第52話 スノーベルの理由
「ベル、あなたは……!」
アルティナは悲痛な声をあげます。
逆星の紋章……それは魔女によって与えられた、爆散の死の呪い。それが、パートナーであったスノーベルの左胸に浮かんでいるのです。
「本気で、死ぬつもりなの!?」
エミルも叫びました。
スノーベルはあおむけに倒れたまま、引きつった笑いを浮かべました。
『ええ……そうよ! 私は最初からそのつもりだった! この呪いは、"エレメタル"の連中に与えられた中途半端なものとはわけがちがう! たっぷり熟成された10年モノよ! この空間もろとも、あとかたもなく吹き飛ぶくらいのね!』
『なんだってえ!?』
シロンはびっくり仰天。
「スノーベル! あなたはそれでいいの!? 自爆だなんて、そんなの魔女に捨てゴマにされるのといっしょじゃない! ほかの手下たちみたいに!」
エミルはさらに必死になって叫びます。青い瞳は、涙でにじんでいました。
スノーベルは、そんなエミルに怒りの表情を向けながら言いました。
『捨てゴマ? そんなチープな言葉で私たちをくくらないで! 私の命はずうっと前から、魔女さまのものなんだから!』
『お姫さまが死んでもいいの!? ずっとパートナーだったんでしょ!?』
今度はシロンが叫びました。
スノーベルは一瞬表情をゆがませますが、すぐに怒り顔に戻ります。
『……かまわないわよ! たかだか10年ぽっちのつきあいだもの! どうってことないわ!』
アルティナは悲しげに、きゅっとくちびるを引き結びました。
エミルにも、シロンにだってバレバレです。スノーベルの言葉が、けっして本心からのものではないことが。
「……それなら……最期くらい、聞かせてよ! あなたのこと! 魔女とのこと! アルティナ様とのこと!」
エミルの叫びはただ純粋に、スノーベルのことを知りたいという、切実な願いでした。
エミルの想いに根負けしたのか、彼女の言う通り最期くらいならいいかと思ったのか、スノーベルはゆっくりと語りはじめます。
――10年以上前。妖精界に住んでいた私は、ふとしたきっかけでニンゲンに興味を持って、異空間のトンネルを通ってこの世界へとやってきた。
でも、悪いニンゲンにつかまって、羽をむしられるほどひどい目にあった。正直、そのときの詳細な話はしたくない。思い出したくもないんだもの。
命からがら逃げ出した私は、もうこんな地獄みたいなところ二度と来ない……そう思って、異空間のトンネルに戻った。
ところが、体はボロボロで羽も失ったせいか、うまく妖精界に戻ることができなかった私は、べつの異空間に迷いこんでしまったわ。そここそが……凶星の魔女さまのすみかだったの。
魔女さまはおっしゃったわ。"おまえの体を元に戻してやる。そのかわり、私の目となって、人間界の様子を伝えてほしい"って……
最初はもちろん、断ろうと思ったわ。いくら体を元通りにしてくれるからって、あんなニンゲンたちの世界に自分からまた行くだなんて、もうたくさん。
でも、魔女さまはこうもおっしゃった。"それなら、二度と人間に捕まらないくらいのチカラも与えよう。ただし、お前の命が私の所有物になるのと引き換えに"って。
それは、悪魔の契約にも聞こえた。でも、私は迷いなくイエスと答えたわ。だってそのときの魔女さまの顔と声はおやさしくって、とても悪魔には見えなかったのだから。言い方はともかく。
こうして、私は魔女さまの目となり、元通りになった羽で人間界を飛び回り、そこでの様子を報告し続けたわ。
そんな生活が続いたある日、私はひとりの女の子と出会った。
当時5歳だった、王女アルティナ……王宮を抜け出して、町の中をさんぽしてて、帰り道がわからなくなったって泣いてたわね。
それで、だれからも見つからないように、こっそり王宮に案内してあげたわ。別れ際、アルティナは泣きそうな顔してた。また会える? って。
はじめは、なんてことない出会いだった。けど私の心にも、どうにもアルティナのことが引っかかった。また会いたいって、思ったの。
とりあえず、その日のできごとを魔女さまに報告すると、あの方の目の色が変わった。
おしかりを受けるかと思ったけれど、次に下された命令は、意外なものだったわ。
"王女アルティナのパートナーとなり、王宮の内情を逐一報告しろ"……
当時はその命令の意味はよくわからなかった。でも、いまならわかる。
魔女さまは来るべき王家への復讐のときにそなえて、王宮ならびに王都の情報が欲しかったんだって。そしていざというときは、アルティナを人質にするためだったんだって。
「……それであなたは、私のパートナーになってくれたというわけですね」
アルティナは重々しい声で言いました。
『……そうよ』
スノーベルはまるで、しかられた子どものように口をすぼめて答えました。
しかし、それに対するアルティナの答えは、彼女にとって意外なものだったのです。
「安心しました」
『え?』
スノーベルが目をぱちくりさせると、アルティナは晴れやかな顔で言いました。
「あなたが私をパートナーに選んでくれたのが、あなた自身の意志だったということに」
『……!』
スノーベルはハッとしました。彼女も思い出したのでしょう。アルティナのパートナーになったのはたしかに魔女の命令ですが、最初にそうしたいと思ったことは、命令に関係なく、自分自身の意志だったということを。
「それだけではありません。あなたのパートナーになってからの10年間、すべてがいいものというわけではないけれど、すばらしい思い出ばかりでした。あなたといっしょなら、私、いまも……この国のよき王となれる、そう、信じているんですよ」
その言葉が、スノーベルの心を強く打ちました。
青い瞳から、ぽろぽろと涙があふれでてきます。
たしかにスノーベルはこの10年、魔女の目として、アルティナのパートナーとして、二つの顔を持って生きてきました。
さっき自分でも言った通り、永い寿命を持つ妖精からすれば、10年なんてあっというまの時間だったでしょう。
けれどその時間の中で、アルティナとともにすごしてきた日々は、これまで生きてきた中でまちがいなく、けっして忘れられない輝かしいものであったことは、まちがいありませんでした。
そう、いつのまにか……命の恩人である魔女から与えられた使命より、大事になっていたのです。
そのことに気づいたスノーベルの心には、二つの気持ちがめばえていました。
『……ここから逃げて、アルティナ!』
スノーベルが叫ぶと、彼女のそばに、宙に浮かぶ空間のトンネルが出現しました。
アルティナたちは目を見張ります。スノーベルは魔女の命令より、アルティナとの絆を選んでくれたのです。それは、とてもよろこばしいことですけれど……スノーベルの死の呪いが発動するという絶望的な事実は変わりません。
『これを通れば、この空間魔法の外に出られる。私の呪いが発動する前に、早く!』
「いけません! あなたを見捨ててなんて!」
アルティナもまた、必死な叫びを返しました。
エミルもまた同調し、声をあげます。
「だいじょうぶ! いまのわたしたちのチカラなら、その呪いは解ける! あなたは助かる!」
アルティナとの絆が復活したいまなら、浄化のチカラも最大の効果を発揮できる、魔女の呪いすらはらえる、そう思っての言葉でした。
スノーベルもまた、姉のエイルに負けず劣らず、こちらをおどろかせるエミルの常識外れぶりを見てきました。そんな彼女になら、もしかしたらほんとうに、この強力な魔女の呪いも解けてしまうかもしれません。
けれど……それこそもっとも、スノーベルにとっては許せないことだったのです。
『ダメよ……ダメ。私は、ここで死なせて』
「そんなこと……」
『ダメに決まってるでしょ!』
アルティナとシロンが、声をそろえて叫びました。
『悪いことしたら、つぐなわなくっちゃダメなんだよ! そんなこと、私だって知ってるのに!』
シロンがしかると、スノーベルは苦笑いします。
『まさか、あなたみたいなおチビさんに、お説教されるなんてねえ』
『だから、チビじゃないもん! いまはそっちのほうがチビでしょ!』
『はいはい。……でも私は、ここで死ななくっちゃいけない……けっして生きていては許されない理由があるの』
「許されない……理由……?」
アルティナは、今度はエミルと声を合わせます。
スノーベルは、ためらうように口を結びますが……こちらを見下ろす三人の視線に押し負けたように、声を震わせながら話しはじめました。
『一ヶ月前の、アカデミー卒業前の最後のダンジョン攻略……』
その瞬間、アルティナは目をむきます。
それはアルティナにとって、運命の日……学友たちを失った、悪夢のはじまりとも呼べる日でした。
スノーベルももちろんそれをわかっていて、やっぱり話を中断しようとしますが……おそらく、話さなければアルティナも自分を見捨てはしないと思い直し、深呼吸。……勇気を出して、言葉を発しました。
『……あのとき……ダンジョンに棲む魔法生物たちを暴走させたのは……私なのよ!』
それは、アルティナはもちろん、エミルとシロンにとっても、あまりにも衝撃的な事実でした……
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