第42話 王都騒乱
お姫さまご一行は、さあ、最後の試練に向かおう……と思っていましたが、捕まえたカリンガをそのまま放っておくわけにもいきませんでした。
なので王都の警察に彼女を引き渡すため、いったん王都に戻ってきました。目的のアストラ山は王都を真北からのぞめる位置にありますので、移動距離はそんなに変わらないのです。
しかし……
『ギャオー!』『ガアー!』『キイーッ!』
「うわー!」「ぎゃー!」「助けて―!」
そこでは、エミルがはじめて王都をおとずれたときをはるかに上回る、咆哮と悲鳴が響き渡っていました。王都をとりかこむまっしろなカベの外からでも、はっきり聞こえてくるほどの阿鼻叫喚です。
「な、なにごとですか!?」
シロの背中の上、エイルのうしろから顔を出したアルティナが、おどろきの声をあげます。
「魔女サマのしわざさ……俺たちの呪いが発動せず、チカラが送られないもんだから、強硬手段に出やがったみてえだ……スーリムのヤツが、カゲでコソコソなんかやってたみてえだしな……」
シロの背中の上で、弓なりに寝そべる形で捕えらているカリンガが言いました。
エミルとアルティナは、マリンから聞きだした情報を思い出します。
魔女の配下たちにかけられた呪いは、魔女のチカラを分け与えたもの。発動すればその者に蓄積していたチカラもふくめ、自分のもとへと戻ってくるしくみになっているということを。
スーリムの呪いはクラウスが止め、カリンガの呪いも発動していません。つまりそのぶん、魔女のチカラが彼女の想定よりも不足しているということです。
マリンもくわしいことは知らないようですが、魔女はとある計画のため、スーリムに急いでなにかを準備させていたようです。そのためには、"エレメタル"四人の呪いすべてが発動したことで得られる、莫大なエネルギーが必要になるのだとか。
「でも、それがどうして、魔法生物たちを暴走させることとつながってるの?」
エミルが疑問を口にしました。
「今の魔女サマのチカラの源は、怒りや悲しみ、恐怖といった負の感情そのもの。それを引き出すには、うってつけの手ってわけだ」
カリンガの説明で合点がいったエミルですが、とても納得できるものではありませんでした。
つまり不足分のエネルギーを手っ取り早く得るために、暴走魔法生物によって人々を苦しめているというのです。これを許すわけにはいきません。
早く魔法生物たちの暴走を止めて、人々も、彼らも、救わなければ。三人の思いはひとつでした。
「行って、エイル!」
「オーライ! シロ!」『ワン!』
アルティナ姫の命令でエイルはシロを走らせ、一行は王都の中へと突入するのでした。
☆ ☆ ☆
「そりゃ! ……エミル! シロン!」
「『オーライ!』」
エイルとエクシリアが気絶させて、エミルとシロンが浄化する……
姉妹は暴走する魔法生物たちを、みごとな連携プレイでつぎつぎおとなしくさせていきました。さすがは血のつながった者同士、息もぴったりです。
その手際のよさに、アルティナもカリンガも、民衆たちも舌を巻くばかり。
一時間もしないうちに、なんとか暴走騒ぎを終わらせることができたのでした。町のあちこちは壊されましたし、ケガ人もたくさんでましたが、さいわいなことに死者は一人も出てはいません。じゅうぶんに、魔女のもくろみをくずせたといっていいでしょう。
「ぷはー……つかれたー……」『もうダメ~……』
エミルとシロンは公園のベンチでへたりこみ、ぷしゅーと息を吐きました。まるで、動力の切れたからくりのようです。
浄化の魔術はふたりの生命エネルギーを大きく消耗するもの。十数体もの魔法生物を休みなくしずめつづけたことで、スッカラカンになってしまったようです。
「おつかれさま、ふたりとも。えらいぞっ」
そんな妹たちを、エイルはがばっと抱きしめてあげました。
大好きなお姉ちゃんにほめられたエミルとシロンはうれしくって、それだけで元気が回復した気分です。
「言葉や思いだけでは足りないでしょう。こちらをどうぞ」
そこにアルティナが、"ガンバリンゴ"のジュースを両手に持ってやってきました。これさえ飲めば、全快とはいかなくとも、物理的に元気が回復します。
エミルとシロンはお礼を言うと、いっきにジュースを飲み干しました。ごくごくと、いきおいよくのどを鳴らします。
「よーし! 元気回復!」『パワーぜんかーい!』
そしてあっさりと復活。エイルにはおよばないものの、さすがは彼女と血を分けた妹。すさまじい体力の持ち主です。
「アンタは、ぜんぜん平気そうだな……」
シロの背中で寝そべったままのカリンガは、ひとりすずしい顔をしているエイルにおどろき……いえ、ドン引きしていました。
自分と激闘をくりひろげた直後の上、あれだけ多くの暴走魔法生物たちと戦ってきたはずなのに、息ひとつあがっていないなんて、もはやバケモノという言葉ですら生ぬるいレベルのスタミナです。
(……こりゃ、勝てないワケだ)
カリンガはようやく素直に敗北を認められ、あきれたような苦笑いを浮かべるのでした。
「でも、凶星の魔女をなんとかしないかぎり、また暴走する魔法生物はあらわれるよね……」
エミルはベンチの背もたれに背中をあずけながら、うれいの表情で空を見上げてつぶやきました。
「いや、アイツらはスーリムのヤツが用意したモンだ。手足であるアイツや俺が捕まった以上、同じコトはもうできねえはずだ。逆に言えば、今がこっちからしかけるチャンス、でもあるぜ」
そこに助言をはさんできたのは、意外にもカリンガでした。
お姫さまご一行は、一様に目を丸くします。
『そーゆーこと、シロンたちにおしえちゃっていいの?』
シロンは当然の疑問を口にしました。
カリンガは、またクールな笑みを浮かべて答えました。
「そりゃ、よくねえだろうなあ。仮にもあの人は、俺たちにとっちゃ大恩人。それに背く行為だ。……でもな、だからこそ今は、あの人を救ってやりてえと思ってるのよ。エミルっつったか、アンタの浄化のチカラなら、やれるかもしれねえ。だからこそ、助言をくれてやったのさ」
どうやら、エイルにこらしめられたり、その後の姉妹の戦いぶりを間近で見ていたことで、彼女の心境にも変化があらわれたみたいです。
「凶星の魔女を……救う、ですって?」
するとアルティナは、引きつったような顔になりました。
姉妹とシロンは、そろって顔を見合わせ、首をかしげます。魔女を救うって、どういうことなんだろう?
「ああ……あの人がああなっちまったのには、どうやら理由が……」
「冗談ではありません!」
カリンガの言葉をさえぎって、アルティナは大きな声を張りあげました。
その表情からはふだんのおだやかさとりりしさは消え、ただ怒りと憎しみの感情だけが感じられます。
「ア、アルティナ様……?」
突然の彼女の変わりように、エミルは目を白黒させました。
「凶星の魔女は魔法生物たちを暴走させ、人を人とも思わぬ所業をくりかえし、王国にあだなす憎き敵です! 必ず除かねばならない存在です! それを救うなどと、言語道断!」
アルティナは身振り手振りを交え、豪語しました。ふだんの彼女からはとても考えられない、なんとも荒々しい口調です。
凶星の魔女を倒したい、アルティナのそんな気持ちはこれまでも何度も伝わってきたのですが、こんなにあきらかな敵意をあらわにしたところは、エミルも見たことがありません。それもまるで国のためではなく、個人的なうらみがこもっているような……
「うん、たしかにそうだ。エミルをあやつったり、人質にしたり、呪いかけたりしたんだもん。許せないよ」
エイルもけわしい顔になって、アルティナに同調しました。
彼女の場合は、かわいい妹をひどい目にあわせた怒りだけにかられているようですけれど。
個人的なうらみ……大切な人をひどい目に……いや、もしかしたら、アルティナも同じなんじゃないか……?
そう思ったエミルは、聞かずにはいられませんでした。たとえ、彼女の心の古傷を開くことになったとしても。
「アルティナ様は……どうしてそこまで、凶星の魔女を許せないんですか……?」
するとアルティナは、キッとエミルをにらみつけました。
エミルはまるで、しかられた子どものようにびくっとします。
「エミル……まさかあなた、カリンガの言葉を真に受けて、魔女を救いたいなんて思っているのではないでしょうね……?」
「そ、そんなことは……」
するどい指摘。そしてそれは、はたして的中していました。三つの試練を達成したいまのアルティナの目には、エミルの感情を正確に見抜く力が宿っていたのです。エミルがウソと隠しごとが苦手な、素直でわかりやすい女の子だという理由もあるでしょうけれど。
自分自身も死の呪いをかけられているというのに、エミルはカリンガの言葉を聞いて、心が大きく揺らいでいたのです。たしかに魔女のやったことは許せませんが、そうするにいたったしかたのない理由があるというのなら、それを知りたいし、できることならどうにかしてあげたいと思いはじめていたのです。
浄化のチカラを持つがゆえの心のやさしさと、世界じゅうの魔法生物をしあわせにしたいという夢を持つために、そんな感情がわきあがってきたのでしょう。
だからこそ、ここは引き下がるわけにはいきませんでした。その思いをつらぬくために。たとえ、アルティナやお姉さんが相手でも!
「……思ってます! いまは、ほんのちょっぴりだけど! だからこそ、知らなくっちゃいけないんです! 凶星の魔女がどんな人なのか、彼女があなたになにをしたのか! ぜんぶ知らなくっちゃ、どうするかなんて決められっこないもの! あなたの護衛を、続けるためにも!」
エミルはキリッとした表情で、負けじとキッパリ言いました。
その迫力に、アルティナは思わず気圧されたようにたじろぎます。
いっぽうでエイルは、にっとほほえみました。妹がかっこいいところを見せているのが、誇らしくてしょうがないという顔です。
相棒で妹分のシロンも同じように、よく言った! とばかりに目をキラキラさせていました。
「ぷっ……あはははは! まったくオマエら、姉妹そろっておもしれえなあ!」
すると、カリンガがおなかをかかえて爆笑しました。
一行の注目がそちらに集まり、アルティナは案の定、彼女をギロリとにらみつけます。
「いいじゃねえか! 気に入ったぜ、エミル! ……だがオマエ、ひとつまちがえてるコトがあるぜ」
「まちがえてる……こと?」
次の瞬間、カリンガが放ったひとことに、一行は大きなおどろきを味わうことになります。
「凶星の魔女サマはヒトじゃねえ。魔法生物なのさ」
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