第56話 うしなわれたもの
時間はほんの少しさかのぼり、王宮の謁見の間にて。
また影の者の使いを名乗るカメラマンの女性が、王様と面談をしていました。
「もう追加情報の報告とは、ずいぶん仕事が早いな」
王様は感心していました。
「ええ、まあ……」
いっぽうのカメラマンはこげ茶色の髪をかきながら、バツが悪そうに答えます。まるで親に隠しごとをしている子どものようです。
「凶星の魔女の正体がわかったと言っていたが、さっそく聞かせてもらおう」
王様のキリッとしたまなざしにあてられて、カメラマンは観念したようにはあ、とためいきをつき、話しはじめました。
「……国王さまは、"忘却の魔術"というものをごぞんじでしょうか?」
「はあ? ナメているのか。そんなもの、だれでも知っているだろうが」
王様はイラッとした様子で言い捨てました。
忘却の魔術――読んで字のごとく、対象の記憶を消してしまう、もの忘れの魔術です。
記憶を消すというのは、とても重いことです。また、どうとでも悪用できてしまうので、許可なく使うことができない危険な魔術のひとつとして数えられており、その事実は王様の言う通り、人々にも広く知られています。
「では、これはごぞんじでしょうか? 忘却の魔術とひとくちに言っても、さまざまな種類があるということを」
カメラマンはまったく気にせず、話を続けました。
「もちろん知っている。それに関しては、積極的に魔術を学ぼうとしなければ知れないことだがな」
「その中のひとつ……"事実消失"の魔術などはいかがでしょう?」
「対象となった者が存在していたという事実を、すべての生きものの記憶から消してしまうという、とくにおそろしい魔術だな。それが、どうしたというのだ」
「……もったいぶっている時間も惜しいので、もうはっきり申し上げます。"凶星の魔女"の正体は、かつてのあなたのパートナー……【戦塵の魔女ベネット】だと判明しました」
「私の……パートナー……だと……?」
王様は目を見開きます。……が、その表情はまるで、その名前にまったく見当がつかないという反応でした。
それを理解したうえで、カメラマンはさらに続けます。
「またまたおたずねしますよ。記憶自慢の国王ナッシュ様。魔女ベネットの名におぼえはございませんか?」
王様は頭をかかえます。必死にその中の記憶を探っているのだと見て取れました。
「……ない。そのような存在は、私の記憶に存在しない……!」
「でも、実在したんです。……影の者は、その証拠も発見したと言っています」
「それは、どういうことだ……? どこで見つけたというのだ……?」
王様はわかりやすくうろたえていました。
「えー、その……言っても怒らないでもらえますか?」
カメラマンはまるで親にしかられるのをおそれる子どものように、もじもじとしはじめます。
「……内容によるが、申せ。命令だ」
カメラマンは緊張の面持ちで、顔をそらし、声をひそめてこたえました。
「……き、禁書庫です」
「なにィ!?」
王様はガタッといきおいよく玉座から立ち上がり、カメラマンは「ですよねー!」という顔でびくっとしました。
「このバカタレがあ! あれほど禁書庫は立ち入り禁止だと言ったし、わかっていただろうがァ!」
「わ、私が入ったわけじゃありませんってば」
「この期におよんで、そんな言いわけが通るかァ!」
王様のものすごい剣幕に、カメラマンはメガネの下から滝のような涙を流しました。
「ひえー! ごめんなさいごめんなさい! でも許可が取れないんなら、無断で入るしかないじゃないですかぁ。王様だって、そういう経験はおありでしょう?」
「むっ……!」
王様は図星を突かれたようにぎくっとしました。
王様が少年時代……というか現在もですが、相当なヤンチャ者であったことは国民みんなの知るところです。しょっちゅう立ち入り禁止の場所に入ったり、こっそり王宮を抜け出したりしていたのです。それはもう、現在進行形で。
「それでまあ……見つけたわけです。あなたのパートナーが存在していた証拠を、ね」
なんとか論点のすりかえに成功したカメラマンは、しれっと話を続けました。
「だが……そんなヤツが存在していた記憶など、私の中には……!」
王様は、合点がいったようににハッとしました。
カメラマンもそれに気づいて、話を続けます。
「……そうです。彼女の存在についての記憶は、"事実消失"の術によって、人々から抹消されてしまったのです」
「そんな……バカな……」
王様は玉座に座り直して、ふたたび頭をかかえました。
話には聞いていても、実際自分がその魔術の影響を受けているということが、信じがたいのでしょう。
「心中お察しいたしますが、これは事実なのです。凶星の魔女を止めるためには、あなたはこの事実に向き合わなければいけないのです」
「私に……どうしろというんだ?」
「失った記憶を、取り戻すのです」
「記憶を……? 可能なのか、それは?」
「事実消失の術は強力です。呪い破りでも浄化のチカラでも、カンタンには解けません。ですが、だれでもカンタンに解けてしまう方法が、たったひとつだけあります」
「それは、なんだ?」
「これを燃やしてしまえば、いいのです」
そう言ってカメラマンは、一冊の本をかかげました。
ずいぶん古いもののようですが、形はきれいに保たれており、中に写真のようなものがはさまっています。
「それは……」
王様は目を見張りました。まったく知らない、見覚えのないもののはずなのに、あの本はどこかで見たことがある……そんな既視感をおぼえたのです。
「これは、あなたが15歳のときまでつけていたらしい、日記帳です。王族は必ず一日ごとにつける決まりがあるそうですね。もうしわけありませんが、中身を確認させてもらいました」
カメラマンは、その内容が小学生がいやいや描いたような、とても日記とは言えない投げやりな文章ばかりだったことにはふれませんでした。そんなこと口にでもしたら、マジで首が飛びそうだったからです。
王様もいまはそれどころではない状態だったので、つっこんできたりはしませんでした。
「結界魔術が、特定の存在だけ通れるようにしておかなければ維持できないように……生きものが呼吸を必要とするように、強力な魔術ほどそういった穴や条件を作っておく必要があります。事実消失の術を維持する条件は……"消した者のことを誰か一人は覚えていなければならない"、あるいは"消した者の記録を残しておかなければならない"という場合が多いのです。今回の場合は後者ですね」
「その条件を満たすために、その日記が禁書庫に封印してあったというわけだな?」
「そういうことです。つまりこの日記さえ処分してしまえば、忘却の術は解け、あなたや国民たちは凶星の魔女……いえ戦塵の魔女ベネットのことを思い出します」
「……して、今度はその日記を燃やす許可がほしいのか?」
「いえ……それを求めるのは私ではありません」
「……」
王様はまるでその答えをわかっていたかのように、目を伏せました。
「この情報をアルティナ姫に伝えます。それからどうするかは……彼女にゆだねようと思っています。私がここに来たのは、それをあなたにお伝えするためです。ご自分の中の真実と、向き合っていただくために」
「……いいだろう」
王様が静かにそう告げると、カメラマンはきびすを返し、謁見の間からさっさと出ていきました。
そして、ここで語られた魔女のヒミツが、近衛騎士のメッセを通じて、アルティナたちに伝えられたのです……
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