第27話 水星のスーリム
ウオビトの湖を出たお姫さまご一行は、次なる試練の地、王都の西に向かっていました。
その途中、おひさまとお月さまがバトンタッチしたので、近くの水場で野営を張ることになりました。
『なんだか、たびのはじめのひをおもいだすね!』
「うん、そうだね」
エミルはカレーの鍋をかき混ぜながら、シロンといっしょに過去をなつかしんでいました。
姉のエイルを追いかけて旅をはじめた初日も、こうして野営地でカレーを使っていたものです。そして、いまはこの場にいない、大切な人との運命的な出会いを果たしたのでした。
「エミルー、ごはんまだー?」
イスがわりの岩の上では、くいしんぼうのエイルが待ちきれないとばかりに、スプーンでカンカンとお皿を鳴らしていました。
「サボっていないで、あなたも少しは手伝ってください!」『そうよそうよ!』
ごはん炊きをしているアルティナとスノーベルが、そろって文句を言いました。
「えー? だって、薪運んだりしたじゃん。私の仕事は終わったよ」
「だからといって、みんなが作業しているのに、ひとりだけなにもしていないのは、もうしわけないと思わないのですか?」
「いいんです、アルティナ様。お姉ちゃんの好きにさせてあげてください」
エミルが苦笑いしながら、アルティナをなだめます。
「エミルさん、前々から思っていたのですが、あなた、お姉さんに対して少し甘すぎるのではありませんか?」
「そうかもしれません。わたし、お姉ちゃんのこと大好きだから」
エミルはあっさりきっぱりはっきりと言いました。あまりの思い切りのよさに、アルティナもこれ以上なにか言う気はなくなってしまったみたいです。
「それに、お姉ちゃんに料理を手伝わせるのは、ダメです。妹としてのアドバイス」
エミルはさらに、アルティナに耳打ちしました。
ああ、それはなんとなくわかる気がすると、アルティナは完全に言う気が失せました。たしかにこの野生児に、料理なんて人間らしい営みができるなんて、とても思えません。
そしてカレーは完成し、お姫さまご一行はたき火を囲んで、夕食の時間を楽しみました。
「はー! 食べた食べた! ごちそうさまー!」『ごちそうさまー!』
エイルとシロンはぽっこりふくらんだおなかをぽんぽんとたたいて、ご満悦の表情を浮かべました。
「ほんとうに、よく食べる人ですね……」
アルティナは完全にカラッポになったカレー鍋をながめながら、あきれたように言いました。
『まったく……』
雪の妖精スノーベルも、両手に腰を当ててふきげんそうな顔をしています。
すると、ちらりとなにかを確認するように、横目を向けました。
『どうしたの? ベル?』
満腹状態のシロンがたずねます。
『なんでもないわよ。それに、なれなれしくベル、なんて呼ばないでくれる? おチビさん』
スノーベルは高慢ちきな顔で言い捨てました。
『むきー! ベルのほうがチビじゃん!』
シロンは起き上がり、ムキになって反論します。
『またベルって呼んだわねおチビ! 私をそう呼んでいいのは、アルティナだけなのよっ!』
『そっちこそ、チビってよぶなっ! シロンには、エミルがつけてくれたシロンってなまえがあるのっ!』
『『むむ~!』』
二体は一触即発。視線でバチバチと火花を散らしあっていました。
「ベル、やめなさい!」
「シロンも、落ちついて」
アルティナとエミルが、それぞれのパートナーをなだめます。
「いいじゃん、やれやれ~!」
エイルは他人事なのをいいことに、ぱんぱん手拍子を打ってあおっていました。食後のちょうどいい余興とでも思っているんでしょう。
「いいじゃん、やれやれ~!」
あおる声と手拍子がまだまだ響きます。
「あなた、いい加減に……」
エイルにイラッときたアルティナが振り向くと、気がつきました。
いまの声と手拍子は、彼女のものではないということに。
それは、スターリング姉妹も同じでした。
三人揃って、声のしたほうを振り向くと、
「やほ~! お姫サマさんたち~!」
水色のくるっとしたミディアムヘアと、同色の身の丈に合わないぶかぶかローブを着た少女……のような風貌の女性が、岩の上に座っていました。
いつの間に――エミルとアルティナはおどろきました。
「おはつ~。アタシは凶星の魔女さまのちゅーじつなしもべ、スーリムだよん。よろしくね~」
スーリムはぶかぶかの袖をふりふりしながら、軽い、一見友好的な感じであいさつしてきました。
しかし――エイルは魔女の名前を聞くやいなや、瞬時に腰の二本の剣を引き抜き、スーリムに斬りかかっていきました!
ザパーン!
「!」
エイルは目を見張ります。
スーリムの胴体を狙ったはずの右の剣は、彼女を包むように現れた水の球形バリアに阻まれ、止まっていました。
「あっぶ! ホンット容赦ないんだなぁ、極星魔法つかいちゃん」
スーリムもまた、びくっとした表情でおどろいていました。冷や汗も流れており、本気であせっていたことが見て取れます。
剣が通らないと踏んだエイルはすばやく飛びすさり、距離を取ります。
同時にエミルは杖を、アルティナは剣を取り、臨戦態勢に入りました。
「……いちおう、おたずねしましょうか。あなたの目的はなんですか?」
アルティナは両手で剣を構え、たずねます。
「そだねー、ふたつあるよ。ひとつはお姫サマを抹殺するか、最悪足止めするコト」
生意気で無邪気な顔でぶっそうなことを言うスーリムに、エミルとアルティナはぐっと口を結びました。
「もひとつはー、うーん、すぐわかることだけど……ま、ヒミツにしとこうかな!」
スーリムは短い脚を組んで、ぱちんとウインク。
まるで挑発に乗ったように、エイルは再度襲いかかりました。今度は指輪から呼び出したエクシリアを剣と合体させた、黄金の大剣を両手ににぎって。
「ちょっ……それはやばいって!」
いっそうあせったスーリムは、自分を包んでいる水のバリアを浮かせ、後方に下がって剣をよけます。そしてそのまま、宙にぷかぷか浮かんだ状態になりました。まるで、水槽の中の人魚のようです。
しかし、エイルの攻撃はそれで終わらず、大ジャンプ。そして二撃目をくりだそうと、剣を振り上げました!
「ああ、もうっ!」
スーリムはイラついた声をあげ、右手をブンと振り下ろしました。
すると水のバリアが彼女の体から離れ、剣を振り上げたエイルに向けて放たれます。
「ぷわ!?」
水のボールとなったバリアをぶつけられ、エイルはまぬけな声を上げて、いっしょに地面にたたきつけられました。
水のボールは落下の衝撃で弾け飛び、エイルの体はずぶぬれになってしまいます。
「……ったく、聞いてた以上にやばいヤツね、アンタ!」
スーリムは新たな水のバリアを展開し、宙にぷかぷかしたまま一行を見下ろしてきます。けれどその口調からは、完全に余裕の色が消えていました。
「う~……ねばねばする……」
ずぶぬれエイルはおきあがって、うざったそうに体をよじります。
どうも水のバリアは、粘性を持っていたようです。これもきっと、彼女のパートナーである魔法生物の能力なのでしょう。
(お姉ちゃんの攻撃をしのぐなんて……いままでの刺客とはちがう!)
エミルがぎゅっと表情をけわしくして、警戒を強めました。
スーリムはあせりの表情こそ見せてはいますが、その水色の目は勝利を確信している……ドレッドやフーガのような過信ではけっしてない、絶対の自信が秘められていました。
エミルとアルティナは、それにほんの少しの不安を感じながらも、決死の覚悟で戦いにのぞむのでした。
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