第32話 タネあかしと契約
「な……な……なんでアンタ、生きてんのよッ!?」
体をカチンコチンにされたスーリムは、かろうじて動く顔をわなわなさせました。
「俺の魔術で、見えないくらいに極薄の氷のバリアを張っておいた。バリアというよりは、コーティングに近いか。おかげで溺れずにすんだわけだ。氷の属性に適性のあるアルティナ姫だからこそ、使えた手だがな」
クラウスがタネあかしをしました。
「コ……コ……コーティングゥ!?」
スーリムはスットンキョーな声をあげます。呼吸とかどうしてたんだよとかいうツッコミが頭をよぎりましたが、口に出す精神的余裕はありませんでした。
「もっとも、まっとうな精霊魔術であれば、この程度の守りは余裕で破れたはずだ。だが、お前にはできなかった」
「なぜならあなたとプルンディーネは、けっして絆で結ばれたパートナーなどではないからです」
アルティナは、ビシッと言い切りました。
その肩の上では雪の妖精スノーベルが、キッとスーリムをにらんでいます。
さらにエイルが、プルンディーネの首にかかっている、青い体にミスマッチな鉄の輪っかを指差しました。
「だって、ソイツに着いてるトゲつきの首輪、見たことあるもん。たしか着けたやつになんでも言うこと聞かせるってアイテムだろ? 私が知ってるのと、ちょっと形はちがうけど。ねえエミル?」
「うん。わたしもつい最近見た。……あなたはそれで、プルンディーネにムリヤリ魔法を使わせてたんだ!」
魔法生物想いのエミルが、怒りの視線をスーリムにあびせます。
それが的中していると示すように、プルンディーネの大きな瞳にはうるうると涙が浮かんでいました。
「そ……そうよ! プルンディーネは、アタシの言うことなんでも聞くんだからッ! さあ! アイツらをやっちゃいなさい!」
『は……はいい~っ!』
プルンディーネは、ぽろぽろと涙をこぼしながら、イヤイヤ水流を発射してきました。
「《クリスタルシェル》」
クラウスは指輪をはめた右手をかざすと、一行のまわりに水晶のドームを張って、水流を防ぎました。
無召魔術……威力は控えめになるかわりに、パートナーを指輪から呼び出さずお手軽に使える魔術です。
「えっ?」
そのとき、エミルはつい声をもらしました。
この魔法、わたしの知ってるものとよく似てる……そう思ったのです。
「くっ……!」
スーリムはくやしげに歯をかみしめました。
「よし、早く解け! 斬ってやる!」
エイルは腰に差している二本の剣に手をかけ、クラウスに魔術の解除を急かしますが、
「待って、お姉ちゃん」
妹のエミルが、それを制止しました。
「エミルさん、なにを?」
アルティナがふしぎそうにたずねました。
「わたしが彼女の呪縛を、解きます」
エミルは、キリッとした表情で答えました。
世界中の魔法生物をしあわせにする――その信念で、青い瞳は燃えあがっています。
「いいよ、エミル、まかせた」
エイルは臨戦態勢を解き、にっと笑って、妹の意志を尊重しました。
「クラウス先輩、バリアを解いてあげてください」
同じく、エミルを信じることにしたアルティナも、クラウスに魔術の解除をうながしました。
クラウスは目を閉じ、やれやれと言いたげな表情で、水晶のドームを解いたのでした。
そして、エミルはザッザッとブラウンのブーツで地面を踏み、プルンディーネへと歩み寄っていきます。
『あ……』
プルンディーネは、涙目で身じろぎしますが、
「近寄らせるな! 押し流してやれ!」
スーリムが動けない体で、ぎゃーぎゃーと命令を飛ばしてきました。
プルンディーネはまたイヤイヤ、エミルに水流を放ってきます。
「エミルさ……」
「だまって見てろ!」
心配の声をあげるアルティナをエイルが制止し、クラウスもエミルを守るための防御魔術の発動を中断しました。
恐れず前進を続けるエミルは、水流をモロに浴びてしまいます。
「バーカ! ざまあみろ……」
スーリムは勝ち誇ったように舌をベロベロさせますが……
エミルが水流をものともせず前進を続けていたので、おマヌケにも舌を出した状態のまま、おくちあんぐりです。
エミルは全身ずぶぬれ、トレードマークの紺色ベレー帽も流されてしまいましたが、かまわずプルンディーネに歩み寄っていきます。
「ほんとうは、こんなことやりたくないんだよね? あなたの魔法から、伝わってきたよ」
やさしく語りかけてくるエミルの姿に、プルンディーネはハッと目を見張りました。
魔法に大事なのは精神、心、気持ち。イヤイヤ命令に従っていることで、水流もたいした威力を出していなかったのです。だからこそエミルはこうして、無事でいられるのですから。
「なにやってんだ! さっさと……」
「お前も黙れ」
クラウスが右手をかざしてにらみつけると、スーリムの口が凍りつき、声をあげることができなくなってしまいました。
『あ……こないで……』
プルンディーネは身をよじって、じりっと後ずさりました。
「だいじょうぶ。わたしはひどいことなんて、なにもしないよ。ただ、あなたを助けたいの」
エミルは彼女を安心させようと、やわらかくほほえみました。
精霊は、感受性の強い生きものです。プルンディーネは心を落ち着けると、エミルの放つオーラには敵意がいっさいないことを感じ取るのでした。この女の子は、信じられる人間であると。
「首、出して」
エミルにうながされて、プルンディーネは大きな身をかがめ、差し出すように首をかたむけました。
エミルは右手で、そっと首輪に触れます。
「シルヴィア、おねがい」
つぶやくと、薬指の指輪がチカチカとオレンジの光を放ちました。
「《プリディスペル》!」
エミルは声と同時に、首輪をぐっとつかみました。すると、
ぐしゃ。
なんということでしょう。硬そうな素材の首輪が、まるで紙細工のようににぎりつぶされてしまったではないですか。
アルティナとクラウス、そしてスーリムとプルンディーネは、思わず目を丸くします。内何人かは、なんて怪力なんだ、と思ったのかもしれません。
そして壊された首輪はそのまま、エミルにポイと捨てられました。
「……!」
スーリムは凍りついた口のまま、両目が飛び出してしまいそうなほど驚愕していました。
「これでよし!」
エミルはおひさまのような満開の笑顔で、プルンディーネを照らしました。
プルンディーネは、大きな体をぷるぷる震わせ、大きな瞳から涙をあふれさせます。これは、悲しみの涙ではありません。
『う……わあああああん!!!』
隷属からの解放による、歓喜の号泣。涙がまるで噴水のように、廃墟に降り注ぎました。
それは荒涼の大地にうるおいをもたらし、地面のあちこちからぴょこぴょこ芽が出てくるほど。これこそまさに、水の精霊の真のチカラです。
「エミルさん……あんなことまでできるなんて……」
アルティナとクラウスは、驚嘆でぽっかり口を開けていました。
『な、なんて子なの……』
スノーベルもおののくように驚いていました。
「そーだろ。私の妹、すごいだろ」
エイルは誇らしげに笑みを浮かべていました。
生きものに言うことを聞かせる首輪――エミルは数日前の事件のときにかかわったことで、その脅威が痛いほど理解できていました。
なので、打ち破る方法をずっと考えていたのです。悪いものをはらう浄化のチカラを応用すれば、きっとできるはずだと。それをいま、実践してみせたのです。
「ありがとうね、シルヴィア」
こんな離れワザをやってのけることができたのも、指輪の中の"シルヴィア"のおかげ。エミルがお礼のキスをすると、またうれしそうにオレンジ色の強い光を放つのでした。
「これであなたはもう自由。好きにしていいんだよ」
エミルは、おんおんと泣きわめいているプルンディーネの顔を見上げて言いました。泣き声がやかましくて、聞こえているかは疑問だったのですが……
『ぐすっ……ひっくっ……』
ちゃんと聞こえていたらしく、プルンディーネはエミルを見下ろしました。
『わだじ……あなだみだいな……やざじい人と……契約しだい……』
そして、ずずっと鼻水をすすりながら、想いを口にするのでした。
きっと、こんなに気弱で泣き虫な性格だからこそ、スーリムに付け入られてしまったのでしょう。そんな彼女の心はいま、エミルの太陽のようにあたたかで、やさしく自分を受け入れてくれる心を求めているのでした。
エミルは考えることをせず、にまっとした笑顔でこたえ、右手を差し出します。
「もちろん! 大歓迎だよ! これからよろしくね!」
『うん……よろしく……ふええ~ん……』
プルンディーネは大きな手でエミルの右手を包み込むと、またおんおんと泣き出しました。
とくに変化を感じることはありませんが、これにて契約が結ばれ、エミルとプルンディーネはめでたくパートナーとなったのです。
「そうだ、プルンディーネって名前、ステキだけど、あくまで種族名なんだよね。新しい名前、つけてあげなくっちゃ」
エミルはうーんと考えはじめ、そのようすを見下ろしているプルンディーネは目をぱちくりさせます。
「アクア……はダメだから……マリン! たったいまから、あなたの名前はマリン!」
エミルがびしっと指をつきつけると、プルンディーネはきょとんと首をかしげて、
『マリン……わたしの名前……うれしい……ふええええ~ん!』
またも、噴水のような大号泣。ここまで来ると、洪水です。
それを浴びた大地は、みるみるうちに緑にあふれ、色とりどりの花も咲き乱れます。まるで、彼女のしあわせな気持ちをあらわすかのように。
「すっご!」
エイルも、アルティナもスノーベルもクラウスも、ついでにスーリムもびっくり仰天。
なんということでしょう。いまわしき戦争跡の廃墟は、すっかりのどかな原っぱに様変わりしてしまったではないですか。
いくら水の精霊だからって、ひとりでここまでのことはできはしません。これこそが魔法生物と魔法つかいの……プルンディーネあらため――マリンとエミルの絆の証なのです。
「それじゃ、これからよろしくね、マリン!」
『うんっ! ご主人さまっ!』
「ご主人さまはやめて。わたし、主従関係は好きじゃないの。わたしの名前はエミル。そう呼んでほしいな」
『わかった……エミルちゃん!』
「よろしい!」
エミルと涙目のマリンは笑顔を向け合いました。
エミルは、ポケットから取り出した指輪――コネクタリングをかざすと、そこにはまった宝石の中に、アクアは吸いこまれ、収納されました。
その指輪を、右手の小指にはめます。これでエミルの五本の指すべてに、指輪がはまったことになりました。
「ドラゴンに、フェニックスに、水の精霊まで……高位かつ属性も多様な魔法生物たちと、指が埋まるほど契約を結べるなんて……」
アルティナは、エミルの人脈ならぬ魔法生物脈の広さに、ただただおどろくばかりです。
片手の指すべてが契約済みの指輪で埋まるなんて、極星魔法つかいの中にもそうはいません。クラウスも内心では驚嘆していました。
「そーだろ。私の妹、すごいだろ」
ただひとり、実の姉エイルだけが、すべてわかっていると言いたげな得意顔で笑い飛ばすのでした。
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