第54話 星獣アストラ
「……むにゃ。もう終わった?」
スノーベルの空間魔法が解け、もとのアストラ山の頂上付近に戻ってきたアルティナは、あきれかえりました。
なんと、ひとり空間の外にとり残されていたエイルが、地べたで横になっておひるねなんてしていたのです。のんきだとかマイペースだとか、そんなレベルを超えています。
「あ……あなたという人は~!」
さすがのアルティナも、これには怒り爆発。
速攻でエイルに詰め寄って、ガミガミとお説教をまくしたてるのでした。
『……なんだか、ほんとうの意味で戻ってきたって感じ』
元の小さな妖精の姿に戻ったスノーベルも、あきれ笑いを浮かべるばかり。さっきまでのシリアスな空気が、ウソのようです。
エイルお姉ちゃんのことをよく知るエミルとシロンも、おかしくなって笑い飛ばすのでした。
「あー、わかった、わかった。悪かったよ、ごめんなさい!」
さすがのエイルも、これにはすなおに反省。
エミルは、むかしお姉ちゃんがお母さんにしかられていたところを思い出して、また吹き出しました。
「どうせあなたのことだから、妹のエミルを信頼して丸投げして、自分は体を休めることに集中してたとか、そういうところでしょう!」
「おっ、よくわかったねえ」
「当然です! 私はいずれ、この国を統べる王となるのですから!」
アルティナはムキになって気分がたかぶっているのか、どーんとえらそうに胸を張りました。
「あはははっ!」
そんなふたりのようすを見て、エミルたちはおなかをかかえて大いに笑いました。みんなの絆が、またひとつ深まった瞬間でした。
☆ ☆ ☆
――そして、お姫さまご一行は、ついにアストラ山のてっぺんへとたどりつきました。
「わーお……」
そこで見たものには、エイルですらそんな声をあげてしまいました。
一行の目の前には、一頭の白いトラが眠っていました。
ただし、その大きさは尋常ではなく、目算で20メートル近くはあります。王宮にも引けをとらない高さなので、とてもペットにはできそうにありません。
「これだけ大きかったら、どれだけたくさんパンケーキ作れるかなあ。ほらエミル、そういう絵本あったよね?」
エイルはやまぶき色の瞳をキラめかせて、妹のほうを見ました。
ふだんは本なんて読まないくせに、そういうおいしそうな食べものが出てくるおはなしの記憶はあるのです。
「トラとパンケーキに、どんな因果関係があるというのですか?」
アルティナはまたあきれると同時に、意味がわからないと困惑していました。
「えーと、トラが木のまわりをぐるぐる回ると、バターになるおはなしがあって……」
エミルも困り笑いを浮かべながら、アルティナに説明しようとしたそのとき。
『……うるさい! ヒトが寝てるそばで、おそろしい話をするなっ!』
一行の頭の中に、そんな声が響いてきたのです。もちろんみんな、びっくりしました。
声の主にも想像がつきます。目の前で伏せっている、巨大なトラ以外いないでしょう。ふもとで聞い声と、同じものです。
「ご、ごめんなさい!」
エミルは反射的にあやまりました。
故郷の村で暮らしていたころ、お姉さんのかわりにあやまることが多かったので、そういうことがしみついているのです。
目の前の巨大なトラは、ゆっくりと重いまぶたを開きます。
星型の瞳孔が光る金色の目があらわになった瞬間、一行はぞくっとおののきました。
けれど、それは一瞬のもの。星獣からはいっさいの敵意を感じなかったため、すぐに落ちつくのでした。
『……よくぞ、ここまで来た。我こそは星獣アストラ。王族の最後の試練をあずかりし者なり』
アルティナはごくりとつばを飲みこんで、緊張の面持ちで語りかけます。
「はじめまして、星獣さま。私はアルティナ・フォン・アストライト。当代のアストライト王国第一王女です。試練を受け、たまごをさずかるため、やってまいりました」
『うむ……ここまでの道中でのこと、すべて見せてもらった。敵にも味方にも一切の犠牲を出すことのない、みごとな立ち回りであった』
『え? だれかがぎせいになることって、あるの?』
シロンは思ったことをそのまま口にしました。こういうところは、どんなときでも変わりません。
『あるとも、白竜の娘よ。山に棲む者たちはもちろん、ときには護衛、ときにはパートナーの魔法生物が命を落とすこともままあった。この最後の試練は、そうしたしかばねを乗り越える強さを試すためのものでもあるのだ』
星獣の言葉にエミルと、アルティナは息をのみました。
たしかに、このアストラ山の登山中、何度もいつ死んでもおかしくない目にあいました。それらのほとんどはエミルの危機察知能力と、エイルのケタはずれの身体能力のおかげで回避できましたが……完全にふたりの力ありきで、ほんとうに試練を乗り越えたといえるのでしょうか?
『すぐれた護衛を従えることも、すぐれた王族としての資質よ。胸を張るがいい』
そんなアルティナのうしろめたい気持ちを見透かしたように、星獣は逆に称賛してくれました。
【アストロキメラ】との戦いでも感じた、試練の主役であるはずの自分の無力感……そのはっきりした答えはまだ出せませんが、ちょっぴり救われたような気持ちです。
となりのエミルも「そうですよ」と言わんばかりにほほえんでくれていました。姉妹がアルティナについていこうと思ったのも、一生懸命守ろうと思ったのも、彼女の人柄があってこそですし。
『先代の王族も、我が見てきた中ではとくに秀でた者ではあったが……もう一歩のところでパートナーを失ってしまったからな。あれは、実に惜しかった』
そのひとことを聞いた瞬間、エミルとアルティナはハッとしました。
やっぱり……とでも言いたげな、腑に落ちたような感情が顔にあらわれています。
「あの、そのパートナーというのは……」
アルティナが確認のためにたずねようとすると、
『話はここまでだ。これより、最後の試練をはじめる』
星獣はそれをさえぎり、ぐぐっと体を起こしました。
20メートル近くある巨体が起き上がってきたので、エミルとアルティナはたじろぎ、シロンとスノーベルにいたってはぴゅーっとパートナーの背中に隠れてしまいました。
「試練って、やっぱり戦い?」
エイルは表情をけわしくして、腰の剣に手をかけます。
『フッ……さすがにそなたが相手では、我も本当にバターにされかねん』
対して星獣も、冗談交じりにほほえみました。
"巨獣狩りの剣星"という二つ名を持つエイルと正面からやり合えば、よくておたがいただではすまないと予測したのでしょう。
『戦う必要はない。あとは我が直接見聞きすることで、この国を統べる者としてふさわしいかどうかを判断させてもらうだけだ』
「いわゆる、最終面接ってことですね」
エミルは身もフタもないようなことを言いました。
星獣は一瞬、あきれたように目を細めますが、気にせずじいっとアルティナを見つめます。
占いの水晶玉を思わせる大きな眼球は、まるで自分のすべてを見透かしてくるようで、アルティナはなんともいえない寒気をおぼえるのでした。
『ふむ……たしかにそなたはには、王族としての資格が十二分に備わっている。……しかし、残念ながらまだいまの時点では、合格を与えることはできん』
「な、なぜですか!?」
アルティナは思わず声を張りあげました。
エミルもどういうこと、ととまどっており、エイルはやっぱ戦うか? と腰の剣をにぎり直しています。
『この国の次代を担うには、これまで通りの試練では足りぬのだ。すべてを統べる、大いなる器の持ち主でなくてはならぬ』
「『???』」
エイルとシロンは、なに言ってんだコイツとばかりに、そろって首をかしげます。
「つまり、アルティナ様だけには特別に、もうひとつ課題を出すってことですか?」
エミルはどこか抽象的な星獣の言葉を、かみくだいて復唱しました。
『そういうことだ』
「じゃあ、最初からそう言えよ」『そうだそうだ!』
『我的には、言っているつもりだったのだがな』
「『む~!』」
さすが星獣と呼ばれるだけあって、エイルとシロンの苦情にもまったく動じません。見た目通りの大物です。
「して、私にだけの課題というのは、どういったものなのですか?」
アルティナもまた、エイルたちのおバカなやりとりも、自分だけにさらなる試練が与えられることにも気にせず、堂々とした態度でたずねるのでした。
『そなたもわかっていることだろう』
スノーベルは、ぎゅっと口を引き結びます。星獣のひとことに秘められた、避けられない運命に。
『凶星の魔女を倒せ。それがそなただけに与える、真の最終試練だ』
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