第47話 もうひとつの聖剣
『ガアアッ!』
お姫さまご一行が臨戦態勢をとった瞬間、【アストロキメラ】は咆哮とともに衝撃波を放ってきました。
『はあーっ!』
そこに、黄金の大剣を構えたエイルと、人型に進化変身したシロンが前に出て、盾となりました。
ふたりは足をふんばって衝撃波に耐えると、今度はこっちの番とばかりに飛びかかっていきます。
ガキィン! ドゴォッ!
剣と拳が、キメラの体に命中。しかし……
「硬ったあ!?」
『痛ったあ!?』
まったく手ごたえがなく、エイルとシロンは振り下ろした腕をじんじんしびれさせるのでした。
「これは……」
エミルは息を飲みます。
エイルのただの力まかせの剣撃とちがって、シロンのパンチは衝撃で体内をつらぬくものなので、相手の硬さに関係なく、ダメージが与えられるはずです。それが通らないなんて、考えられません。
「衝撃そのものが、発生していないのではないでしょうか?」
アルティナが分析しました。元学生らしい科学的な発想です。
『そう! そんな感じ! 効かないっていうか……当たったのに当たってないって感じ!』
シロンがこちらに背を向けたまま返事をしました。ドラゴンらしい直感的な発想です。
「聞いたことがある! 物理攻撃そのものが効かないっていう、魔法生物の特性!」
エミルはひとつの結論に達しました。
魔法生物は、ワンダーという呼び名にふさわしい、原理不明のふしぎな体質を持っているのです。たとえばシロンは、非実体の攻撃が効きにくく、とくに光の属性に対して強い耐性を持っています。
「じゃあ、斬ったり殴ったりは効かないってこと?」
エイルはキメラのツメ攻撃をさばきながらたずねました。
「そういうこと!」
「えー! それじゃダメじゃん!」
「物理じゃない攻撃をすればいいんだよ! シロの《風刃》みたいな!」
「よーし、それなら!」
エミルの解決策を聞いたエイルは深く腰をためて、剣を構えました。
右手中指、シロが収納されている指輪の光とともに、黄金の大剣のまわりに風がうずまいていきます。
そして思いっきり振ると、五本の風の矢がキメラに向かって放たれました!
『出た!』「《風刃》!」
なつかしの、シロの得意とする攻撃魔法。シロンとエミルは興奮ぎみです。
これならいけると、期待のこめたまなざしで見守っていると……
パチン!
無情にも風の矢はすべて、キメラの体に当たったとたん、はじけて消えてしまいました。
「『うっそお!?』」
シロンとエミルは、こんなはずじゃと、おめめぱっちりおくちあんぐり。
「ちょ、ちょっとエミル! きいてないよ!」
さすがのエイルも、エミルに苦情を申し立てました。
「い、いや、そんなこと言われても……」
『攻撃がぜんぶ効かないって、あんなのズルじゃん!』
シロンは、白い肌が赤くゆであがるほどぷんすかしました。
キメラの猛攻は、なおも続きます。
ツメにキバに衝撃波、翼が起こす強風に、しっぽのヘビの毒液……攻撃手段も多種多様ですが、エイルとシロンはなんとかそれらをしのいでいました。
こちらの攻撃は効かなくとも、相手の攻撃も防げるレベルなのが救いと言えなくもありません。……それもエイルの身体能力のおかげ、ですけれど。
ですが、そんなこう着状態がいつまでも続くわけがないと、全員わかっていました。
「攻撃が効かないなら、倒さずに相手の動きを止めるしか……」
エミルはここまでの旅の中で、何度かその場面を目撃しています。相手を傷つけることなく、戦いを終わらせたシーンを。
方法としてはもうこれしかないと思うのですが、残念ながら、エミルはその手段を持ってはいないのです。もちろん旅の中で考えてはいたのですが、形にするにはいま一歩足りない、という段階なのです。
すると、エミルの言葉になにかヒントを得たのか、となりで考えていたアルティナがつぶやきました。
「相手を倒さずに勝つ……もしかしたら、私にならできるかもしれません」
「ほんとうですか!?」
エミルはぱあっと表情を咲かせました。
すると、アルティナは荷物の中から、布が巻かれた長いものを取り出したのです。
「それは……?」
エミルがたずねると、アルティナはしゅるしゅると布を取りはずし、中身を解き放ちます。
それは――豪華な装飾がほどこされた、銀色の鞘を持つ、大きな剣でした。
「これって……」
エミルは剣に既視感をおぼえ、いまもキメラと戦っているエイルの持つ、黄金の大剣と見比べました。
エイルの剣は武装魔術で形とサイズが変わっているため、まったく同じというわけではありませんが、ほとんど同じ意匠をしているように見えたのです。
その考えを見透かしたように、アルティナが言います。
「あなたがいま、思った通りです。この剣の名は"聖剣グレイセス"。エイルに与えられた"聖剣エクシリア"の双子ともいえる剣なのです」
そう、これこそが、クラウスの協力の件に続いて、王様に頼んでいたことのひとつ。宝物庫の中から、この聖剣を持ち出す許可をもらっていたのです。
本来なら国難レベルの大任を果たした者に、ほうびとして与えられるべき宝物のひとつなのですが、親バカなところのある王様が娘のアルティナにおねがいされたために、特例としてゆずり渡したものでした。
伝承によると、聖剣グレイセスはあらゆる力を封じ込めることに長けたものだといいます。これならばあるいは、アストロキメラの無敵の体も封じられるかもしれません。
アルティナは聖剣に手をかけ、鞘から引き抜こうと構えます。
「……本来なら、聖剣と呼ばれる剣は、選ばれた者しか引き抜くことはできません。けれどいま、王族の試練三つの証すべてをこの手に刻んだ、私ならば……!」
アルティナは両手に力をこめますが、剣が抜ける気配はありません。
「アルティナ様……」
エミルはたまらず声をあげますが、アルティナはかまわず剣を抜くのをあきらめませんでした。
「これは試練……神は乗り越えられない試練を与えることはない……私は必ずそれに打ち勝ち……ベルとの絆を取り戻します!」
アルティナがカッと目を見開くと、右手の甲に三つの紋章が浮かび上がり――
シャキーン!
聖剣グレイセスが、みごとに引き抜かれました!
「聖剣グレイセス……私に力を!」
アルティナが祈りとともに、両手で剣をにぎりしめると……
ビュゴオッ!
銀色の刀身から、強烈な冷気が放たれました!
「ぷわっ!?」
いちばん近くにいたエミルは、たまらず吹き飛ばされます。
『さむっ!』
キメラと交戦中のシロンも、思わず身ぶるいしました。なにしろ、寒さには弱いので。
『うむっ……!』
すると、これまで攻撃がまったく効かなかったアストロキメラが、はじめてうめき声をあげました。
「! き、効いてる……?」
エミルは起き上がろうとしながら、目を見張りました。
さらにキメラの体をよく見ると、その白色の体に薄く氷が張りはじめているのが見えます。
どうやら攻撃によってダメージは受けなくとも、冷気によって体は凍結するようです。
エミルの読みは、はたして大当たりでした。これならば倒さずして相手を戦闘不能にできます。
しかし……
「くっ……うううっ……!」
聖剣を構えたままのアルティナが、苦しそうに顔をゆがめていました。
どうやら聖剣を引き抜くことはできても、そのパワーを制御できていないみたいです。その証拠に……
「うわっ!?」
エミルはおどろきました。自分の体を見ると、紺色のローブが凍りつきはじめているではないですか。
このローブは、旅立ちの日にお母さんが用意してくれた特別なもの。暑さにも寒さにも負けない素材で作られているのに、それが凍ってしまうなんて、とんでもありません。
『さ、寒くて、動けない……』
寒さに弱いシロンなどは、眠そうな半目の状態で身をちぢこませ、まともに戦うことすらできていない状態です。
このままではキメラどころか、みんな氷漬けになっちゃう――!
そう思ったエミルは、叫びました。
「アルティナ様! やめてください! このままじゃ……!」
しかし、その声は彼女の耳には届きませんでした。
意固地になっているのか、それとも聖剣のパワーを抑えようとするのにせいいっぱいなのか。
どちらにしても、絶体絶命のピンチです。
(私では……ダメだというの……?)
アルティナは、心の中でなげきました。
自分は聖剣の適格者でないこと、そして同時に、自分ひとりの力ではこの状況を打ち破ることができないこと。
二つの絶望が押し寄せ、青い瞳からひとすじの涙がこぼれ、氷の粒となって空に舞います。
(私には……王族たる資格がないというの……?)
アルティナを支えていた信念が音を立ててヒビ割れ、折れそうになってしまった、そのときでした。
「お姫さま! それ貸せ!」
耳に、心に直接響くような、まっすぐで大きな声。
ハッと見上げると、視線の先では、体の大半が凍りかけているエイルが左手を差し出していました。
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