第53話 それでも
「あれは……ベル、あなたのしわざだったの……?」
アルティナも、さすがにそこまでは考えがおよんでいなかったようでした。
……いえ、スノーベルが魔女の目だとわかってから、その可能性も頭の中にはあったでしょう。けれど、スノーベルを信じたいという気持ちが、それをおおい隠していたのです。
『いくら魔女さまのおチカラが強力でも、まだ他者の協力がなければ外界にチカラをおよぼすことはできない……あのときは私がこっそり、魔女さまの怨念によって作られた"くるわせの粉"をバラまいていたの』
「くるわせの……粉……」
エミルは思いました。魔女が魔法生物たちを暴走させている……王様からその話を聞いたとき、まっさきに思い浮かんだのが、4年前故郷で起きた、聖獣の暴走事件でした。それと、シルヴィアの故郷の森で起きた、精霊の凶暴化も……
エミルは、魔女がそれらの暴走事件に関わっているのではと一時は思いましたが、時系列と活動範囲を考えると、魔女は無関係だという結論にいたります……けれど、いまはそれどころではありませんでした。
大切な仲間だった、学友たちの死……それにスノーベルが深くかかわっていると知らされた、アルティナの胸の中はいかばかりでしょう。せっかくなかなおりできそうだったのに、これではもとのもくあみです。いえ、それ以上に関係が悪化しかねません。
アルティナは、うつむいてしまい、なにも答えませんでした。
その姿を倒れたまま見上げながら、スノーベルはかすかにほほえみます。
自分がアカデミーの仲間たちを殺した張本人と知れば、アルティナはまちがいなくそれをゆるしはしないでしょう。自分を見殺しにして、この空間から出ていってくれるでしょう。
願わくば、自分以外のステキなパートナーを見つけて、りっぱな女王さまになってほしい――それを見届けられないのは、ちょっと残念だけど――
スノーベルがそう思って、ひとすじの涙を流した直後でした。
「……エミル! ベルの呪いを解きなさい!」
アルティナはキッと顔をあげて、エミルに命じるように叫んだのです。
『え……?』
「……はい!」
意外な答えにおどろくアルティナに対して、エミルは待ってましたとばかりにスノーベルに駆け寄ります。
逆星の紋章から伸びる血管のような模様は、すでに全身にひろがっています。いつ爆発が起きてもおかしくない状態です。
エミルは推測しました。きっとスノーベルが呪いにあらがって、爆発を遅らせてくれたんだと。だって、そうじゃなければ、あんなに長い昔話なんて、するはずがないですもの。
「シルヴィア!」
エミルは指輪から【ダークエルフプリンセス】のシルヴィアを呼び出しました。
彼女は先ほどの山の魔法生物たちとの遭遇戦で重傷を負ったものの、いまこそエミルの役に立つときがきたと、キズついた体をおして、大はりきりです。
「合わせて!」
『はい!』
エミルが杖をかざすと同時に、シルヴィアはひざをついて、両手をスノーベルに向けます。
『バ……バカなことはやめなさい! 魔女さまの呪いは強力なのよ! あなたたちなんかに解けるわけない!』
「解けるよ! カリンガとスーリムで実践ずみ!」
実は、エミルはアストラ山に登る前の準備の際に、魔女の配下の二人の呪いを解いておいたのです。
魔女の呪いは強力で、エミルの浄化のチカラをもってしても解けないレベルのものでしたが、エミル自身も呪いを受けており、それが残ったままだというのが、幸いしました。
エミルが自分にかかっている呪いを感覚でとらえ、人間よりはるかに魔法のあつかいに長けるダークエルフのシルヴィアと協力して、その術式を解読したことで、魔女の呪いすら解除できる魔術を新たにあみだしたのです。たとえるなら、カギ穴をもとにカギを作るような感じです。
……そう、すべてはスノーベルにかけられた呪いを解くために。彼女も魔女の配下である以上、こういう展開は予想できたことですから。言ってしまえば、カリンガとスーリムはその練習台だったのです。
『私のは、ほかの連中とは年季がちがうの!』
『そのようですね!』
シルヴィアはつらそうに汗を流していますが、不敵な笑みをくずしませんでした。
『ほら見なさい! だから……』
「だから、スノーベルも力を貸して!」
『はあ?』
「浄化の魔術は、かけられる側に、悪いモノにあらがう意思があるほど効きやすくなる! 本人に治る意思がないと治らない、病気と同じ! 生きたいって、強くねがって!」
『でも、私は……』
「つべこべ言わず、生きたいとねがいなさい!」
そこに、またアルティナの命令が飛びました。
『っ……!』
その有無を言わさぬ声にスノーベルは、内に秘めていた想いを決壊させるのです。
『……生きたい……もっと生きたい! アルティナといっしょに、もっといろんなことをしたい! アルティナの大切な人たちをうばったつぐないがしたい! ……アルティナが女王さまになるところを見届けたい! それからずっと……私がそばで手助けしたい!』
『言えたじゃん!』
シロンがからかうように言います。
『うるさいっ!』
スノーベルは泣き笑いしながらどなりました。
「よろしい! おねがい、シルヴィア!」
『おまかせくださいっ!』
「『《ソール・プリディスペル》!』」
ふたりが唱えると、スノーベルの真下にオレンジ色の魔法陣がひろがりました。
そこから立ちのぼる、おひさまのようなあたたかな光に溶けるように、逆星の紋章と血管模様がみるみる薄まって、消えていきます。
スノーベルもまた、体の中のからみつくような感覚がうすれていくのを感じます。あの強力な魔女の呪いが消えていくのを、エミルの魔法つかいとしての才能の高さを、たしかに感じているのです。
やがて、呪いが完全に解けたのを見届けたように、オレンジの魔法陣もゆっくりと光をやわらげ、消えていきました。
「『ふう~……』」
エミルとシルヴィアは、安堵のためいきをついて、その場にへたりこみました。
『おつかれさま、ふたりとも!』
シロンはそんなふたりの背中を、にこにこ笑顔でバーンとたたくのでした。
「……これで、死なずにすみましたね」
アルティナもゆっくりとひざをついて、ぽかんとしているスノーベルに声をかけました。
『アルティナ……』
スノーベルは、もうしわけなさそうに、おそるおそるアルティナの顔を見上げます。
呪いで死なずにすんだことは、うれしいです。けれどいざ生きながらえてみると、今後アルティナや魔女に対して、どう接すべきなのか、わからなくなってしまったのです。だって、呪いで死ななかったというのはつまり、魔女に対する裏切りではないですか。
スノーベルが頭の中でもんもんとしていた、次の瞬間――
「よかった……あなたが死ななくて、ほんとうによかった……」
アルティナがスノーベルの体にすがりついて、泣きはじめたのです。
『ア、アルティナ……私……そんなこと、言ってもらう資格、ない……』
スノーベルはとまどいながらも、言葉をつむぎます。
「……たしかに、あの一件はあなたが引き起こしたものかもしれません。でも、それは魔女に命じられてやったことであって、すべてあなたの意志というわけではない。そして、いまはそのおこないを反省してもいる……そうですよね?」
『え、ええ……』
「でしたら……さっき叫んだ、つぐないとやらを……今後の働きで示しなさい。それを約束するのであれば……私は……あなたをゆるします」
口調はきびしいけれど、それはあまりにも寛大すぎる言葉でした。これこそまさに、大海のごとき広い心というのでしょう。
スノーベルの瞳からふたたび涙があふれだし……アルティナの思いを受け入れるように、彼女を抱きしめ返すのでした。
『ええ……約束する……私の命をかけてでも、つぐないをする……アルティナ、あなたを助けることで!』
アルティナもまた、そんなスノーベルをさらに強く抱きしめるのでした。
こうしてめでたく、ふたりはなかなおりをすることができたのです。
「……やっぱり、お姫さまっていうのは、みんなあんな感じなのかな」
そんなふたりの様子を見守りながら、エミルはぽつりとつぶやきました。
『どういうこと?』
シロンがとなりで首をかしげます。
「シルヴィアも、大樹の精霊のこと、ゆるしてあげたもんね」
エミルはそう言うと、ちらりと横目でシルヴィアの美しい横顔を見つめました。
シルヴィアは褐色のほほを赤く染めて、照れ笑いします。
『それは……エミル様がそうしてほしいとおっしゃられたからで……私自身はまだ完全に、彼をゆるしたわけではありませんよ。もちろん、もう責めるつもりはありませんけれど』
シルヴィアの故郷では、エミルの言う大樹の精霊の乱心によって多くのダークエルフの命が失われました。
それはエミルたちの協力によってこらしめられ、元のおだやかな精霊に戻ったのですが、シルヴィアは当初、失われた同胞たちのかたきを取ろうと、その命を奪おうとしていたのです。
それを止めたのがまたエミルであり、そのときにかけられた言葉が、いまもシルヴィアの胸の中に深く刻まれているのでした。
『"憎い相手を殺したって、失った命は戻らない。だれもしあわせになんてなれない。ただ――その一瞬だけ、スッキリするだけ"……でしたよね。私、一生忘れません』
「あはは……半分はいきおいで言っちゃっただけなんだけどね。ちょっとはずかしいけど、おぼえてくれてたのは、うれしいな」
エミルは頭をポリポリかきながら、ふにゃりと照れ笑いを浮かべました。
『でも、私がなによりうれしかったのは、そのつづきです。"友だちに、大切な人にそんなことしてほしくない……それはわたしの、切実なねがい"という言葉……それに私は、とても救われたんですよ』
シルヴィアはオレンジの瞳を細めて、うっとりしたほほえみを浮かべるのでした。
「そ、そうかな?」
エミルはさらにボッと顔を赤くしました。
『そうですよ。復讐というのは、どこかで歯止めをかけなくてはいけません。自分では止められなくても、そうしてくれるだれかがそばいるということは、とても尊いことなのだと、いまは思えるんです』
「そっか……そうだよね」
『アルティナさんも、きっとエミル様のことを見続けて、そう思えるようになったのだと思いますよ』
「……だとしたら、うれしいな」
『きっとそうだよ。だってエミルは、太陽の子なんだもん。おひさまは、みんなをぽかぽか照らしてくれるんだよ!』
シロンが、両手をぱっとひろげて、満面の笑顔でしめくくりました。
こうして三人は、さまざまな思いの果てに取り戻した絆を、いつまでも見守り続けるのでした……
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