第5話 めんどくさいアルティナ姫さま
「凶星の……魔女……?」
その名前がはらむ禍々しい響きに、エミルは思わず、ごくりとつばを飲み込みました。
魔女――誰もが魔法生物と契約できるようになり、魔法つかいという名称が一般化する前から存在する、"原初の魔法つかい"の一種……エミルはそう学んでいます。もっとも、単にそういうあだ名なのかもしれませんけれど。
『おねーちゃんは、しってる?』
エミルの肩の上のシロンがエイルのほうを振り向くと、
「いーや、知らない」
ある意味、期待どおりの返事が返ってきました。
「最近、王都周辺で暗躍している悪の魔法つかいだ」
悪の魔法つかい――極星魔法つかいであるエイルはもちろんのこと、村を出たばかりのエミルも何度か戦ったことがあります。
彼らは強さもさることながら、とくに危険なのが、人も魔法生物もひとしく自分の欲望をかなえるための道具としか考えていない、その思想です。エミルも思い返して、腹が立ってきました。
「詳細は不明ではあるが、わかっていることは二つ。ひとつは王家に強いうらみを持っているということ。もうひとつは、魔法生物を暴走させるチカラを持っているということだけだ」
「なっ……!」
エミルとシロン、そしてエイルもわずかに目を見開きました。
「じゃあまさか、さっきの【フルメタルアルマザウルス】の暴走も……!」
「おそらくはそうだろう。……もっとも、そなたがきれいに浄化してしまったせいで、魔力の痕跡すら残っておらず、確定的ではないが」
王都の危機を救ったというのに、まるで自分が悪いみたいな言い方をされて、エミルとシロンはちょっぴりほっぺをふくらませました。
けれど、文句を口にしたりはしません。なんせ相手は王様なのです。納得はいきませんが、しかたありません。
「おい、うちの妹たちを悪く言うなよ。許さないぞ」
腕組みをしたエイルお姉さんが、代わりに言ってくれました。
王様にタメ口で文句をつけるなんて、ものすごくいけないことではありますが、エミルは胸がすく思いでした。
「すまん、すまん。失言だった。とにかく、くれぐれも用心してくれ。魔女はまちがいなく、アルティナの命を狙ってくるだろうからな」
「アルティナ様は、そのことをごぞんじなんですか?」
「もちろんだとも」
「それなのに、護衛がいらないなんておっしゃってるんですか?」
エミルは信じられないという顔をしました。
「そうだとも。……まったく、困ったことだが……娘のこと、よろしく頼む」
やっぱり、なにか隠しているようですが……王様の声からは、純粋にアルティナを想う気持ちが伝わってくるようでした。
だからエミルも、これ以上深く考えるのはやめて、ただ純粋にアルティナの護衛につとめようと腹を決めました。
こうしてスターリング姉妹は、王都に着くなり、お姫さまの護衛という重大任務を請け負うことになったのでした。
☆ ☆ ☆
王様との会談が終わり、王宮の門の前で、準備を終えたアルティナと姉妹は合流しました。
……正確には、姉妹に黙って先に出発しようとしていたアルティナをつかまえた形になりますが。エミルはなんとなく彼女がそうする気がしていたので、先回りしていたのです。
「……お父さまの命令ではしかたがありません。試練のあいだ、護衛をよろしくお願いいたします」
アルティナは観念したように、ぺこりと頭を下げます。
ですが、その表情は不服そうで、納得しているとはとても思えません。
しかし、たとえどう思われていても、この人の命をお守りしなければ――と、エミルは心の中で気合いを入れるのでした。
「それでは、まず王族の試練について、私の知る限りの内容をご説明します」
アルティナの話に、エミルは真剣に耳を傾けます。シロンはそこそこ、エイルは完全にうわの空ですけれど。
「王都の東、南、西、それぞれに計三か所、王族にしか立ち入りを許されない聖域が存在します。そこでそれぞれの試練を攻略し、三つの証をその身に刻み、最終的に王都北の霊峰の奥に棲まうという伝説の聖獣から、魔法生物のたまごを授かることになります」
聖域――その単語に、エミルはピンときました。
それは特殊な結界によって隔離された領域であり、めずらしいワンダーが多く生息し、人目に触れず、おだやかに暮らしている場所なのです。エミルも、お姉さんと再会する前に、いくつか訪れたことがあります。
「エミルさんは、聖域というものはご存じですか?」
「ええ、入ったこともあります」
「えっ……つかぬことをおうかがいしますが、何か所ほど?」
アルティナは意外そうにたずねました。
まだ一応かけだしの身であるエミルに、親切心で教えてあげようと思っていたのに、すでに聖域へ入った経験があるだなんて――そんな驚きが顔に出ています。
エミルは少し考えました。
聖域は、おいそれと立ち入ってはいけない場所です。その詳細も、おいそれと話していいものではありません。
ですが、訪れた場所の数くらいなら教えてもいいかと結論づけました。
「んーと、二か所……です」
その瞬間、アルティナの顔がまた、ふきげんそうな色に染まっていきます。
――え、わたし、なにかまずいこと言っちゃった!?
エミルは戸惑いました。
「……私は、アカデミー在学中に一度だけ……です」
ややむくれながらつぶやくアルティナを見て、エミルは「ああ、そういうことか」と合点がいきました。
つまり、旅をはじめたばかりのエミルのほうが、多くの聖域を訪れていることが悔しかったみたいです。
ですが同時に、なんでそんなことで張り合うのかなあと、エミルは疑問符を浮かべるのでした。
「あ、私はねー……」
「お姉ちゃんはだまってて!」
これ以上ふきげんになられたら困ると、エミルはエイルの言葉をさえぎりました。
「で、でも今回の試練で、一気に四回分経験できるじゃないですか」
エミルはとっさにアルティナのごきげん取りに走りますが……
「……護衛として同行するのであれば、結局あなたの記録を抜けないじゃないですか」
……めんどくさいな、この人!
エミルは心の中でツッコまずにはいられませんでした。
これではストイックを通り越して、ただの負けず嫌いです。あの、どこか子どもっぽいお父さまにして、この娘あり――といったところでしょうか。
『このおひめさま、めんど……むー!』
空気の読めない相棒の口を、エミルはあわててふさぎました。
そうしている間に、めんどくさいアルティナ姫さまは、愛馬の【アイスペガサス】を指輪から呼び出していました。
翼が氷の結晶でできている、たいへん美しい天馬です。エミルもシロンも、感激でおくちあんぐり。
「では、まずは東の聖域に向かいます。あいにくペガサスは一人乗りですので、ついてきたいのであれば、ご自分の騎獣に乗ってください」
「あ、ちょっと……」
エミルが制止する間もなく、アルティナはペガサスの背にまたがると空へと舞いあがり、そのまま東へ向かって飛んでいってしまいました。
「……もう! 先に行かれたら、護衛にならないじゃない! ほんっとに、めんどくさいお姫さま!」
アルティナがこの場からいなくなったことをいいことに、エミルは不満を爆発させました。
「あっはっはっ。いいじゃん、おもしろくってさ」
エイルは豪快に笑い飛ばします。
「よくない! あの人の命がかかってるんだよ! 相手はワンダーを暴走させることができる、恐ろしい相手なんだから!」
いつになiい剣幕で怒る妹に、エイルは思わずたじろぎました。
エミルの肩の上に乗っていたシロンも、あわてて飛び上がり、空中でホバリングします。
「エミル……どうしたの? なんかヘンだよ?」
エイルは心配そうな表情で妹に声をかけます。
エミルの体は、かすかに震えていました。これは単純な怒りからではありません。
「お姉ちゃんは……あの暴走したアルマザウルスを見て、なにも感じなかったの?」
今にも泣き出しそうな妹の声を聞いて、エイルはハッとしました。
「そうか……まさか!」
「うん。"凶星の魔女"は……"あの事件"となにか関係があるのかもしれない」
姉妹はうりふたつの顔を見合わせ、互いに同じ答えへとたどり着きました。
『あのじけん?? シロンにも、わかるようにおしえてよー!』
「いまはそれより、お姫さまを追いかけるよ! シロ、出てこい!」
エイルはシロンの疑問をさえぎって、白い大オオカミのシロを呼び出しました。
「説明はあとでしてあげるから、いまはほら、乗った乗った!」
『むーっ!』
エミルはむくれた相棒をひっつかむと、エイルに手を引かれてシロの大きな背中にまたがります。
「行けっ!」
『ワオーン!』
エイルの合図で、シロはダッと駆け出しました。
人や騎獣をかき分け、先行したアルティナを追うべく、王都の道を走り抜けるのでした。
☆ ☆ ☆
王都の東にひろがる草原の空を、アルティナを乗せたアイスペガサスが優雅に飛んでいきます。
(彼女たちの力を借りなくったって……そう、私一人で……!)
アルティナは険しい顔で、力強く手綱を握っていました。
そんな主人の必死さを感じ取ったのか、ペガサスが心配そうな顔で後ろをちらりと見ます。
ですが、今のアルティナにはそれを気にする余裕もないようでした。
……だからこそ、気づくことができなかったのです。
ドオーン!
『ヒヒーン!』
「きゃあっ!」
左側から、突然の強い衝撃。
アイスペガサスは大きく体勢を崩し、その背に乗っていたアルティナは――
「きゃ……ああああーっ!」
振り落とされ、草原へと落下していきます。
高度は数十メートル。よくて重傷、悪ければ命を落としてもおかしくない高さです。
(そんな……こんなところで……?)
数秒後に迫る死の恐怖に、アルティナの目からこぼれたしずくが、風に流されて天へとのぼっていきます。
思えば、ついさっきも死に直面したばかりです。
二度経験したからといって、この恐怖に慣れることなどできないのだと、アルティナは痛感しました。
……いや、いまはそんなことを考えている場合じゃありません。なにを考えている場合でもないのですけれど。
「〜〜〜っ!」
叫びたい気持ちを誇りで必死に押さえ込み、ついさっきと同じように、ぎゅっと目を閉じます。
そして――
ついさっきと同じ白い流星が、駆け抜けてきたのです。
ガシッ!
「ナイスキャッチ!」
アルティナがおそるおそる目を開けると、とくいげに歯を見せて笑うエイルのやまぶき色の瞳と目が合いました。
なんだかとてもかっこよく見えてしまって、不覚にも胸がドキッと高鳴り、ほほを染めてしまいます。
ふと状況を確認するために周囲を見やると、なんとエイルは大オオカミの背の上に絶妙なバランスで立ち、墜落してきたアルティナを文字どおりお姫さま抱っこで受け止めていたのです。
その足もとでは、チビドラゴンを肩に乗せた妹エミルが拍手を送っていました。
それはもう、驚嘆のひとことでした。
命が助かった安堵も重なり、アルティナの目から涙があふれ出します。
「泣くのはまだだよ、お姫さま。次はあいつをどうにかしないと」
真剣なまなざしで前方を見すえるエイルにならい、アルティナもハッとして視線を向けます。
すると一同の目の前には、荒々しいオーラをまとった大男が立ちはだかっていたのです……
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
このおはなしがおもしろい、つづきが気になると思っていただけたら、
ブックマーク登録や下↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価していただけるとうれしいです。




