第26話 大海のごとき広き心
『見事だ! 王女とその従者たちよ!』
さわやかな声と水しぶきの音とともに、天井の空洞から、リーダー格のマグロのウオビトと仲間たちがシュタタっと降りてきました。
案の定、アルティナはびくっとしました。エミルもおどろきのあまり、従者じゃないんだけどな、というツッコミを忘れてしまうほど。やっぱり彼らの見た目のインパクトには、なかなか慣れないのです。
「あ……宝物というのは、これですよね……? どうぞ、お納めください……」
アルティナはおそるおそる、彼らに宝物たる、ウオビトのたまごを差し出すのでした。
『おお! ありがとうっ!』
マグロ頭のウオビトはさわやかにたまごを受け取りました。
そのとき、彼の体がまるでスライムのように、ぐにゃぐにゃと変形をはじめました。うしろにいる仲間たちも、同じように。
「ええっ⁉︎」
これにはアルティナとエミルはもちろん、さすがのエイルもギョッとしました。
すると……なんということでしょう。
ムキムキの体にサカナがまるごと一匹突き刺さった、ギャグ全開の見た目だったウオビトの姿が……整った目鼻立ちの、さわやかな美形男子たちに大変身したではありませんか。
体もボディビルダーから、逆三角形のスイマー体型にシェイプアップしています。頭のてっぺんと両手足からは、魚人のトレードマークであるヒレも生えていました。
「……!」
お姫さまご一行は、びっくりを通り越しておくちあんぐり。言葉を失うほかありませんでした。
『これか俺たちの真の姿だ。隠していてすまなかった!』
口調とさわやかキャラは変わらないのか、とエミルは心の中でツッコミます。
「あ、あの……つかぬことをうかがいますが、なぜ、あのようなふざけ……ユーモラスな姿に?」
アルティナは慎重に言葉を選びながら、抱かずにはいられない疑問を口にしました。
『それはもちろん、試練のためだ』
「試練……ですか?」
アルティナも、エミルも首をかしげます。
わざわざあんなギャグみたいな姿に化けることと、試練に因果関係なんてとても感じられないからです。
『俺たちの試練は、"大海の試練"。大海のごとき広い心を持つかどうかを試すものだ。あらゆる理不尽な存在、状況と相対しても、受け入れる器量があるかどうかをな』
「あ……」
アルティナとエミルは、合点がいったようにハッとしました。
やけに気持ち悪さを強調したワンダーやトラップ、きわめつけは巨大ウツボの体内探検です。たしかに、ものごとを広く受け入れられる心がなければ、到底クリアはできないものだったでしょう。
……試すならほかにいくらでもやりようがあった、と思わなくもありませんけれど。
そしてウオビトのリーダーは、巨大なイクラのようなたまごをかかげながら続けます。
『俺たちのたまごは、決まって王族の試練の時に産まれる。だから、それを王族に探させることこそが試練だと、俺たちは受け取ったのさ。これこそが、アステールのおぼしめしだとね』
アステール……王宮の中心に安置されている、莫大な生命力を宿す隕石。それはアストライト王国の大地に豊かな恵みをもたらし、このウオビトの湖も例外ではなく恩恵を受けているはずです。
王族の試練の時に、王宮のアステールが呼応して、タイミングよくウオビトの湖に新たなたまごが産まれる……突飛には思えますが、まったくなくはない話でした。
『ともかく。これにて試練は終わりだ。俺たちの証を、その身に刻んでくれ!』
元マグロ頭のウオビトが人差し指をつきつけると、アルティナの右手の甲が光りだします。
確認すると、青い水のしずくの形の紋章が浮かび上がってきました。紋章はすぐに消えてしまいますが、たしかに彼女の中に刻みこまれました。
そしてウオビトたちは、いっせいにひざまずきます。この流れも、イシビトたちのときと同じです。
『俺たちは、今より君の盟友となった。呼べば必ず君の、この国の助けになることを誓おう』
「あ、ありがとうございます……」
アルティナはとまどいぎみにお礼を言いました。ウオビトたちの変化のギャップに、まだついていけていないのです。大海のごとき広き心は、大きく波打っていました。
『じゃあ、俺たちはこれにて。また水中散歩がしたければ、いつでも遊びに来てくれ! さらばだ!』
ウオビトたちはビシッとさわやかな別れのあいさつを残して、いっせいに湖に飛び込み、その姿を消しました。
お姫さまご一行は、ぽかーんとした顔のまま、彼らを見送ったのでした。
「……変身する前のほうが、おいしそうだったのに」
エイルお姉ちゃんは、ふきげんそうにほっぺをふくらませました。あいかわらずの平常運転です。
『う~! ザンネン! こうなったら、ホンモノのおサカナたべてかえろうよ! またちかくのまちとかで!』
シロンも不満そうな顔で、翼をぱたぱたさせながら提案しますが……
「いいえ。町や村にはもう立ち寄りません。またゆうべのようになってしまってはいけませんから」
アルティナの言う通り、昨夜は魔女の刺客フーガによって、立ち寄った村にまるごとあやつりの術をかけられたのです。
魔女がアルティナの命をなりふりかまわず狙っている以上、多くの人がいる場所に近寄るのはさけるべきだと、エミルも同意していました。
それにアルティナは、いっこくも早く試練を終えなければならない、と考えているので、このまま次の試練に直行するのがベストなのです。
「じゃあ、野宿だね」
それでも、もちろん休息は必要です。エイルがぽつりとつぶやくと、
『えー! やーよっ! 野宿なんて!』
アルティナの指輪から、雪の妖精スノーベルが出てきて、ぷりぷり文句をつけました。
「しかたないですよ、ベル。もう国民を巻き込まないためにも、宿をとるわけにはいかないんです」
アルティナは相棒をなだめます。どうやら野宿をはさみながら、このまま次の試練の場所まで直行という方向で決まりのようです。
「でも……その前に、いまここでちょっとだけ休みませんか? わたし、正直もうくたくたです」
エミルは草むらのうえにへたりこんで、休憩をすすめました。
大海の試練で心も体も疲れ果てていて、おまけにトラウマに耐えてウツボの体内にまで飛びこんだのです。エミルは正直、しばらくはなにもする気が起きませんでした。
「それに、ほら」
続けて、広大な湖を指差します。
聖域の湖は海のように広く広くひろがっており、沈みかける太陽に照らされていました。その光景のなんと美しいことでしょう。
「この景色を、目に焼きつけておきたいですし」
エミルが目を細めて言うと、エイルとシロンも、アルティナとスノーベルもつられてほほえみ、その提案を受け入れるのでした。
一行は聖域内でしばしの休息をとったあと、次なる試練の地を目指します……
☆ ☆ ☆
いっぽうそのころ、凶星の魔女のアジトの異空間にて。
急きょ呼び出しを受けたスーリムが、玉座の前でひざまづいていました。
「あのー、どうかなさったんですか? こっちはまだ、準備の最中なんですけどぉ?」
「……計画の変更を、大幅に余儀なくされた。あの姉妹め、ことごとくこちらの予想を超えてくれる……」
玉座の上の魔女は、いまいましげにひじかけに赤い爪を突き立てました。
「アルティナ姫め……前回の一件で自暴自棄になるかと思いきや、ここまで迅速かつ冷静な対応を取るとは……これもまた、あの姉妹の影響のようだ……」
「それも、"目"からの情報ですかぁ?」
「そういうことだ。そして今しがた、新たな報告を受けた。スーリム、お前にはこれから言う地点へ向かってもらう」
「それって、まさか……」
スーリムは緊張ぎみの苦笑いを浮かべました。
「そうだ。奴らと戦え」
魔女の次なる刺客が、お姫さまご一行にせまろうとしていました……
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