第40話 火星のカリンガ
「よお。待ってたぜ、お姫サマ」
地上に戻ってきたアルティナ一行を待っていたのは、赤い長髪と赤銅色の肌をした、筋肉質の女性でした。
左目に眼帯をかけたその顔は、エモノを前にした肉食獣のようなどう猛さが感じられます。
「"火星のカリンガ"……凶星の魔女の、最後の刺客ですね」
アルティナは緊張の面持ちでつぶやきました。
それは、あまりにも突然の遭遇。ですが、スノーベルが魔女の目だということを見やぶった時点で、一行はこういう展開を予想していたため、落ちついていました。
「へえ……よく知ってんじゃねえか。スーリムのヤツから聞いたのか?」
カリンガの質問に、一行はなにも答えませんでした。
正確にはスーリムではなく、元・彼女のパートナーだった【プルンディーネ】のマリンから、凶星の魔女とその配下のあらかたの情報は聞いていました。
彼女たちが数か月前、分不相応な依頼に失敗して死にかけたところを魔女に拾われた、"エレメタル"という名前の、戦闘専門の魔法つかいチームだったということも。
「だんまりか……まあ、どうだっていいさ。アンタたちの首を取れりゃあ、それでな」
カリンガはかざした右手から、燃えさかるまがまがしい大剣を呼び出し、にぎりしめました。
それはまるで、ゆらめく炎をかたどったような形状です。離れた位置からでも、はげしいばかりの熱気と殺気が伝わってきます。
マリンの話によると、カリンガはエレメタルのリーダーで、あらくれ者たちをまとめあげるのが得意だったそうです。腕っぷしだけでいえば、極星魔法つかいにも劣らないとか。
エミルもアルティナも、さすがにそれは大げさだろうと思っていました。ですが、ふだん敵と見るやすぐに突っこんでいくエイルが警戒しているのかまだ動かないあたり、どうやら彼女の言っていたことはほんとうらしい、と信じはじめていました。
「どうした? 巨獣狩り。極星魔法つかいサマともあろうモンが、ビビッてんのか?」
カリンガは挑発しますが、エイルはまったく気にしていませんでした。ただまっすぐ表情を変えず、相手をにらみつけているだけです。
エイルはおバカさんですが、野生のカンだけで戦うような少女です。ニンゲンの安っぽい挑発なんて、歯牙にもかけないというもの。
「来ねえってんなら……こっちから行くぜっ!」
いっぽうで短気なカリンガは、あっさりしびれを切らして大剣を振るいました。
燃えさかる刀身から放たれる火炎が、一行を飲みこもうと襲いかかります。
「あぶないから、下がってろ!」
エイルはとっさに前にでて、二本の剣を引き抜いて、クロスさせるように振るいました。
二つのすばやい剣撃によって起きた爆風が、火炎をみごとに吹き飛ばします。
指示通り、うしろに下がっていたエミルとアルティナも、目を見張っていました。
――相手がどんなに強くたって、やっぱり最強はお姉ちゃんだ!
エミルはあらためてそう感じて、ぎゅっと杖をにぎりしめるのでした。
「へえ……やるじゃねえか。ウワサになるだけのことはあるもんだ」
カリンガはぺろりと舌なめずりをします。
「今度は……直接、打ち合おうぜっ!」
そして、エイルを完全に標的と見さだめ、一気に踏みこんできました!
ガッキィーーーン!
カリンガの大剣と、エイルのクロスした二本の剣がぶつかり合い、すさまじい音と衝撃波が巻き起こりました。
二人は、その後も何度も剣をぶつけ合います。そのたび起こる突風に耐えるのがせいいっぱいで、後方にひかえるエミルとアルティナは、一歩も動くことができません。
シロンもまた、エミルの肩からふっとばされないように、必死に彼女のローブをつかんでいました。
「な……なんてレベルの戦いなの……!」
アルティナはおどろき、おののきます。
エイルの戦いはこれまで何度も見てきたつもりですが、それらはすべて相手が格下すぎたための圧勝ばかりでした。
ですが、今回は強さだけなら極星魔法つかいに引けをとらないほどの相手。実力的にはほぼ横並びの相手なのです。それに応じて、エイルも戦いのギアをこれまでより数段上げていたのでした。
だからこそアルティナは、アカデミーを優秀な成績で卒業した自分ですら、とても追いつけない領域だと、あらためてエイルとの差を見せつけられて、驚愕しているのです。
ふと、妹のエミルのほうはどう思っているんだろうと、ちらりと彼女の顔に視線を向けます。すると、さらにおどろくことになるのでした。
なんとエミルは、あろうことか青い瞳をきらめかせて、戦いに見入っていたのです。
エミルはかしこい子です。いえ、そうでなくても、この戦いのレベルの高さはどんなおバカさんでも理解できるはずです。
にもかかわらず、おそれおののくどころか、あこがれのまなざしを向けているなんて。自分にはとてもできないと、アルティナはがくぜんとするのでした。
いまはまだ、強さは自分にすらおよばないけれど、たしかにエミルも姉に劣らないバケモノ級の魔法つかいになれる器だと、またあらためて思い知ったのです。
「チイッ!」
いっぽうで、戦況のほうはというと。
カリンガが右のほほから血を流しながら、飛びすさっていました。
エイルのほうは、まったくの無傷。どうやらこちらの優勢のようです。
「お姉ちゃん、対人戦は苦手だったはずなのに……相手が同じ野生動物みたいなスタイルだから、うまく立ち回れてるのかな……それとも、聖域の魔法生物を殺さないように立ち回ってたおかげで、技がみがかれてるのかな?」
エミルは瞳をキラキラさせながら、ぶつぶつと冷静に戦況を分析していました。大好きなお姉さん以外、目に入っていないようです。
そんな彼女の様子を見て、アルティナはさらにおののくのでした。引いている、と言いかえてもいいかもしれません。
ちなみにシロンはエミルの肩の上で、戦いのすさまじさにただぽかーんと口を開けていました。
「いいねえ……熱いねえ……うれしいよ、最期にアンタみてえなすげえヤツと、やり合えるなんてさ!」
カリンガは眼帯をおさえながら、くるったように笑い飛ばしました。まさに心から命がけの戦いという行いを楽しんでいるという、まともな人間ならとても理解しがたい表情です。
最期……そのひとことにアルティナとエミルはぞくっとします。
魔女の配下は、魔女から大きなチカラを与えられるかわりに、敗北すれば体が爆発する死の呪いがかけられている――そう、マリンは教えてくれました。
カリンガもまた、それを覚悟でこの戦いにのぞんでいるのでしょう。
もともと彼女たちは、一度死んでいたはずの身です。ドレッドやフーガ、スーリムの反応のちがいを見る限り、それを受け入れているかどうかには、メンバーごとに多少の温度差があるようですが……
「いっしょに燃えつきようぜ! 【サラマンドリル】!」
カリンガの右手の指輪が光り、彼女の背後に、全身に炎をまとった巨大なマンドリル型の魔法生物が現れました。あれこそが、彼女にチカラを与えているパートナーです。
その召喚に呼応して、カリンガのにぎる大剣の炎も大きくなります。あまりの熱気に、まわりの地面がぐにゃりと溶けてしまうほど。
「エクス!」
いよいよ全力のカリンガに対抗するため、エイルも剣の精霊エクシリアを呼び出しました。
『あっつい!』
エクシリアは現れたとたん、暑さにこたえて、ぐいっと汗をぬぐいます。
「合体だ!」
けれどエイルはもちろん、そんなことおかまいなし。
エクシリアはしぶしぶながら、エイルの二本の剣と合体し、一振りの黄金の大剣へと姿を変えました。
「ヘッ! アンタもマジってワケか。うれしいねえ」
カリンガはニイッと歯を出して笑いますが、エイルは真顔をくずさないまま。まるでこんな戦いなんて、最初っからどうでもいいとでも言いたげです。
そんな彼女の表情が、カリンガのハートにも怒りの火をつけました。
「だったら、アタシの炎で熱くしてやるよ!」
カリンガが吠えると、うしろのサラマンドリルがまっかなエネルギー体となって、彼女の体に乗り移りました。
すると、カリンガの全身に炎のような模様がいくつも浮かび上がり、ツメやキバが伸び、目つきもよりするどくなりました。
これは憑依魔術と呼ばれる種類の魔術で、その名の通りパートナーを自分の体にとりつかせて、能力を高める業です。難しさもさることながら、魔法つかいの体に大きな負担がかかるため、あまり使う人はいません。
「ハアーッ! 灰になっちまいな!」
パワーアップしてハイになったカリンガは、もはや自分自身が巨大な炎のかたまりとなって、エイルに襲いかかります!
「エイル!」
アルティナが叫びます。エミルはただ息をのみ、信じて見守るのみ。
エイルはただ冷静に、黄金の剣を振り上げて――
ズバンッ!
カウンターの要領で、カリンガを一刀両断しました。
くしくも、彼女たちの中でいちばんのしたっぱだった、ドレッドと同じやられ方。
そう考えると結局エレメタルというチームは、本質的に似た者同士の集まりだったのかもしれません。
「ぐ……て、てめえ……」
憑依魔術が解け、武器も砕け散ったカリンガは、その場にくずれ落ちました。
その表情は、はげしいイラだちに染まっています。ムリもありません。カリンガは最期の戦いをできるだけ長く楽しみたかったのに、エイルのほうにはまったくその気がなかったのですから。彼女はただ淡々と目の前の獲物を狩る、それだけしか心になかったのです。
あとは魔女の呪いが発動して、ただ死を待つのみ。
一度拾ったこの命、最期は納得いかなかったが、まあまあ楽しめたな――
そう思いながら、カリンガが運命を受け入れようとしたとき、体に違和感をおぼえました。
そういや……ぶった斬られたはずのに、あんまり痛くないな、どうしてだ……?
「……!」
カリンガは気づきます。
自分の体から、血が一滴もこぼれていないことに。
「バカな、どうなってる……!?」
こうして、はっきりとした声まで出せるのです。理由はあきらかでした。
「てめえ、まさか……!」
カリンガは倒れ伏したまま、怒りの形相でエイルを見上げます。
「うん、まあ、手加減した。最近やっとうまくできるようになったんだよね」
エイルはいたずらっぽく笑って答えました。
後方で見守っていたアルティナも、妹のエミルも、一瞬おどろきますが、納得しました。
いつもウサギを狩るのにも全力勝負のエイルですが、これまでの試練で聖域の魔法生物たちを殺すまいとがんばってきたおかげで、手加減という技が体にしみついていたのです。エミルの分析通りでした。
そしてもうひとつ、なぜ手加減をしたのか、その理由は……
「……ふざけんじゃねえ! 俺は勝負に負けたんだ! きっちりとどめをさしやがれ!」
カリンガは倒れたまま、なおも吠えかかります。致命傷を受けてはいないものの、体をすぐには動かせないほどのダメージは負っているからです。
その叫びには、せめて最期くらい華々しく散らせろ、そんな美学にも似た強い意思を感じさせます。
エイルは、エクシリアとの合体を解いた二本の剣を腰におさめて、しれっと答えました。
「だってさ、カンペキにやっつけちゃったら、お前呪いで爆発しちゃうだろ。あれってなんか後味悪いから、イヤなんだよね」
それは、なんてことありません。単なる彼女の気まぐれでした。
アルティナとエミルは、実にエイル(お姉ちゃん)らしいと、そろって苦笑いを浮かべるのでした。
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