第43話 魔女のヒミツ、アルティナの過去
「凶星の魔女が……魔法生物!?」
エミルとアルティナの、おどろきの声が重なり合いました。
「そんなにさわぐほどのコトかねえ」
カリンガはシロの背中の上で寝そべったまま、あきれたような苦笑いを浮かべます。
「さわぐほどのことです! 魔法生物が人間のパートナーも持たず単体で、人を爆弾に変えるような高度な呪いが使えるはずがありません!」
アルティナは声を張りあげて否定しました。
「たしかにその通りだ。そのために俺たちがいるのさ」
カリンガはそう言うと、トントンと自分の左胸を指差しました。
「あ、その呪いって、もしかして……」
エミルはハッと答えにたどりつきました。
「そうだ。この呪いは起爆装置でもあると同時に、あのヒトとの契約の証でもあるのさ。"隷属の首輪"の人間バージョンってところかな。そうすることで、俺らとマナをやりとりして、高度な魔術を使ってるってワケだ。俺らもそれをよしとしてるし、信頼関係だってバッチリあるからな」
『あれ? それってちょっと、おかしくない?』
そこに、シロンが口をはさんできました。
「なんだい、ちっこいの」
『ちっこいのじゃなくて、シロン! ……じゃあまじょは、どうやってアンタたちにのろいをかけたの?』
「そりゃ、どういうこった?」
「そもそもその死の呪い自体が、パートナーがいないとかけられないようなもののはずでしょう? つまり彼女には、あなたたちを手駒にする前に、すでにそういう存在がいたってことになるんじゃない?」
エミルは、シロンの疑問をかみくだいてたずね直しました。
「……」
すると、カリンガは口を結んで、だまってしまいました。
「どうしたんですか?」
アルティナはいぶかしげにたずねます。
「……悪いが、これ以上は言えねえ。言ったら呪いが発動する」
「ああ……そういえば、エクシリアが言ってたっけ。ヒミツを守るための呪いでもあるって」
エミルはドレッドが爆発したときのことを思い出しました。
『まじょがワンダーだってことは、いってよかったの?』
「自分の体のコトだ。どの程度までは話していいかくらいわかるさ。うっかり爆発を防ぐためにそうなってるみてえだぜ。いちおう俺たちは、あのヒトにとっちゃ貴重なコマなんでね」
「まあたしかに、魔女が魔法生物だって知ったところで、だからなんだよって感じだしねえ」
エミルは納得したようにぼやきました。
「……でしたら、スーリムに聞いてみましょう。彼女の呪いはクラウスに凍結させられています。情報を引き出すことは可能なはずです」
アルティナが提案しました。
『それだ! いこういこう!』
シロンがはりきって、翼をパタパタさせると……
「その必要はありません」
おごそかな低い声とともに、一人の男性がこちらにやってきました。
アルティナのマントと似た意匠の白いコートに身を包んだ、茶色いおかっぱ頭のスマートな人です。
「あなたは……お父さまの近衛騎士の……」
まっさきに反応したのは、王女のアルティナでした。
「メッセでございます。おひさしぶりです、アルティナ様」
メッセという名の男性はその場でひざまづきます。
「アルティナ様、ご無事でなによりです。国王様の命で、あなたに情報をお伝えするべく、参上いたしました」
「情報……?」
「"水星スーリム"への尋問と、"影の者"の諜報活動によってつかんだ、凶星の魔女のヒミツについてです」
「……!」
この場の全員が、色めきたちました。
☆ ☆ ☆
「……以上が、凶星の魔女の正体、そのすべてです」
メッセが話し終えると、エイル以外の全員が顔を青ざめさせていました。
魔女の正体が、それだけおどろくべきものだったのです。
「王様は……どうするつもりなんですか?」
エミルは、わずかに声を震わせてたずねました。
「国王様は……ただひとこと、この件はアルティナ様に一任するとおっしゃっておりました。悩みに悩んだ末の決断だったことでしょう」
アルティナはうつむき、無言でこぶしをにぎりしめました。
「私からは以上です。アルティナ様、どうかご無事で」
メッセは深々と一礼すると、コートをひるがえしてこの場を立ち去っていきました。
「……じゃ、次はお姫さまの話を聞かせてよ。エミル、聞きたがってるよ」
いままでまったく話に入ってこなかったエイルが言いました。
「アルティナ様……おねがいします」
エミルがすがるような目で言うと、アルティナは少しのあいだ目を閉じて、苦々しい表情で語りはじめました……
☆ ☆ ☆
――私は先月まで、魔法つかいを養成するための施設、王立イスタルシア魔法アカデミーという学校に在籍していました。
将来国を治めるものとして、すぐれた教員のもとしっかりとした教育を受けるとともに、一般庶民とふれあい、寝食をともにすることで、国民のことをより理解できるようになるためです。
最初こそ、私は王女という立場のためにさけられぎみではあったのですが、その中でも何人かのよき友人にめぐまれ、順風満帆の学生生活を送ることができていました。
しかし、卒業を間近にひかえた最後の課外授業で……悪夢は起きたのです。
私はとくに気心の知れた四人の友人とともに、ダンジョンの攻略に挑んでいました。
事前準備は万全、なにひとつ失敗する要素はない。そう意気ごんだはずでした。
下調べではありえないはずの場所、ありえないはずの数、ありえないはずの強さの魔法生物たちが、私たちを取り囲んだのです。
魔法生物学に特に詳しかった友人の一人が言うには、彼らは暴走によって凶暴化しているとのことでした。
私たちは、生き残るために必死に戦いました。戦って、戦って、戦い抜いて。
私は命からがら、ダンジョンから脱出することができましたが……四人の友人たちは、みな命を落としてしまいました。それも、だれもかれもが、王女である私をかばったために……
ただ一人生き残った私は絶望し、みずから命を絶とうとしました。
ですが、王女という立場と、友人たちが私を生かすために戦ってくれたことを思うと、それはできませんでした。
刃を放り、泣き崩れていると、頭の中に直接声が響いてきました。
――我が名は凶星の魔女。アストライト王家に復讐するものなり。第一王女アルティナよ、この絶望は序章にすぎぬ。
その声を聞いて、私はすべてを理解しました。
魔女こそが、魔法生物たちを暴走させた元凶であると。友人たちは私が王家のものであるせいで、まきぞえとなって命を落としたのだと。
だから私は、誓ったのです。
護衛も仲間もいらない。私一人の力で、この国にあだなす者たちと、命尽きるまで戦い続けることを。
それこそが、私のせいで希望あふれる未来を絶たれた、友人たちへのつぐないになると信じて……
☆ ☆ ☆
「……そんなことが……」
エミルとシロンは、とても悲しい気持ちになりました。
大切な友人たちを自分のせいで死なせてしまった……だからあんなに、かたくなに護衛を拒絶していたのだと、わかりました。
「ですから、魔女を救うなんてありえない。私はなにがあっても、凶星の魔女を打ち滅ぼします。たとえ彼女が何者であったとしても……」
アルティナは、強い覚悟と殺意を秘めた目でエミルを見つめました。
その内には言うまでもなく、王族の使命以前に、殺された友人たちのかたきを討ちたいという、個人的な感情がこめられているとわかります。
エミルはぐっとくちびるを引き結んで考えました。
アルティナの気持ちは痛いほどよくわかります。大切なものたちの命が奪われて、そのかたきをうってやりたいという気持ち。
エミルも4年前、同じようなことを思ったことがありました。村近くの森でおだやかに暮らす魔法生物たちが殺され、その元凶だった聖獣をやっつけてやりたい、そう思ったことが。
でも、それは聖獣が暴走していたため……自分の意志でやりたかったわけではないことでした。だからエミルはわきあがる怒りをおさめ、聖獣のなきがらを浄化し、救ってあげたのです。
そしてエミルは、カリンガとメッセから魔女のヒミツを聞いて、思いました。
もしかしたら、凶星の魔女も同じように暴走しているのかもしれない……そう思うと、エミルは彼女を救ってあげたいという気持ちが、いっそう強くなりました。
それは、自分が呪いをかけられただけ――大切なものを奪われた当事者ではないからこその感情かもしれませんが、怒りや憎しみにとらわれることは悲しいことなのだと、エミルは思っているのです。
だから……エミルはアルティナの手を、ぎゅっとにぎって言いました。
「それでも……ダメです。わたし、アルティナ様には、復讐のために戦ってほしくなんてありません」
その青いまなざしはまっすぐで、アルティナもわずかに心が揺らぎます。ですが、
「あなたに……あなたになにがわかるというの!? メッセの話を聞くまでたいして魔女のことを知らなかったくせに、そんな口をきかないで!」
ものすごい剣幕で、エミルに叫び散らしました。自分の中の感情のすべてを、吐き出すように。
けれどエミルは、負けじと同じように言い返すのです。
「ええ、わかりません! アルティナ様の気持ちは、アルティナ様のもの! 似たような目にあったことがあるからって、相手の気持ちを100%わかったりなんて、できっこありません!」
「だったら、だまって……」
「……でも! わたしにとって、アルティナ様はもう、大切な人……友だちだと思ってるから! わたしはただ友だちに、そんなことしてほしくないの!」
エミルの涙ぐみながらの、あまりにまっすぐすぎるひとことが、アルティナの胸に突き刺さるのでした。
エミルの言うことは、子どものわがままです。きれいごとです。けれどアルティナはそう思う反面、それがイヤだとは感じられませんでした。
それは……アルティナが復讐なんて似合わない、本質はおだやかでやさしい心の持ち主だからにほかなりません。それは、これまでの三つの試練も証明してくれています。大地のように動じず、大海のように広く、大空のように澄んだ心の持ち主だと……
「エミル……」
そのとき、エイルがぽんとアルティナの肩に手を置きました。
「私も、お姫さまの気持ちはわかんないけどさ、お姫さまは、いつか王様になるんでしょ?」
「え、ええ、まあ……」
「私はね、どうせ住むなら、楽しい国がいいんだよね。だから王様は、楽しい人になってほしいんだよね」
「は、はあ……?」
アルティナは毒気が抜かれたように、ぽかんとしました。
「楽しい国っていうのはね、私もエミルもシロもシロンも、ずうっと笑ってられる国のことなんだよね。だから、王様も笑えなきゃダメだよ。いつか王様になるお姫さまも、笑ってられないとダメなんだよ」
エイルの言っていることは、あまりにもふんわりとしすぎていてよくわかりません。
ですが、彼女と長くともに過ごしたために、アルティナには彼女の言わんとしていることが、なんとなくわかっていました。
そう自覚すると、アルティナもいつのまにかエイルに染まってしまっていることに気づいて、おかしくなって、思わずぷっと笑みをこぼしてしまうのでした。
『あ、おひめさま、いまわらった!』
シロンがちっちゃな指を差して指摘しました。
アルティナもそれに気づき、反射的に口をおおいます。
それから少しのあいだ考えて、見開いた目を細めて、姉妹に言いました。
「そう……ですね。私も、国民だれもがずうっと笑顔でいられる国を作りたい。そのためには、いずれそれを治める私が、笑顔でいなければならない、のですよね……」
姉妹は、そうそうそれそれ! と言いたげに、にまーっとした笑顔を浮かべました。
アルティナは意を決した晴れやかな表情で、姉妹に告げます。
「……魔女をどうするかは、直接彼女と会って話して、決めることにします。その前にまずは、最後の試練を終えてしまいましょう。ついてきていただけますか?」
「「『もっちろん!』」」
姉妹とシロンは声を合わせて、即答するのでした。
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