第29話 元史上最年少極星魔法つかい
凶星の魔女の第三の刺客、水星のスーリムによってエミルがさらわれた悪夢の夜が明けて――
朝早くエイルとアルティナは、シロをすっ飛ばして、あっというまに王都へと戻ってきました。
その足でまっすぐ王宮へと向かい、謁見の間で王様と会談しています。緊急事態だからか、それとも親バカというべきか、今回も王様はすばやく対応してくれたのでした。
「そうか、エミル・スターリングが人質に……」
国王ナッシュは、悩ましげに頭を抱えました。
なくはない、と思っていた展開です。強力な浄化のチカラを持つ彼女の身になにかあっては、国にとっては大きな損失になりえます。なんとかせねば、と思っていると、
「お父さま。約束の正午まで時間がありません。例の件は……"彼"の助力を得るというお話は、どうなっているのでしょうか? エミルさんを助けるには、彼の協力はぜったいに必要なんです!」
アルティナが声を張りあげました。前日の謁見で王様におねがいした、二つのことのうち、ひとつの話をしているようです。
「彼って?」
エイルは首をかしげます。
「ああ……奴は今、王都の近くで任務にあたっているんだが……今すぐ呼び戻す、というのはムリそうだ」
王様たちはエイルを無視して話を進めました。
「では、現在の彼の居場所を教えてください。私が直接協力を要請しに行きます。場合によっては、彼の任務を手伝うのも、やぶさかではありません!」
「なんだと!?」
娘の大胆な発言に、王様はびっくり仰天です。どうあってもエミルを助けたい、そんな思いをこれでもかと感じます。
「おほん! ……ずいぶん、思いきったことを言うではないか。いったい、どこの誰の影響かな?」
王様はニヤリとほほえみ、チラリとエイルに視線を向けますが、本人は、どういうこと? とばかりに目をぱちくりさせていました。
「……まあ、いい。奴が今遂行しているのは、けっこうな規模の闇ギルドの掃討だ。たしかにお前たちが協力すれば早く済むだろう。次の任務まで、時間的余裕もできる。考えがあるというなら、好きにやってみるがいい。国王として、いや父親としていちおう言っておくが、くれぐれもムチャをするなよ」
「ありがとうございます」
アルティナはぺこりと頭を下げました。
そのあと、王様は"彼"のくわしい居場所を教えてくれます。
「ねえ、話がちっとも見えないんだけど……」
エイルがぼやきますが、
「どうせすぐにわかることです! 行きますよ!」
エイルには言葉より行動でしめすほうが早いと学んだアルティナは、彼女の手をひっつかんで、いっしょにさっさと謁見の間から出ていきました。
「……あいつめ、一日単位で成長してやがる。スターリング姉妹……いやさ太陽の子、おそるべしというべきかな」
王様は頬杖をついて苦笑いしながら、どこか楽しげで誇らしげに娘を見送るのでした。
『王様、王様ー!』
すると、アルティナとすれちがいざまに、伝令の【ケンシボタル】が飛んできました。
「何事だ?」
『カメラマンの女性が、ぜひ王様とお話したいとのことです!』
「はあ?? なんだってそんな俗物と話をせにゃならんのだ!? さっさと追い返せ! 私はいそがしいんだ」
王様は、本気であきれたように言い捨て、しっしっと手を振りました。
ケンシボタルはあわてふためきながら、続けて知らせます。
『で、ですが……そうだ、その人、「影の者の使いと言えばわかりますよ~」……とか言ってました!』
「なぬ? そういうことは、先に言わんか。……よかろう、通せ」
王様は、なぜか態度を一変させるのでした。
☆ ☆ ☆
いっぽう、王宮の外に出たエイルたち。
「さあシロちゃん。きっとエミルさんを助け出しましょうね」
アルティナは、エイルが呼び出した大オオカミのシロの顔をなでていました。
シロも『ワン!』と元気よく返事をします。大好きな家族であるエミルと、いっしょに捕まったシロンを助けたいという気持ちは、彼も同じなのです。
「あのさ、いいかげん教えてよ。"彼"ってだれだよ。だんだん気になってきたじゃん」
エイルはいぶかしげな顔でたずねます。エミル救出のため、アルティナの作戦とやらに従う気はありますが、その考えには疑問も多いのです。深く考える気は、ないみたいですけれど。
「ですから、すぐにわかります。ただひとつ言えることは、エミルさんを助けるためには絶対に必要な存在だということです」
「それはさっき聞いたよ」
「大事なことですからね! さあ、急ぎましょう!」
アルティナが答えると、エイルもひとまずは納得した様子。彼女の手を引き、いっしょにシロの背中にまたがるのでした。
そして"彼"とやらが任務におもむいている地、南西にむかって走り出します。
☆ ☆ ☆
「……」
目的地……闇ギルドのアジトがあるとされる地点に着いたアルティナは、あまりのおどろきに目を丸くしていました。
ここは、自然が豊かなアストライト王国において数少ない、草木も生えない荒れ果てた渓谷地帯だったはずです。なので、ならず者たちの隠れ家には最適といえます。
ですが、実際に目の前にひろがっているのは……雪と氷に包まれた、一面の銀世界でした。いまは春ですし……いえ、冬だったとしても、ここまでの環境変化は自然ではありえません。
「あー、そっかあ。彼っていうの、あいつのことかあ」
シロの背中の上で、エイルは合点がいったとばかりにつぶやきました。
「……ええ、その通りです。ここまでのチカラの持ち主とは、思いませんでしたけれど」
アルティナはぞっとしたように目を細めて答えました。
すると視線の先、冷気による白いモヤから、一人の人影が歩いてきます。
ライトブラウンの短い髪、気だるそうなまぶたにするどく光るクリアブルーの瞳、同色のロングコートの下には、ダークグレーのフォーマルなスーツ。
彼の名はクラウス・グレイシス。年齢は17歳。
"絶対零度の氷星"の二つ名を持つ極星魔法つかいの一人で、今年エイルが16歳で認定されるまで、史上最年少マスターウィザードと呼ばれた天才でした。
「やっほー、クラウス」
エイルが手を振ってにこやかにあいさつすると、クラウスはクールな顔をしかめて、本気でイヤそうな表情を浮かべました。
「なんで、お前がここにいる……?」
そして、けわしい声でたずねてきます。心の底から、うんざりしたようなトーンです。
アルティナはシロの背中から降りて、彼に声をかけました。
「彼女は私の護衛……を自称している同行者です。おひさしぶりですね、クラウス"先輩"」
「アルティナ姫……王から、"あなたが俺に用がある"とは聞いていましたが……直接来られたのですか。あいかわらずの行動力ですね」
クラウスの声は、エイルのときとは対照的に、少しやさしくなったように感じられました。
「……それに、まさか、あなたが護衛をつけられるとは。しかもよりにもよって、こんな山ザルなんぞに」
クラウスはちらりとエイルをにらみます。エイルのほうは、悪口を言われたことを気にしてはいないみたいです。……悪口と気づいていないだけかもしれませんけれど。
「私としては、あくまで同行者のつもりです。それより、あなたにどうしても協力してほしいことがあります」
アルティナは、凶星の魔女のこと、それからエミルが人質にとられたことを簡潔に説明しました。
「なるほど、そちらの事情はわかりました。……ですが、俺は協力できません」
「な、なぜですか?」
アルティナがたずねると、クラウスは後方の銀世界をちらりと見ながら答えます。
「あの渓谷のアジトは、オトリでした。本隊がまだどこかに潜んでいる。それを突き止め、つぶすまでは、俺の任務は終わっていない」
「少女ひとりの命がかかっているのです。約束の時間まで、もう時間もありません。それでも協力してはくれないというのですか?」
「もうしわけないが、一人の少女の命より優先すべきことです。奴らを早急につぶさなければ、それよりはるかに多くの命が失われるかもしれない」
「エミルさんを失うことも、この国にとって大きな損失となりえるのですよ?」
「あいにくと、俺は自分の目で見聞きしたものしか信じない。そいつにそこまでのチカラがあるとは、今の俺にはとても思えません」
エイルは、かわいい妹を軽く見たようなクラウスの言葉にカチンときました。シロの背中から飛び降りて、つかつかと彼に詰め寄ります。
「おい、エミルは私の妹だぞ。それでも助けてくれないっての?」
「だったらなおさらだ。そいつも魔法つかいとして旅に出たのなら、相応の覚悟はできているはず。優先順位を下げるのは当然だ」
「なにをー……」
「待ってください」
エイルが食ってかかろうとしたのを、アルティナが制止しました。
それから、クラウスになにかひそひそと耳打ちをします。
すると……彼の目の色が、あきらかに変わっていきました。そして目を閉じ、なにかを考えはじめます。
しばらくすると……
「……わかりました。協力しましょう」
クラウスはこれまでの前言をひるがえして、協力を承諾しました。気だるく冷たかった表情と声も、真剣さを帯びたように感じられます。
いったいどういう心境の変化でしょうか。エイルもシロもびっくりです。
「あ、ありがとうございます!」
アルティナは、ぱあっと顔をあかるくして、ぺこりと頭を下げました。
「ただし……二つほど約束してください。ひとつは、協力するのは人質奪還までということ。もうひとつは、エミルという少女に、俺のことを話さないこと。これが条件です」
「わかりました。それで結構です」
「えー? せっかくだから、試練が終わるか、魔女をやっつけるまでつきあってよ」
エイルがぶーぶー文句をたれますが……
「それはお前一人でやれ。お前と何時間も行動を共にするのはゴメンだ」
「ちぇー」
またふきげんな顔に戻ったクラウスに、エイルはぷーっとくちびるをとがらせるのでした。
めでたく(?)彼の協力が得られたところで、アルティナはぱん! と両手を打ち鳴らします。
「では、これよりエミルさん救出作戦を開始します!」
目指すは、スーリムに指定された、ベネット城塞跡地。
はたして三人は、エミルを助け出すことができるのでしょうか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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