第45話 アストラ山にて
『うへー、まっしろ!』
「シロンだってまっしろじゃん」
「そうそう」
『シロンのまっしろはちがうの! しってる? しろって、200しょくあるんだよ?』
「んなわけないだろ。白は白だよ。ぜんぶいっしょじゃん」
『そうおもうのは、おねえちゃんがちがいがわからないオンナだからですぅー!』
「あはははっ」
姉妹がわいわいさわいでいる通り、アストラ山の登山道は、全体に深い霧のような白いモヤがかかっていて、見通しがききません。
それだけでなく、山全体に流れるふしぎな空気が五感に作用しているようで、まわりの気配を感じ取ることができないありさまでした。
「にしてもこの山、気持ち悪いなあ」
先頭を歩いているエイルがむっとした顔でぼやきました。彼女が冒険中にこんなことを言うのは、割とめずらしいことです。
エイルは感性だけで生きているような人間です。それが封じられているも同然なこの山道では、そう思うのもムリはないでしょう。たとえるなら、目隠しと耳栓と鼻栓を同時につけていて、さらに全身をボロ布でぐるぐる巻きにされているような感じ。それはもう、不愉快でしょうがありません。
『エミル~……さむいよ~……』
そのうえ、山の空気はひんやりとしていて、寒さに弱いドラゴンのシロンにはこたえるようです。
「はいはい、指輪とローブ、どっちの中がいい?」
『ローブ!』
エミルにうながされて、シロンは紺色のローブの中にもぐりこんでいきました。
指輪の中でもエミルとの一体感は感じられますが、やっぱりシロンは、こうして肉体的にそばにいるほうが好きなのです。
エミルもお姉さんほどではありませんが感性が強く、この状況を不安に思っていました。だから、こうしてシロンがくっついてくれているおかげで、安心感を得られるのです。
そんなふたりのようすを、アルティナはほほえましく、うらやましそうに見ていました。きっと相棒だったスノーベルのことを思い出しているのでしょう。
そのとき!
ゴオッ!
一行の目の前に、大きな岩が飛んできたのです!
「……!」
エイルは反射的に剣を抜き放ち、キン! と岩を弾き飛ばしました。
そしてもう一本の剣も引き抜き、キッ! と白モヤに包まれた目の前をにらみます。
「野生の魔法生物!?」
『ぜんぜんきづかなかった!』
エミルとシロンはそろってびっくり。
なにしろ、気配をまったく感じることができないのです。全面白モヤの視界の中では、すべての攻撃が不意打ちとなってしまうのです。それを防ぐことができたのも、エイルのズバ抜けた反射神経があってこそ。
「ふたりとも、警戒してください!」
アルティナも腰の剣を抜いて、臨戦態勢を取ります。
ズン……ズン……
重い足音とともに、それは、いえ、それらは白モヤの中から姿を現しました。
それは、全身が白い岩でできた、体高3メートルの岩人形でした。数は二体。
【アストロゴーレム】……星に落下した隕石から生まれた存在……だと言われていますが、その生態はナゾに包まれている魔法生物です。
ただ、その体の硬さはゴーレムの中でも随一で、物理攻撃も非実体攻撃もほとんど通さないといわれています。
ちょっとやそっとの攻撃じゃびくともしない強敵。エイルは出し惜しみせず、指輪の中の、剣の精霊エクシリアを呼び出し、黄金の合体剣を装備しました。
そして、エミルも……
「いくよ、シロン!」
『ひさしぶりに、ホンキだしちゃう!』
ローブの中からシロンがぴょんと飛び出して、やる気マンマンの顔でゴーレムたちと向かい合いました。
「《進化変身》!」
エミルは杖を振り唱えると、シロンのちっちゃな体が白い光につつまれ、みるみる姿形を変えていきます。
それは人型のようになり、やがて光がやわらいで、そのすがたがあらわとなりました。
身長は160センチほど、まっしろなボブカットの髪、ぷにっとした二本のツノと長いしっぽ、クリーム色の肌をつつむ、純白のノースリーブワンピースを着た、かわいらしく美しい少女。
これこそ、いまの時点でのシロンの最強戦闘形態、【ホワイトドラコ・テュガテール】です。
アルティナも話には聞いていましたが、実際に目にするのははじめてだったので、おどろき見入っていました。
「よーし、いくぞ、シロン」
『うん、お姉ちゃん!』
妹分とのはじめての共闘に胸を熱くしているエイルと、少女のすがたになって言葉づかいから幼さの消えたシロンが、同時にゴーレムに向かって突撃します。
パワーと防御力ではゴーレムのほうが上でしょうけれど、スピードはあきらかにこっちの方が上。
エイルとシロンはそれぞれ別のゴーレムのふところに飛びこみ、剣と拳をたたきこみます!
ズバッ! ドゴン!
大きなダメージ。ゴーレムは二体とも後方にふっとばされました。
「やるな!」
『えへへー!』
尊敬するお姉ちゃんにほめられて、シロンは愛らしい顔に照れ笑いを浮かべます。
「エイルはともかく、シロンもなんてパワーなの……」
アルティナも、知られざるシロンの強さに目を見張っていました。
エミルが杖をちっちっと振りながら、その秘密を解説します。
「《ドラゴンビートパンチ》……パンチによる衝撃を直接相手の体内に伝える物理攻撃の術です。相手がどれだけ硬くたって、シロンには関係ないんです」
「なるほど……」
すると、倒れたゴーレムたちが、ゴゴゴッとふたたび動き出そうとします。
『よーし、とどめだ!』
シロンがエイルとともに、追い打ちをかけようとすると……
「待ってふたりとも! 近づいちゃダメ!」
「!」
エミルの警告を聞くやいなや、エイルは瞬時にシロンの体を抱えて、バックステップで一気に後方に下がりました。
次の瞬間!
ボガアーーーーーン!!!
『うひゃあーっ!?』
アストロゴーレムたちの体が、大爆発を引き起こしたのです。
最初の一撃でエイルたちにはとてもかなわないと悟って、自爆に巻きこむことを選んだのでしょう。
「ひゃー、あぶなかった……」
びっくりしていたエイルは、ぷはっと息を吐きました。
ふだんなら得意の直感で気づくところだったのですが、この山ではそれが利かなくなっているのです。純粋に観察眼のするどいエミルが教えてくれていなければ、まちがいなくふっとばされていたでしょう。
「よく気がつきましたね、彼らが自爆しようとしていることに……」
アルティナも驚嘆しているようすで、エミルに声をかけました。
「ゴーレムは小刻みに震えるのは、自爆の前兆であることが多いんです。お姉ちゃんとシロンに力の差を見せつけられたから、そうするんじゃないかな、と思って」
エミルもまた、安心したような苦笑いを浮かべて答えました。
アルティナも、そのゴーレムの生態については知っていました。にもかかわらず、対処が遅れてしまい、自分の未熟さを痛感するとともに……
(それはきっと、魔法生物を心から愛している彼女だからこそ、気づけることだったのでしょうね……)
エミルの魔法つかいとしての素質の高さに、ただ感心するのでした。
「助かったよエミル。教えてくれてありがとうね。さっすが私の自慢の妹!」
エイルはにししと笑いながら、帽子の上からエミルの頭をわしわしとなで回しました。
エミルはくすぐったそうに笑い、剣との合体を解いたエクシリアがほほえましそうに見守ります。
「さあ、早く先に進みましょう。ゴーレムはバラバラになっても、しばらくすればまた再生しちゃいますからね」
エミルが振り返って言うと、アルティナはやわらかくほほえみを返しました。
『さんせーい!』
シロンはぽん! と元のチビドラゴンのすがたに戻り、ぴゅーっとエミルのローブの中にもぐりこみます。
「ほんとうに、あまえんぼさんだなあ」
『ちがいますー! さむがりさんなんですー!』
エミルがからかうように言うと、シロンはにゅっと首だけ出して、べーっと舌を出すのでした。
「よーし、いくぞー!」
「『おー!』」
スターリング姉妹は、いつでもどこでもどんなときでも元気いっぱい。
そのあかるさにはげまされるように、アルティナも晴れやかな顔で、彼女たちを追いかけるのでした。
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