第44話 いざ、最後の試練へ
凶星の魔女の住む異空間――
手駒として使っていたギルド"エレメタル"の幹部四人、ドレッドとフーガは死に、スーリムとカリンガは帰ってきません。おまけに後者の二人にかけた呪いが発動していないことを、魔女は感じていました。
《逆星の隷呪》――それが四人にかけた、呪いの名前。
人間と合意のうえ、半契約状態となり、双方のチカラが強化されるという効果があります。ただし、呪いをかけた人間の生命力が弱まったり、術者が課したルールをやぶったりした場合、代償として命を散らせるという、おそろしい死の呪い。
さらに、呪いの発動によって砕け散った人間の生命エネルギーは、本人が蓄積したぶんもふくめて、すべて魔女に還元される仕組みになっており、四人全員が呪いで死ぬことによって、魔女はアストライト王国に復讐するためのチカラを得る……はずだったのですが。
『……大幅に予定がくるわされてしまった。あのいまいましい、スターリング姉妹のせいで……!』
凶星の魔女は頬杖をつきながら、美しい眉間にしわを寄せてつぶやきました。
ただでさえ手がつけられないのに、どういうわけかこの数日ますます強さを増していく"巨獣狩りの剣星"エイルと、そんな姉の手綱をただひとりにぎり、浄化のチカラを使うことができる妹エミル……この姉妹の存在は魔女の想像を大きく超えており、ことごとく目算をくるわされているのです。もはや、完全に破綻しているといっても過言ではないほどに。
『もうしわけありません。せめてエミルだけでも、息の根を止めておくべきでした』
玉座につながる階段の下では、アルティナのパートナーだった"魔女の目"――雪の妖精スノーベルが小さな体でひざまづいていました。
エレメタルの四人がすべて敗北した以上、魔女がコマとして使える存在は暴走魔法生物をのぞけば、もう彼女だけなのです。
しかも魔法生物を暴走させるための術は、いまの魔女にとっては大きくエネルギーをすり減らすことになってしまいます。
王都に放ったものたちも、姉妹によってあっというまにしずめられてしまったので、チカラの源である負の感情エネルギーを集めることもできず、ただ残り少ないエネルギーをさらに削るだけ結果に終わってしまったのでした。
このまま暗躍を続けても、長続きしないのは目に見えていました。おそらく王国側に落ちたと思われるスーリムやカリンガを通じて、この異空間に攻めこまれるのも時間の問題でしょう。
彼女に残された、打てる手は……
『……スノーベルよ。これがお前にくだす、最後の命令だ』
凶星の魔女は、おもむろに玉座から重い腰を上げました。
『おおせのままに、魔女さま』
スノーベルはひざまづいたまま、うやうやしく一礼するのでした。
凶星の魔女とお姫さまご一行の最後の戦いのときが、近づいています。
☆ ☆ ☆
アストラ山――
王都を見下ろすように、真北にそびえるまっしろな大霊山。
目には見えませんが、まわりは強力な結界が張られており、選ばれた者以外の立ち入りが許されない大聖域です。
王都で魔法生物たちの暴走をおさめ、警察にカリンガを引き渡し、その他もろもろの準備をすませたお姫さまご一行は、雲海に埋もれててっぺんの見えないそれを見上げていました。
「ここが……最後の試練の地……」
アルティナは息をのみました。
試練と魔女のことで、精神的にはそれどころではないですけれど、その雄大さを間近で見ると、感慨深さを感じずにはいられませんでした。
「いつも見てる景色だけどさ、私も実際に登るのははじめてだよ。わくわくするなあ!」
自由奔放なエイルはあいもかわらず平常運転。やまぶき色のまんまるな瞳をキラキラさせています。
「そうだね。楽しむくらいの余裕があるほうが、ものごとはうまくいくんだもんね」
『シロンもたのしみー!』
エミルとシロンも、前向きでやる気じゅうぶんといったところ。
そんな姉妹をちらりと見ながら、アルティナはやわらかなほほえみを浮かべます。
最初は姉妹のそんなノリが、うとましくてうっとうしいと思っていましたけれど、いまはすっかり慣れたもの。むしろ、自分まで楽しい気持ちになってきます。そう、まるでアカデミーで仲間たちとすごしていたときのように……
「そう……ですね。私ももう、覚悟を決めました。かならず、試練を達成しましょう!」
『おわったら、パーティーだよ!』
シロンはずいっとアルティナの顔をのぞきこんで、提案しました。
「ええ、それはもう、ほほが落ちるほどのお料理をたくさん、ごちそうしますよ」
「『やったー!』」
くいしんぼうのエイルとシロンは、さらにがぜんやる気になったようです。
同じくエミルも、わずかに顔をニヤけさせながら、こっそりこぶしをにぎりしめました。
『そのときは、スノーベルもいっしょにね!』
シロンがにっこり笑顔で言うと、アルティナは……
「……ええ!」
同じく、にっこり笑顔で返すのでした。
スノーベルは、たしかに魔女のスパイとしての正体を明かし、アルティナたちを裏切りました。
けれど、これまでいっしょにやってきたことすべてが、ウソだったなんてとても信じられないのです。
10年近い時間……ふたりで苦楽をともにし、どんな強敵とも戦ってきました。王族の三つの試練だって、乗り越えてきました。だからきっと、自分とスノーベルの間には、たしかな絆があった……いえ、いまもあるんだと信じているのです。
エミルやソラビトも、その気持ちを後押ししてくれました。だから迷いません。ぜったいに、スノーベルと仲直りするんだと。この笑顔には、そんな覚悟が秘められているのです。
「さあ……行きますよ!」
「「『オーライ!』」」
そして一行は、霊山の中に一歩、足を踏み入れようとしました。
「わっ……」
すると、アルティナの右手の甲が光りはじめます。
これまでの試練で体に刻まれた、大地、大海、大空の紋章が、いっせいに浮かび上がったのです。
――三つの証を刻みし者よ。みごと最後の試練への道を踏破し、我がもとへとやってくるがいい。
そんな声が、三人とシロンの頭の中に、直接響いてきました。
「いまのは……?」
エミルは両耳をおさえて、あたりを見回しました。
この感覚には、おぼえがあります。4年前、故郷の村近くの森で聖獣に語りかけられたときと同じものです。そのときは、エミルにしか聞こえなかったものでしたが……
「今回は私にも聞こえたよ。すっごく強い魔法生物の声だ」
エイルはめずらしくキリッとした真剣なまなざしで、目の前にまっすぐ伸びる山道をにらみます。
「ええ……あれがきっと伝説に聞く……【星獣アストラ】の呼び声!」
アルティナが一歩前に進んで言いました。
『やっぱり、さいごのしれんって……あのこえのぬしと、たたかうってことなのかな……』
シロンはエミルの背中に隠れるようにして、おじけづいたように震えていました。
さすがはちっちゃくてもドラゴン。声だけで相手の力量がはっきりわかったようです。まともに戦えば、とても自分たちではかなわないということを。
「それはわかりません。ですが、私たちの力を合わせれば、きっと乗り越えられると信じています」
アルティナは自信満々に、きっぱりと言い切りました。三つの試練を終えたことで、王族としての風格がいっそう高まったように感じられます。
エイルは、おびえるシロンの頭の上にぽんと手を乗せて言いました。
「だいじょうぶだよ。私がいるもん」
いつでも自信たっぷりなお姉ちゃんの言葉に、シロンの気持ちもやわらいでいきました。
「そうだよシロン。わたしたちは、無敵の三姉妹なんだから!」
エミルも妹分をはげまします。
大好きなお姉ちゃんふたりにはげまされたシロンは、すっかり元気をとりもどし、パタパタと宙を舞って……
『よーし! どんなヤツでも、どんとこーい!』
気合一発、がおーとひと吠え。姉妹もくすくす笑います。
いい感じにまとまったお姫さまご一行は、いよいよアストラ山の道を歩きはじめるのでした。
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