第33話 第三の試練へ
「……これで、俺の役目は終わりですね」
フードをかぶったままのクラウスは、スマキにして拘束したスーリムを引きずりながら言いました。
スーリムは、アルティナに完全に出し抜かれただけではなく、エミルにパートナーまで奪われてしまったので、完全に魂が抜けてしまっているようです。
「ええ、ほんとうに助かりました。どうもありがとうございます」
アルティナは引き止めるつもりはないようで、ただ一礼しました。
クラウスが協力するのはエミルの救出までという約束です。王族として、それ以前に人として、一度結んだ約束は守らなくてはいけません。
「あの……助けてくださって、ありがとうございました!」
エミルも、クラウスにぺこりと頭を下げました。
ついさっきまで捕まっていたうえ、本人はフードで顔を隠しているので、エミルは彼が何者なのかは知りません。けれど、命を助けてもらった恩にくらべればささいなことなので、いまは追求はしませんでした。
「……ひとつ、忠告しておく。魔女の呪いは確かに凍結させたが、お前の体から消えたわけじゃない。術者を倒すまで、永久に残り続ける。検査や解除などむやみにいじくろうとすると、ふたたび作動するおそれがあるから、ひかえておけ」
クラウスは振り向かず、低い声で告げました。けれどその声から、ふしぎとほっとするような、なつかしいあたたかさをエミルは感じていました。
「はい、気をつけます」
「ならいい。……せいぜい、命を大事にしろ」
クラウスの周囲が冷気の白いモヤに包まれていくと、その姿も消えていきました。
これは瞬間移動ではなく、ただの目くらましの術のようです。
「あいつ、きょうはすっごくやさしかったね。なんでだろ」
「え、そうなの?」
エイルのぼそっとしたつぶやきに、エミルは意外そうな反応をしめしました。
クラウスはたしかに命の恩人ではありますが、その口調や態度は"すっごくやさしい"という言葉からは、ほど遠いものだと思っていたので。せめて、"やさしい"程度でしょう。
「……」
アルティナは、クラウスが立っていた場所を無言で見つめていました。
彼について思うところはあるようですが、いまはそれを考えているときじゃないと考えて……
「……さあ! エミルさんも無事戻ってきて、魔女の刺客もまたひとりしりぞけられましたし、試練を再開しましょう!」
姉妹のほうを振り向くと、はりきって号令を出しました。
「「おー!」」
姉妹もなかよくこぶしを突き上げ、三人は王族の試練達成への冒険を再開するのでした。
☆ ☆ ☆
異空間、凶星の魔女のアジトにて――
「……」
玉座の上で、魔女は頬杖をつき、いかめしい顔をしていました。
「……カリンガ!」
魔女が名前を呼ぶと、眼下に火柱が上がり、中から赤い髪をゆらめかせた、褐色肌のたくましい女性が現れました。
「お呼びかい? 魔女サマ」
カリンガという名の女性は、にいっと笑みを浮かべました。
「スーリムの反応が消えておらん。このままでは私にチカラが戻らぬ」
「そりゃまいったなあ。まさか、俺に始末してこいとか言わねえだろうな? アイツは俺の大事なファミリーなんだ。戦いに負けて死んだならともかく、俺の手で処刑しろだなんて、さすがのアンタの命令だろうと、聞けねえぜ」
「わかっている。安心しろ、それとは別件だ。お前には予定通り、アルティナ姫の足止めを頼みたい」
「足止め……別に殺しちまってもいいんだよね?」
「……ああ。できるものなら、な……」
「できるものなら、か……言ってくれるねえ……」
「どちらに転んでも、私は構わぬということだ」
「まあ、いいさ。行ってくるよ。おみやげは、お姫サマの首でいいよね」
「……いいから、さっさと行け」
また火柱があがり、カリンガの姿が消えました。
「消えていないのは、エミル・スターリングの反応もか……どうやら、私はアルティナ姫をもあなどっていたらしい……」
魔女は、玉座の肘掛けに、ギリッと爪を立てるのでした。
ゆうべ、スーリムの手によってさらわれたあと、エミルは気絶したままこの異空間に連れて来られました。
そこでエミルの意識のないあいだに、配下の者たちのものとはちがう、起動式の呪いをかけておいたのです。計画のジャマになる姉妹を、まとめて確実に始末するために。起爆スイッチは、スーリムの意志にあずけました。
術者である魔女は、自分の呪いが発動したかどうかを感じることができます。しかし、その反応がなかったということは、エミルがいまだ無事であるということの証明でした。ついでに、スーリムも。
ただし、それがクラウスの《呪術凍結》によるものだということは、知りようがありません。アルティナ姫がなんらかの手を打った、それぐらいしか予想ができないのです。
スターリング姉妹の介入から、事態がまったく自分の思うように進まないので、魔女はイラだちをつのらせるばかりなのでした……
☆ ☆ ☆
エミル奪還作戦から間髪入れず、お姫さまご一行を乗せた白オオカミのシロは、王都の西、次なる聖域を目指して爆走していました。
凶星の魔女についても気になりますが、それはクラウスが連行したスーリムを通じて、王都側が調べてくれるはずです。
だからこそ、一行は自分たちにいまできること、王族の試練のみに全力投球することにしたのです。
「見えてきました! あそこです!」
最後方に乗るアルティナが指差した先には、大げさに声をあげたわりに、なんてことない原っぱがありました。ただ変わっているところがあるとすれば、草が不自然なほどきれいな円形にハゲている、ということくらいです。
「あそこが……聖域、なんですか?」『なんもないじゃん!』
まんなかに乗るエミルは首をかしげ、その肩の上のシロンは文句をたれました。
「私もよくわかんないけど、シロ、あそこで止まるんだ」『ワン!』
主人のエイルの命令で、シロは原っぱのハゲた大地の直前でブレーキをかけました。
三人はその背から飛び降り、それぞれ原っぱのまわりを見渡してみます。
「なんにもないですねー」『ないねー』
エミルとシロンはおたがいに別の方向をながめながら言いました。
「ねー、もう帰らなーい?」
エイルは早くも飽きてきたようです。
「帰りませんよ! なに言ってるんですか!」
アルティナはくわっとしかりました。
エミルはそれをなだめる意味もこめてたずねます。
「アルティナ様、今回の試練について、なにかごぞんじじゃないんですか?」
「いえ……第三の試練については、まったく伝承も情報もないんです……」
アルティナはうってかわって、沈んだようにうつむいて答えました。
『また、ウオビトみたいなのがでてきたりして』
「さすがに二回続けて、それはないんじゃないかなあ」
できればそうであってほしい、と思いながら、エミルは苦笑いを浮かべました。
「とにかく、いままでの試練から想像してみるしかないですね。最初がツチビトたちの大地の試練、次がウオビトたちの大海の試練、となると、三つめは……」
「大地、海とくれば……のこるは……空……?」
エミルとアルティナは、ハッと答えにたどりつきました。
そしてふたりそろって、真上の高い空を見上げます。
すると……
ピカッ――
「うっ……!」
突然、太陽の光が強くなったように感じて、エミルたちは目を覆いました。
それでも光をさえぎることができず、一行の視界は白く染まっていきます。
やがて、光がやわらいでいき、ゆっくりと目を開けると……
「……あれ?」
見える世界が、一変していました。
なにもない原っぱだったはずの景色が、いつのまにか七色に彩られたお花畑に変わっていたのです。
それに、なにより……
「うわー! なんだこりゃー! エミルー! 見て見てー!」
エイルのやかましい声にうながされ、エミルとシロンがそちらのほうに駆け寄ってみると……
「うひゃあ!?」
そこはなんと、切り立った崖になっており、眼下には……まっしろな雲の海がひろがっていたのでした。
エミルはすぐに理解します。自分たちがいまいる場所は、空に浮かぶ島の上なのだということに。
数秒後、アルティナもびっくりして、しりもちをついてしまいます。
「どうやら、あの場所で太陽を注視することが、この聖域に入るためのカギだったようですね……」
アルティナはバツが悪そうな顔で立ち上がりながら、推測を口にしました。
「……ってことは、ここはホンモノの空島じゃないのか。ちぇ」
エイルはつまらなそうに口をとがらせました。
ここは聖域――ワンダーのチカラによって作られた空間なら、この空に浮かぶ島の景観がまるごと作りものであるということになります。野生児で自然を愛するエイルにとっては、ガッカリでしょう。
『それは誤解だよ。ここはれっきとした、空の上に作られた聖域なんだ。キミたちが見た光は、この場所に転送するためのものなのさ』
すると、よく通る声が聞こえてきました。
続けて、バサッバサッと、大型の鳥が羽ばたくような音も聞こえます。
その主は上空から、一行の目の前に舞いおりてきました。それは、ただの鳥ではありませんでした。
鳥の頭を持ち、背中に翼を生やした人型……鳥人間と呼ばれる種類の魔法生物です。
『僕はソラビト。アストライトの王族さん、キミが来るのを待っていたよ』
緑色の鳥人間はぺこりと頭を下げると、さわやかな口調でそう告げるのでした。
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