第28話 エミルのピンチ
「……もうっ!」
ねばねばのうっとうしさに耐えかねて、エイルはマントを脱ぎ捨てました。
「プルンディーネ! 恥ずかしがらずに出ておいで!」
水の球状バリアに包まれ、宙にぷかぷか浮いているスーリムは右手の指輪を光らせました。
中から、全身が水でできているような、美しい女性型魔法生物が現れました。その青い体は、ぷるっとぷにっとした、弾力のある質感をしています。
種族名は【プルンディーネ】。スライムの体質を持った水の精霊です。
なるほど、それなら水のボールが粘性を持っているわけだと、エミルとアルティナは納得しました。
さらに精霊という、魔法生物の中でもめずらしい存在をパートナーにしている、あのスーリムという少女のような女性が、やはりこれまでの刺客とはちがうということが、はっきり理解できました。
しかしエミルの目は、プルンディーネの首にかかっている、トゲつきの輪っかにくぎづけになっていました。全体が装飾品もふくめて青いなかで、あれだけがただひとつねずみ色をしているのがおかしいと感じたのです。あれは、もしかしたら……
『ご、ご主人さまあ……どうしても私、出てなくちゃダメですかあ?』
プルンディーネはスーリムのうしろで、おどおどとした様子でたずねました。体は人間よりずっと大きいのに、ずいぶんなこわがりで、恥ずかしがり屋のようです。
「ダメよ。無召魔術じゃ勝負になんない。出てもらわなきゃこまる」
スーリムの表情からは、さっきまで軽さは消え、真剣さを帯びていました。見た目こそ少女なのですが実年齢は成人をとうに超えているので、どこか年季が感じられます。
「《ヴィスコース・メイルシュトローム》!」
スーリムが人差し指を突きつけると、プルンディーネはいやいやながらも、両手から強烈な水流を発射しました。
水流は渦のような螺旋を描き、アルティナたちめがけて一直線に伸びてきます。
「あれ、ぷにっとしてるよ!」
「わかってる!」
警告するエイルと目を合わせることもなく、エミルが前に出て杖を振りました。
「《ドラゴンブレイズ》!」
水流と同じ、螺旋を描く一直線の火炎が、シロンの口から放たれました。
粘性の水流と輝く火炎が空中でぶつかり、爆発を起こします。水蒸気のためか、あたりは白いもやに包まれました。
「《テンタクルスライム》!」
スーリムの次の手。
もやにまぎれ、エミルとアルティナの足もとから、無数の触手状のスライムが伸びてきて……
「「きゃあっ!?」」
その身に絡みつき、捕らえるのでした。
「エミルっ!? どうした!?」
もやに覆われて閉ざされた視界の中、悲鳴をたよりにエイルは妹の名を呼び、探します。やみくもに剣を振ったりはしません。エミルに当たってしまうかもしれませんから。
「問題ありません! ベル!」
アルティナはそんなエイルに呼びかけたあと、スノーベルに指示を出しました。
触手から逃れていた雪の妖精スノーベルは、全身から冷気を解き放ちます。
水分のかたまりである触手状のスライムは、あっというまに凍って砕け、エミルとアルティナも解き放たれました。
「チッ、なにやってるのよ、アイツ……」
スーリムはスノーベルをにらむように見下ろして、舌打ちしました。
さあ、もやが完全に晴れ、今度はお姫さまご一行のターンです。
エミルが呼び出した【ソルフェニックス】のレッディの背に乗ったエイルが、上空に浮かぶスーリムに向かって飛んでいきました!
「フンだ! 生まれたてのヒヨコなんて、こわくないもんね!」
スーリムが右手を振るのに合わせ、プルンディーネが目をつぶったまま、無数の水流を放射状に発射しました。
レッディはなんとかかわそうとしますが……
『キィッ!?』
飛行技術がまだ未熟なためか、あえなく撃ち落されてしまいました。
「ごめんね、ありがと!」
エイルは落下する前に、レッディの背中を蹴ってジャンプ。黄金の大剣でスーリムをぶった斬ろうと、目の前までせまります。
『こ、こないでえっ!』
しかし、プルンディーネは反射的に強烈な水流を発射。空中で無防備なエイルは直撃を受け、ふっとばされるのでした。
「お姉ちゃんっ!」
撃墜されたレッディを指輪に戻したエミルは、落下したエイルを見送って叫びました。
「チャーンス!」
スーリムがニヤリと笑うと、プルンディーネの全身から放たれた触手状のスライムが、エミルに向かって伸びてきます!
「エミルさんっ!」
そこにアルティナが、スノーベルと合体した氷の剣を振るい、吹雪を起こしました。これならば、また触手を凍らせることができるはずなのですが……
なんと、触手は吹雪をものともせず、その勢いを弱めることすらありませんでした。
パートナーを呼び出さなくても使えるお手軽な無召魔術とちがい、今回は正式な指揮魔術によるものなので、威力が増しているせいかもしれません。
……が、ほんとうの原因はほかにあることを、いまこのときのアルティナは、気づいていませんでした。
「シロン!」
『オーライ!』
目の前にピンチがせまっても、エミルはひるみません。シロンとの指揮魔術で触手を防ごうと、杖を構えます。
そのとき、さらにニヤリとスーリムが悪い笑みを浮かべました。
次の瞬間――触手状のスライムたちが、まるでヘビをかたどったように変形したのです!
「!?」
ほんの一瞬、エミルの頭がまっしろになりました。
シロンに出会うより以前の幼いころ、毒ヘビにかまれて生死の境をさまよったトラウマがよみがえったのです。
それでもエミルは、修行や旅でつちかわれた精神力で、なんとか持ち直したのですが……手おくれでした。
「あっ……!」
気づいたときには無数の触手が全身にまとわりつき、それらはあっというまに水の球体に変形して、エミルを閉じ込めてしまったのです。これではもう、冷気だって通用しません。
「……!」
エミルは脱出しようともがきますが、球体の中は水中と同じ環境。やがて呼吸ができずに窒息し、気を失ってしまいました。
「エミルさんっ!」
アルティナの悲痛な叫びが響きます。
そこに――ふっとばされていたエイルが、流れ星のような速度ですっとんできました。水の球体に捕らわれた、妹を助け出すために。
しかしすんでのところで、水の球体はエミルごと、空中にとどまるスーリムのもとまですうーっと移動。エイルの剣は空振ってしまいました。
エイルは上空をにらみつけ、ふたたび地面を踏みこみますが……
「ストップよ、剣星ちゃん! ちょっとでもヘンなコトしたら、このコを溺れ殺しちゃうからね!」
スーリムはまたあせりの表情を見せながらも、なんとエミルの命を盾にしてきました。
水の球体の中のエミルは、窒息してはいるものの、魔法で生命維持はされているようでした。まさにスーリムの意志ひとつで、生きるも死ぬも、一瞬で自由にできるでしょう。
「……!」
エイルはくやしげに歯をかみしめながら、手足を止めました。
さすがに最愛の妹を人質に取られてしまえば、どうすることもできないのです。自由奔放なエイルにとって、ただひとつ絶対のルールが、エミルを守ることなのですから。
「ナイショにしてた、もうひとつの目的たっせ~い! お姫サマ、剣星ちゃん、このコを返してほしければ、明日の正午、"ベネット城塞跡"に来なさい! ケーサツには知らせちゃダメよん。これ、一度言ってみたかったのよね! バ~イ!」
完全に優位に立ったことで余裕を得て、元の軽いテンションに戻ったスーリムと、パートナーのプルンディーネは、渦巻く水とともに姿を消しました。ウオビトが使っていたものと同じ、瞬間移動の魔法のようです。
そしてもちろん、エミルを捕らえていた水の球体も、いっしょに消えてしまったのでした。
「……!」
エイルは黄金の大剣を、元の剣の精霊エクシリアと二本の剣に戻し、地面に落ちたマントを羽織りなおし、歩き出そうとします。
「ど……どこに行くつもりですか?」
アルティナがたずねました。もっとも、その答えはわかりきっていましたけれど。
「あいつらを追う。エミルを助けに行く」
ほらね。
「それはダメです! ワナに決まっているじゃないですか!」
アルティナはエイルの肩をつかんでうったえました。
エイルはなにも言い返さず、前進を続けようとします。しかし……
「……私に、考えがあります。かならず、妹さんをお助けすると約束いたします。ですから……今回だけでもかまいません、ここは、私のことを信じていただけませんか?」
アルティナは、真剣なまなざしと声で言いました。
するとエイルはぴたりと足を止めて、振り向きます。
「わかった、いいよ」
「え?」
アルティナはあっけにとられました。
てっきり、エイルは最愛の妹を人質にとられて、冷静さを失っているものだと思っていましたから。あっさり止まってくれたので、おどろいているのです。
「なんか、作戦があるんだよね? だったら私も、それに乗るよ。そっちのほうが、エミルが助かるんでしょ?」
「え、ええ……ですが、いいのですか?」
「いいって、なにが?」
「エミルさんは、あなたにとって、いちばん大切な存在なのですよね? その割には、ずいぶん冷静だなあって……」
びっくりしすぎて、アルティナはつい思ったままのことを口にしてしまいました。
その質問に対して、エイルは真顔のまま答えます。
「たいせつだよ。でもね、あの子はもうそこまでして守ってあげる必要なんて、ないから」
「どういうこと、ですか?」
「昔の私なら、たしかになにがなんでもエミルを助け出そうとしただろうね。でもこないだ、ひさしぶりに再会したとき、おどろいたんだ。エミルは私が思ってるよりずうっと、強くたくましくなってたんだって」
「……」
アルティナは、だまって聞いていました。
「もちろん、あの子が困ってたら、いつでもどこでも助けに行くよ。けどね、もうなにがなんでもっていう必要はなくなってたんだよ。ある程度のことなら、いまのあの子は自力でどうにかできる。いまもまさにそうだ。だから私も、あせったりなんてしてないよ」
「エイルさん……」
自分は、スターリング姉妹の絆を見誤っていたのかもしれない、と思い直しました。
ただ守り、守られるだけが信頼の形ではないと、あらためて思い知らされたのです。
だからこそ、より強く思いました。かならずエミルを助け出し、このなかよし姉妹をまた引き合わせようと!
「……わかりました。私たちできっと、エミルさんをとりもどしましょう!」
アルティナは覚悟を決めたりりしいほほえみを浮かべ、エイルに右手を差し出しました。
「うん!」
エイルも満面の笑顔で、ぎゅっとその手をにぎり、握手を交わします。
その様子を、エクシリアはうれしそうに、スノーベルはどこかけわしい顔で見守っていました。
突然の緊急事態の中、青く輝く月の光が、夜の闇を切り開くように、あたりをあかるく照らし出していました……
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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