第38話 大空のごとき澄んだ心
『なっ……!』
シロンとシルヴィアは、そろってショックを受けました。
いっぽうで、エミルとエイル、姉妹の表情は変わりません。けれど、エミルのわずかに伏せられた青い瞳からは、やっぱり……という残念な思いが感じられます。
『……どうして、気づいたの?』
弁解するかと思われたスノーベルの次のひとことは、意外にも観念したものでした。
それがアルティナにとっては、よけいにショックでした。長く苦楽をともにしてきた相棒が、まさか自分の命を狙う敵の手のものだったなんて、わかっていても、とても信じられるものではありませんでした。
「……正確には、はじめに気づいたのはエミルさんです。彼女はきのう、魔女の配下スーリムに隷属させられていた、水の精霊をパートナーにしました。そう、魔女側の内情を知る者をね」
【プルンディーネ】のマリンは、エミルの指輪の中でおどおどしながら、なりゆきを見守っています。
「エミルさんが彼女から聞いた情報によると、魔女はふだん特殊な異空間におり、配下の者や"目"と呼ばれるスパイを通じて、外界の情報を得ていたようです。もっともマリンは"目"の正体については知らなかったようですけれど……私がそのことを聞かされたとき、まっさきに浮かんだのがベル……あなただったんです」
アルティナの最後のひとことは、かすかに震えていました。
『……』
スノーベルは、なにも答えません。表情に影を落としたまま、アルティナの言葉をただ聞いていました。
「いま思えば、ずっとふしぎだったんです。魔女は、私が王族の試練に挑むことを知っており、しかも行く先々に都合よく配下の者が待ち伏せていた。しかもスーリムは、エミルさんがヘビが苦手なことまで知っていました。これは、いっしょに旅をしていた私たちしか知り得ない情報です」
『そっか……ぜんぶスノーベルがおしえたから、あんなことやこんなことができたんだ!』
シロンは合点がいったとばかりに、目つきをするどくスノーベルをにらみました。
「そして、確信にいたったのは、先ほども言った通り、いまの戦闘です。……アイスニードルを撃ったとき、あなたはわざとチカラの解放を弱めた。意識することで、やっと理由が理解できた……そう、王都で【フルメタルアルマザウルス】と戦ったとき。そしてスーリムと戦ったときと、同じように!」
さらに核心を突かれたことで、スノーベルの表情は引きつりました。
「スノーベル……」
エミルも、直感するどいエイルも、スノーベルがあやしいことにうすうす気づいていたでしょう。
けれど、魔法生物との絆を重んじる姉妹は、心の中に、大切なパートナーが裏切りやスパイ行為だなんて、そんなことをするはずがないという思いもありました。だから、どうしても口に出すことができなかったのです。
『じゃあもしかして、このしまにひとりのこったのは……』
『ひとりきりになることで、凶星の魔女と連絡を取る時間を作るためでしょう。スーリムから妹さんを取り返したあと、私たちは休む間もなく動きどおしでしたから、機会がなかったはずですし』
シロンの疑問に、エクシリアが答えました。彼女もショックを受けているみたいです。
これまでは休憩時間や眠っているあいだなど、こちらがスノーベルから目を離す機会を狙って、魔女に連絡を取っていたのでしょう。
「それだけではありません。"この島で四葉のクローバーは見つからなかった"と虚偽の報告をすることで、私たちの時間かせぎもしたかったんですよね? その狙いも、マリンから聞いていました」
アルティナが続けて答えました。
『きょぎ?』
「ウソの報告ってことだよ」
首をかしげるシロンに、エミルが教えてあげました。
「ええ。……なぜなら、目的の四葉のクローバーは、この最初の島にあるのですから」
『ええっ!?』
シロンとシルヴィアはびっくり仰天。
「私は、試練の開始時からずっと考えていました。この試練は、大空のように澄んだ心を試している……澄んだ心とは、いったいどういうことなのだろうと」
「それは……たしかに、わたしも考えたな……」
エミルも指をあごに乗せて、ぽつりと言いました。
いっぽうで姉のエイルのほうは、考える気もなくぽけーっとしていますけれど。
「でも、エミルさんがベルに対しての疑念を口にしたことで、わかったのです。澄んだ心というのは、単にきれいな心というわけではないのだということを。ほんとうによどみのない、先入観などの雑念が存在しない状態を、そう呼ぶのだということに」
『え、どういうこと??』
『つまり、思い込みや立場、関係に左右されない、公正な審判を下せる心ということだと思います』
ちんぷんかんぷんでさらに首をかしげるシロンに、エクシリアがわかりやすく教えてあげました。
「そう、国をおさめる者として、つねに公正にものごとを裁かなければならない。……たとえ、どんなに親しい相手だとしても」
アルティナは、キリッとした視線で、パートナーのスノーベルをにらみました。けれどその青い瞳は、同時に悲しみもたたえていました。
スノーベルはうつむき、冷たく暗い声で言いました。
『……そう。本気で私を、敵として認めるってわけね。……さすが、アルティナだわ。あなたが小さいころから思ってた。あなたには、確かな王の資質があるって。迷い悩みながらも、いつだって正しい決断をくだせる。ついさっきの戦いでも、そう思った。……けど、その資質のせいで私の正体をあばかれるなんて、なんて皮肉なのかしら!』
そして顔をあげ、カッと目を見開くと、強烈な冷気が一行を襲います!
「くっ……!」
この場の全員が、吹きすさぶ冷気に身じろぎしました。
みんな、仲間の裏切りという事実のショックで、反応が遅れてしまったのです。いつもは即決即断のエイルですらも。
「待て……!」
それでも、つかみかかろうと駆け出しますが、時すでに遅し。
スノーベルは空間にトンネルを開けて、その中へと去っていきました。
『……』
『えっ……!』
そのとき、スノーベルのひとりごとのような、ほんの、ほんの小さなつぶやきに、シルヴィアだけが反応しました。
やがて空間のトンネルは消え、冷気も止み……スノーベルはこの場からいなくなってしまいました。
「ベル……」
張り詰めた糸が切れたかのように、アルティナはその場にくずれ落ちました。思いも決壊したように、瞳からは悲しみの涙があふれて、止まりません。
エミルも、シロンも、エクシリアも、感情が追いつかず、彼女にかける言葉も見つからず、ただ苦しげに目を細めて、立ちつくしていました。
エイルもまた、物思いにふけるような表情で、まわりにひろがる青空を見つめています。
『あの……』
そのとき、シルヴィアがゆっくりと、アルティナに歩み寄っていきました。
アルティナは泣き顔のまま、そちらを振り返ります。
『最後……スノーベルが去っていく瞬間、聞いたんです。彼女の言葉を』
「……! そ、それは、どんな!?」
シルヴィアが告げると、アルティナは目を見張り、ぐいっと彼女に詰め寄りました。
ダークエルフは長い耳を持ち、そのぶん聴覚にすぐれるのです。詰め寄られてシルヴィアはびくっとしますが、ひと呼吸置いて、その言葉を伝えました。
『……"ごめんね"……たしかに、そう言っていました』
アルティナは、ハッと目を見張りました。止まっていた涙が、ふたたびあふれだします。
それは裏切りにより絶望のどん底に落ちた彼女にとって、希望の糸にほかなりませんでした。
エミルもまた、アルティナに歩み寄って、ほほえみます。
「……まだ、なかなおりできるチャンス、あるみたいですね」
『シロンたちも、きょうりょくするよ!』
アルティナのまわりに、集まってくる仲間たち。
彼女たちの、なんとたのもしいことでしょう。
彼女たちといっしょなら、なんだってうまくいく。そんな気にさせてくれます。そう思わせるほどの彼女たちの活躍を、この試練の旅の中で、何度も何度も目にしてきたのですから。
それこそスターリング姉妹が、"太陽の子"と呼ばれる理由なのかもしれないと、アルティナはもう一度涙をぬぐいます。
そして、背すじをピンと伸ばし、まっすぐな決意を秘めた顔で、宣言するのです。
「……ええ! かならず凶星の魔女を倒し、ベルとの絆をとりもどしてみせます! だから……みなさん、力を貸してください!」
姉妹とパートナーたちは、それぞれ顔を見合わせて、
「『おーっ!』」
笑顔で空高く、こぶしを突き上げるのでした。
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