第30話 影と光
時間は少しさかのぼって、アルティナが謁見の間を出た直後のこと。
王様の前には、一人のカメラマンの女性が、へらへらしたゆるい顔で立っていました。
こげ茶色のミディアムヘアで、やけにレンズの光るメガネをかけており、目が読み取れません。森林迷彩柄のアウトドアジャケットと、年季の入ったジーンズに身を包み、首からは商売道具の写真機を下げていました。
「……影の者の使いよ。さっそくだが、話を聞こう」
王様は頬杖をついたままたずねました。態度からすると、目の前のカメラマンをまったく不審に思っていないようです。
「はいはい。えーと、なにからお話しましょうかねえ……」
カメラマンはポリポリと頭をかきながら、おちゃらけた感じで答えます。王様の前で、およそ許されるような態度じゃありません。不審ではなくても、不遜きわまりないです。
「凶星の魔女、ひいてはその配下の連中の正体について、まずは聞かせてほしい」
「了解しました。魔女が何者なのかについては、ちょーっとわかりませんでしたが、手下についてはお姫さまからの情報提供のおかげで、なんとかつきとめることができましたよ」
「言ってみろ」
カメラマンは大げさにおほん! とひとつ大きなせき払いをすると、真剣に表情を引きしめ、話しはじめます。
「武装魔術を使う大男ドレッド、奏操の魔術を使う緑髪の男……彼らはかつて"エレメタル"と呼ばれる戦闘専門ギルドに所属していたようです」
ギルドとは、同業者の組合のことです。この場合のギルドは戦いを専門とする魔法つかいの集まりということになります。
「知らん名だな」
「ウデはあったようですが、個々の性格面に問題もあったようで、世間での評価もお察し。悪名高いがあまた他ギルドの美名にかき消される程度だったということでしょう。私も、"影の者"も、自発的に調べるまで知りませんでした」
「そんな木っ端連中が、魔女の配下になった経緯は?」
「彼らは約数か月ほど前、ちょっと身の丈に合わない討伐依頼を受けてから、全員行方不明になっているようです。推測ではありますが、そのタイミングで接触があった可能性が非常に高いです。ちょうど、魔女の活動開始時期と重なってますしね」
「メンバー構成はどうなっている?」
「リーダーは"火星のカリンガ"という名の女傑で、戦闘技術だけで言えば極星魔法つかいにも引けを取らなかったとか。まあ、ウワサでしかありませんけど。あとその下に幹部の女性一人、男性が二人、したっぱ十数人といったところです」
「なるほど……幹部の男二人はエイルに倒されたようだから、残りの大きな戦力はそのリーダーと幹部の女、合わせて二人というわけだな」
「そのもう一人の幹部女性は"水星のスーリム"と呼ばれ、こちらも水の精霊と契約している実力者と聞きます。男性たちのほうは、女性組とは天と地ほどの差があったようですねえ、補足情報ですけれど」
「そのスーリムとやらについては、今しがた娘から聞いた。どうやらそいつの手によって、エミル・スターリングが捕らえられてしまったらしい」
「あやや、エミルちゃん、また捕まっちゃったんですか~」
カメラマンは口を覆っておどろきました。
「また?」
「ついこのあいだの事件でも、ちょっと」
「まあいい。他になにか情報はないか?」
「もうしわけありません。これで全部です」
「そうか、残念だ」
「凶星の魔女……思った以上にめちゃくちゃやばいワルモノですよ。正直、お姫さまには今すぐ、試練をやめさせるべきだと思います」
「私もそうしたいと思っていたが、本人が希望しているんだ。それにエイル・スターリングもついているし、心配はいらんだろう。これもまた、試練の一環だと私は思うことにしている」
「ちなみに、個人的興味なんですけど、王様はどうだったんですか? 王族の試練」
カメラマンはニヤニヤしながらたずねました。
「フッ、私にかかれば楽勝……と言いたいところだが、正直、人生で一、二を争うレベルのキツさだったな」
王様は昔をなつかしみながら、しみじみとした苦笑いを浮かべました。
「あやや、それは意外」
「失ったものもあったが、得たものはそれ以上に大きかった。当時はガキで、王族の試練なんてめんどくさいだけのものかと思っていたが、なるほどたしかに必要なものだったと実感できたよ」
「つかぬことをおうかがいしますが、失ったもの……というのはなんでしょうか?」
「グイグイ聞くな。まあ私は寛大だから答えてやる……と言いたいところだが」
「?」
「……思い出せんのだ。なにを失ったのかをな。とても大事なものだった気がするのだが、忘れてしまうなら大したものでもなかったような気がする。どうしたことか……」
王様が頭をかかえて記憶をさらおうとしているいっぽうで、カメラマンもメガネの下でなにか考えているようでした。
王様の記憶力の高さは、国民に広く知れ渡っているところでもあります。なんたっていままでに食べたパンの個数まではっきりとおぼえているのですから。
なのに、人生のビッグイベントであるはずの試練でのことを思い出せないとなると、相当なことだとカメラマンは感じました。もしかしたら、何者かの魔法によるものではないか……そう結論づけたのです。
なんてことないような、試練に関するカメラマンの質問は、その事実をたしかめるためのものであるということを、王様も気づいていました。
「……王様。ひとつおねがいしたいことがあるのですが」
カメラマンはいっそう真剣な面持ちでたずねました。
「言ってみろ」
「王宮地下の"禁書庫"への立ち入りを許可していただきたい」
「なっ……!」
王様は、あまりの衝撃に目を見開きました。
禁書庫というのは、読んで字のごとく禁断の書庫です。王様の許可のない人間の立ち入りが許されない、すごいヒミツが隠された本が山ほど所蔵されているというウワサです。王様本人ですら、実は一度も入ったことがありません。
それほどのヤバい場所なのです。たかだかいちカメラマンが入っていいようなところではありません。というか、カメラマンなんていちばん入っちゃダメな人種でしょう。
「それはならん! 何人たりとも、いかなる理由があっても、国王として許可を出すわけにはいかん!」
「もしかしたら、お姫さまの命にもかかわることかもしれないんですよ?」
「……それでもだ! 私はアルティナを、エイル・スターリングを信じると決めた!」
王様もなにか思い当たることがあるのか、ほんの一瞬たじろぎますが、それでもきっぱりと言い切りました。どうやら禁書庫のヒミツはそれほど大きいようです。
「……わかりました。"影の者"からの情報は以上になります。またなにかわかれば、私のほうからお伝えに来ますよ。それでは」
カメラマンは一礼すると、きびすを返して謁見の間から出ようとします。
「待て」
それを、王様は呼び止めました。
「なにか?」
「……いちいち、そのような格好をする必要はない。いつも通りの振る舞いをすればいいだろう」
「……なにをおっしゃっているのか、わかりませんねー。あいにくと、これが私の普段着なんですよー。それでは、ごきげんうるわしゅう」
カメラマンはへらへらした態度で言うと、今度こそ謁見の間から出ていきました。
王様は玉座にどっかと座り、また頭を抱えて考えこみます。
これまで、たいしたことなんてないと思っていた、失われた記憶のことが、頭から離れなかったためです……
☆ ☆ ☆
ベネット城塞跡――
王都アストリア南西部にある、700年以上前に戦争で使われた、城塞の跡地です。
ここもまた、アステールの恩恵を受けられていない、荒涼の土地でした。学者いわく、戦争による人間たちの怨念が強く残っているからなのだそうです。
その中心部……壊れまくって吹きっさらしとなった廃墟の中で、スーリムとパートナーの【プルンディーネ】、そして水の球体の中に閉じ込められているエミルは、約束の時間を待っていました。
「アンタ、思ったより堂々としてるわねぇ。ひょっとして、さらわれるのはじめてじゃないとか?」
スーリムはぶかぶかの袖に包まれた手でちゅーっとジュースを飲みながら、ぷかぷか浮かぶ球体の中のエミルにたずねました。
「そうだね、これで数日ぶり二回目ってところかな」
エミルはどこか余裕ぶった表情で答えました。声にもまったくぶれがありません。
その態度が気に食わなかったのか、スーリムはジュースの入った紙コップをにぎりつぶします。
「ナッマイキ! ま、いいわ。そーゆークチ聞いてられんのも、いまのうちなんだから。アンタだって、わかってるわよ……ねえ?」
スーリムは小悪魔のような笑みを浮かべて、水の球体をつんとつつき、波紋を起こします。
「……」
エミルの表情がけわしくなりました。まるで、なにか深い覚悟を決めたような。
スーリムはおもむろに懐中時計を取り出して、時間を確認します。
現在、午前11時54分。約束の正午まで、あと6分です。
アルティナ姫はマジメな人間です。来るならそろそろだと、北東の方角へ目をやると……
「……来た」
スーリムは、ニヤリと笑いました。
視線の先には、大きな白いオオカミの姿が。
あれこそはまさに、護衛のエイル・スターリングの騎獣、【ニュードウルフ】のシロ。
その背の上、エイルの後方にまたがっている、金髪ポニーテールの少女は……まぎれもなくアストライト王国第一王女、アルティナ・フォン・アストライト。
運命の時が、いま訪れようとしていました。
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