第50話 やるっきゃない
お姫さまご一行は、白いモヤたちこめる長い登山道を抜け……ついに、アストラ山のてっぺんが見えるところまでたどりつきました。
「おお! 見て見てエミル! 王都がまるっと見渡せるよ!」
エイルは妹を手招きしながら大はしゃぎ。ほかのみんなはへとへとなのに、あいかわらずひとりだけ元気です。
「わあ、ほんとうだ! すっごくいいながめ!」
エミルも感激しています。山の下に見える、白い壁にかこまれた王都は夕陽に照らし出されて、いっそうきれいに見えました。
『なんかちょっと、なつかしいね!』
シロンも金色の瞳をキラキラさせていました。なつかしい……4年前もこうして、村近くの岩山のてっぺんから、姉妹でふもとの景色を楽しんだことがあるのです。
直後、その絆を引き裂かれるような大事件が起こるなんて、当時はまったく思いませんでしたけれど。
「こうしてみると、来るところまで来たという、なんともいえない気持ちになってきますね……」
アルティナも、風にポニーテールをおどらせながら、感慨深げに言いました。
眼下にひろがる景色の美しさときたら、ここまでの疲れも吹き飛んでいってしまいそうです。そして、心の中にかかえる悩みも、晴れていくように感じられました。正確にはまだ道なかばですが、これまでに味わったことのないくらいの達成感をおぼえていました。
山というものには、そういう魔力がそなわっているのかもしれません。
「でも、まだ終わりじゃないですよ。あとすこし、気を引き締めましょう!」
そう、まだ道なかばなのです。エミルがはりきって言うと、みんなもうなずき合いました。
ゴールまでのラストスパート、気合いを入れ直したそのとき。
『……いいえ。ここでおしまいよ。この試練も、あなたたちの命もね!』
崖っぷちに立っていた一行の背後に、強烈なうずまく風が巻き起こりました。
その中から、雪のように白い長髪と氷の翼を生やし、氷のドレスを身にまとった美しい少女の姿が現れたのです。
はじめて見る存在のはずですが、その美しさに見とれながら、エミルとシロンはどこか既視感をおぼえていました。
『ベル……』
そんななかアルティナは、ひと目見た瞬間に気がつきました。
体こそ大きくなっていますが、あれは彼女のパートナーにして、凶星の魔女のスパイだった……雪の妖精スノーベルにまちがいないということに。
『あれが……スノーベル? シロンみたいに、おっきくなっちゃってる!』
同じく人型に変身できるチビドラゴンのシロンが、信じられないと言わんばかりにびっくりしました。
『ニンゲンのマナがなければ進化変身できない、できそこないのアナタといっしょにしないでちょうだい。これこそが、魔女さまの目としての、私の真の姿よ』
スノーベルはさげすむような目と、冷たい声で言いました。見た目だけではありません。いままでの彼女とはあきらかにちがう雰囲気をまとっています。
しかしシロンはわれ関せずと、ただできそこない呼ばわりされたことにぷんすかしていました。
「いちおう聞くけど、私たちのジャマしにきたの?」
エイルは腰の剣に手をかけた状態でたずねました。すぐに斬りかからないのはもちろん、スノーベルがアルティナとなかなおりできることを、彼女も信じているからです。
『そうよ』
スノーベルは、きっぱりと即答しました。
質問したエイルのやまぶき色の瞳が、残念そうに細められます。
「……それは、アルティナ様を殺す……ってこと?」
今度は妹のエミルが、神妙な面持ちでたずねました。表情からは、そうであってほしくないという気持ちがにじみでています。
『……』
この質問に対しては、スノーベルは答えを返しませんでした。
エミルは心の中で、ほんの少しほっとしました。やっぱりまだ、ふたりにはなかなおりできる余地が残っているのだと思えたのです。
「ベル……私たちを裏切っていたこと、エミルの命を危険にさらしたことは許せません。ですが……あなたが私のかけがえのないパートナーであったこともまた、事実なのです。もう一度……私のもとへ戻ってきてはくれませんか?」
アルティナは青い瞳を揺らしながら、切実なねがいを口にしました。
口ではきびしいことも言ってはいますが、心の中ではスノーベルをゆるしてあげたいと思っているのです。またいっしょにやっていきたいと思っているのです。だって、やっぱり彼女は、大切で大好きなパートナーなのですから。
スノーベルの顔が、かすかにゆがんだように見えました。アルティナの言葉が、思いがとどいたのかと、姉妹が期待しかけると……
『……うるさいっ!』
まるでかんしゃくのような叫びとともに、スノーベルの体から強烈な冷気が放たれました。
寒さはもとより、一行はいま崖を背にしているので、このままでは吹き飛ばされ、落っこちかねないいきおいです。
「レイ!」
エイルは指輪から新たなパートナー、銀色の剣の精霊グレイセスを呼び出しました。彼女は冷気をあやつる聖剣、同じ冷気を防ぐには最適な選択といえます。
グレイセスが両手を前にかざすと、吹きつける冷気は彼女をよけるようにそれていきました。
狙い通り、防御は成功。エミルとシロンは、胸をなでおろしました。
『それ、あのとき宝物庫から持ち出した剣の精霊? ほんっと、やっかいな姉妹だわ』
スノーベルはいまいましげに目を細めました。
彼女はソラビトの園で別れてからの、一行に起きたできごとを知りません。それでもひと目見てこれまでのいきさつをすぐに察せるあたり、さすがは優秀なアルティナのパートナーといえます。
グレイセスも、青い瞳を細めてにらみかえしました。
『たかだか妖精程度の冷気で、私を倒せるとは思わないことね』
前からエイルのパートナーだった、金の剣の精霊エクシリアとは双子ということでしたが、温和で礼儀正しい彼女とちがって、グレイセスはクールで挑発的なようです。
「あっちは完全にやる気だね。こうなったら力づくで言うこと聞かせるしかないよ。いいよね、お姫さま?」
エイルは剣を引き抜きながら、アルティナに意見をもとめました。
アルティナは考えをめぐらせます。もう、スノーベルとは話し合いで解決するような段階でないことは、わかっています。彼女を傷つけたくない気持ちはありますが、そうも言っていられないということもわかっています。
それは、さっき彼女が放ってきた冷気から、痛いほど伝わってきました。あの冷気はただ物理的に冷たいだけではありません。スノーベルのかたくなな心の冷たさそのものだということが感じられたのです。
ですが同時に……冷気の震えから、わずかにスノーベルの悲しみまでもが伝わってきたような気がするのです。まるで、自分に助けを求めているかのような……気のせいとも感じられるほど、かすかなものだったのですが。
以上のことをふまえて、やることはもう、ひとつしかありません。
魔法と魔法、心と心をぶつけあって、スノーベルのかたくなな心を溶かす!
そして、そのために……
「……エイル、この場は私にまかせてもらえませんか?」
アルティナは覚悟を決めた顔で、臨戦体勢のエイルを押しのけ、スノーベルの目の前へと出ていきました。
「……わかった。いいよ」
エイルはあっさりと剣をおさめ、うしろに下がるのでした。グレイセスも役目を終えたとばかりに、光の粒子となって指輪に戻っていきます。
『ちょ……おねえちゃん、いいの!?」
シロンはびっくりして、目をむきました。
「いいんだよ。私もそうするのがいちばんだって思うから」
"巨獣狩りの剣星"なんて名で呼ばれ、あまたの人にあだなす魔法生物たちを狩ってきたエイルですが、その本質はエミルと同じ、魔法生物との絆を大事にする、心やさしい少女なのです。
妹のエミルももちろん、それをわかっているので、なにも言わずやわらかくほほえむのでした。
『ふうん、あなたひとりで私と戦う気? わかってるでしょ? 勝ち目なんて、ないってこと』
スノーベルはかつてのパートナーに対し、あざけるように言い捨てました。
たしかに彼女の言うとおり、アルティナの主力といえるベストパートナーは、いま目の前で敵対しているスノーベルだったのです。
残る【アイスペガサス】も強いチカラを持ってはいますが、こと戦闘の能力と技術においては、スノーベルにかなうべくもありません。
さらに、そのスノーベル自身、見た目だけでなく戦闘能力も大幅にパワーアップしています。それはさきほど浴びた冷気の威力で、実証ずみです。
いくらわかり合うためにぶつかり合おうにも、こうも力の差が歴然では、こちらが一方的に痛めつけられるだけ。対話どころではありません……
……ということを、王女たるアルティナはよくわかっていました。
「エミル、私とともに、彼女と戦ってください」
それは、意外な申し出でした。さっきの【アストロキメラ】との戦いで無力感を感じたばかりなのに、姉妹にすすんで助けをもとめるなんて。彼女の中で、またひとつ心境の変化があったのでしょうか?
エミルは一瞬おどろきますが、すぐに待ってましたと言わんばかりの、不敵でステキな笑みに変わり……
「はい!」『そうこなくっちゃ!』
相棒のシロンとともに力強くうなずき、勇んでアルティナと並び立つのでした。
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