第49話 アルティナだけのもの
エイルは妹のエミルと4年ぶりの再会を果たすまで、手加減というものを知らず、戦った獲物はすべて殺してきました。
しかしエミルと再会し、彼女が成長したことで得た"奪う必要のない命は奪わない"という理念を守りたい、と思うようになったこと、その理念のもと聖域の魔法生物を殺してしまわないよう立ち回ったことで、すこしずつ、たしかに、"どこをどう攻撃すれば相手は死なないのか"ということを考えるようになり、体にしみつき、それはいつしか"技"へと昇華していったのです。
目の前にそびえる、【アストロキメラ】の氷像は、まさにその技術の……成長した姉妹の絆の結晶といえるでしょう。
どんなに強いチカラの持ち主だろうと、相手の命を奪うことなく、ただ凍らせて動きを完全に封じ込める――これは、いままでのエイルにはとても使えないような魔術でした。
「『お姉ちゃん、すごい……!』」
マナを大きく消耗してひざをついていたエミルとシロンは、声をそろえて感激していました。
これまで何年もいっしょにいて、何度も口に出したセリフ。それだけエイルは、いつもふたりをおどろかせてくれるのです。
エイルは、精霊たちとの合体を解いた二本の剣を腰におさめ、妹たちに振り向き、にかっとした笑顔とピースサインを送ります。
いっぽうでアルティナは、そんなエイルに対して言葉を失っていました。
自分では制御すらできなかった聖剣を、一瞬で精霊化したばかりか、そのチカラをこうもみごとにあやつるなんて。すでに完成された強さを持っているのに、さらなるのびしろを残していたなんて。
なのに自分は、自分の試練なのになにもできなかった。完全に立場を失ってしまった。そんな気がして、アルティナはうつむいてしまうのでした。いままでの試練でもそう思うシーンは何度もありましたが、今回の戦いが決定打となった感じです。
「どうしたんだよお姫さま。勝ったっていうのに、うれしくないの?」
そんな彼女を見かねて、エイルが歩み寄ってきて首をかしげました。
アルティナは声を震わせながらこたえます。
「……すなおにうれしいと言えるわけ、ないではないですか……私はこの戦いで、なにもしていないんですよ……」
「アルティナ様……」
エミルはうれいをひそめたまなざしで彼女を見つめました。
「えー? そんなことないじゃん。だって、この子のこと渡してくれたよ? ねえレイ?」
エイルは変わらずふだんの調子で言いました。
生まれたてなのに、早くも名前をちぢめられて、銀髪の剣の精霊グレイセスはちょっぴりとまどいました。
『え、ええ……そうね。アルティナ様が私をホコリっぽい宝物庫から連れ出してくださったおかげよ』
そして照れ笑いを浮かべながら、ちょっと目をそらして言いました。
「で、でも、剣を渡すなんて、そんなこと、誰にでもできることではないですか……?」
「誰にでも、っていうのは、まちがいだと思いますよ、アルティナ様」
すると、エミルが立ち上がって、やさしい声で言いました。
「だって、王宮の宝物を持ち出すなんて、王族じゃないとできないことじゃないですか。ですから、アルティナ様じゃきゃできなかったこと、なんです」
「た、たしかにそうかもしれませんけれど……それは私が王族の生まれだっただけで、私自身の成したこととは、言いがたいでしょう……?」
「でも、"そうするのがいい"と決めて、実行に移したのは、アルティナ様の意志じゃないですか」
エミルにきっぱり言われて、アルティナはハッとしました。
「あなたがご自分の立場も権利も利用して、自分のやるべきことをやろうとなさったからこそ、わたしたちはキメラに勝てたんです」
エミルは胸の前でぎゅっと手をにぎります。
「わたし、アルティナ様の気持ち、わかります。わたしも小さいころからお姉ちゃんといっしょに冒険してて、何度も思いましたから。わたし、いる意味あるのかなとか、役に立てなかったなとか」
「そうだったのですか?」
アルティナは意外そうに目を見開きます。でもしっかりものなエミルの性格を考えてみれば、それはそうかと思い直しました。
「正直、いまも思ってますよ。お姉ちゃんってば、ホントにすごすぎるから」
エミルは目を細めて、エイルに視線を移しました。
『そうそう! お姉ちゃんはすごい! 私がはじめて出会ったときも、助けてくれたんだから!』
「いやあ……えへへ……」
最愛の妹たちにほめられて、エイルはすっかり上機嫌です。
「でもね、そんなにすごいお姉ちゃんがむかし、言ってくれたんです。"魔法つかいとしては、エミルのほうがすごいと思うよ"……って。最初はどういうことなのかよくわからなかったけど、いまははっきりわかります。お姉ちゃんにはお姉ちゃんだけの、わたしにはわたしだけのすごいところがあるんだってこと。アルティナ様にも、自分だけのものがきっとあります。大事なのはそういうものだってことを理解して、自分のやるべきことをちゃんとやることなんです」
アルティナはうつむいて考えます。
「自分の……やるべきこと……でも、私はエイルほど強くもないし、エミルのような浄化のチカラも使えない……それ以外の能力も、あなたたち姉妹に明確に勝っている部分はない……すべてが中途半端です。私には王女という肩書きと立場以外に、なにがあるというのですか?」
「うーん、それはちょっとわかりませんね」
エミルは少しだけ考えたあと、あっさりと言うのでした。
「ええっ!? 言っちゃうんですか、そういうこと!?」
アルティナははしたなく目をむき、大口を開けて声をあげました。
「言っちゃいます。わたし、ウソも気休めもきらいだから。人にされていやなことはするなって、両親からいつも言われてましたから」
それでもエミルは、けろっとした様子でつづけます。こういうところはエイルと似てるなあと、アルティナはこっそり思うのでした。
「それは……すてきなご両親、ですね」
そして、どこかうらやましそうに苦笑いを浮かべるのでした。
「とにかく、その答えはアルティナ様ご自身で見つけるべきだと思います。これも試練のいっかんだと考えればいいじゃないですか」
「む……」
なんだか、うまく言いくるめられたような気がしなくもありませんけれど、アルティナはたしかに一理ある、と思いました。
「そーだよ。いつまでもウジウジしてんな。そんなことじゃ、りっぱな王様になれないぞ」
エイルの飾り気のない言葉に、不覚にもアルティナは納得させられてしまいました。
そうだ、いずれ自分はこの国を背負って立つ存在になるのだから、いつまでも悩んで、足をにぶらせてはいけない。姉妹の言う通り、いま自分がやるべきことだけに目を向けなければと、思い直したのです。
……それでもエイルから言われるというのは、やっぱりちょっと腹が立ちますけれど。
「そう……ですね。あなたたちの言う通りです。この戦いは、私たち三人とパートナーたちによる、結束の勝利です。その結果にも過程にも、なんら恥じいることはありません。さあ、先へ進みましょう!」
アルティナはなかば開き直ったようにはりきって言うと、開かれた道の先へとずんずん歩いていきました。
エイルとエミル、シロン、剣の精霊たちはほほえみ合うと、その背中を急いで追いかけてました。
自分にしかできないこと、その答えはいまだ見いだせませんが、いまはただ、試練の達成というたしかな目的に向かって進もう――
アルティナは心の中で誓いながら、護衛たちとともに聖獣の棲む山頂をめざすのでした。
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