息も絶え絶え。ほうっておけば命がつきることはあきらかでした。
魔女にとっては、10年ぶりの他者との出会いです。これもなにかの縁と、自分の生命力を分け与えて、妖精の体を治してやりました。
妖精は、お礼にあなたの役に立ちたいと言ってきました。彼女は、異空間を行き来するチカラを持っていました。
それならばと、魔女はたのみごとをしました。異空間の外……王都近辺の様子を見て来てほしいと。ほんとうはナッシュ王子の様子を見てきてほしい、と直接おねがいしたかったところですが、なんだか気恥ずかしくて、言えなかったのです。
妖精は異空間の外に出かけ、しばらくすると戻ってきて、魔女にみやげ話を聞かせてくれる……そんな日々が何日か続きました。なにしろ妖精は人間に恐怖心を抱いていたので、長く外界にとどまることができず、たびたび羽を休めに戻らなければ、耐えられなかったのです。
魔女はほんとうに知りたいことをなかなか知れず、やきもきしていましたが、それもしかたないとがまんしていました。こうして外の世界のことを知る方法があるだけで、ありがたかったのです。
そして運命の日……妖精からついに王宮の話を聞いた瞬間……魔女の疲れた心をかろうじて支えていたものが、ぽっきりと折れた音がしました。
――ナッシュ王子が新たな王となり、妃と結ばれ、娘を生んでいた。さらに王族どころか、国民のだれ一人、戦塵の魔女ベネットの名をおぼえていないという事実を、とうとう知ってしまったのです。
10年間、焦がれ続けていた王子への愛は……あっというまにどす黒い憎しみへと変わっていきました。
愛する者が自分以外の者と結ばれ、その者との子を成している。しかも、自分の存在をすっかり忘れたうえで。それを知った魔女の絶望といきどおりは、いかばかりだったでしょう。
こうして戦塵の魔女ベネットは……いずれ王都を震撼させる、おそるべき"凶星の魔女"へと生まれ変わったのです……
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