第25話 だいじなもの
「うわーっ! でっかいイクラ! おいしそーっ!」
「ダメです! ウオビトのたまごは、貴重だそうですから!」
アルティナは、よだれをたらしてお宝にせまるエイルをはがいじめにしました。
そう――お宝の正体とは、ウオビトのたまごのことでした。それはエイルの言う通り、見た目は完全に直径50センチはある、大きなイクラです。
ウオビトはオスしかいない性質上、その繁殖方法は特殊。こうしてあらゆる魔法生物の栄養が集まる巨大ウツボの体内に、特定の時期に産まれるのだそうです。
そういうわけで、彼らの言うお宝とは、新たな命のことだった……というわけなのでした。たしかに、これ以上ない宝物といえると、納得できるものです。
あのウオビトたちのことなので、ヘンなものじゃなくてよかったと、アルティナは心の底からホッとしていました。
「……それにしても……そんなに貴重なものを探すことを、どうして試練の課題にしたのかしら……」
アルティナはいぶかしむようにたまごを見下ろしながら、つぶやきました。
「どうでもいいじゃん。さっさとこれ、持って帰ろう。エミルだってきっと、待ちくたびれてるよ」
「……それも、そうですね」
エイルはウオビトのたまごを小脇に抱えて、もと来た道を戻ろうときびすを返すと……
ゴゴゴゴゴ……
轟音とともに、強い揺れを感じました。
ピンクの壁の脈動も早く大きくなっており、この巨大ウツボが動き出そうとしているのだと、ふたりはすぐに理解できました。
外のようすがわからないのでなんともいえませんが、早く脱出しないと、ろくなことにならないのはまちがいないでしょう。最悪の場合、消化されてしまうかもしれません。
「あっ!」
アルティナはぐらりと体勢を崩しました。この揺れの中、人間の足ではうまく走れそうにはありません。こうなったら、ワンダーのチカラを借りるべきです。
空中を駆けることができる【アイスペガサス】に騎乗すれば、脱出はできるでしょう。でも問題は、ペガサスは一人乗り、というところです。エイルをいっしょに乗せることはできません。
巨大ウツボの体内は、道幅も天井の高さもわずか3メートル前後といったところ。エイルの騎獣である白オオカミのシロは3メートル近い大きさがあるので、まともに走れそうにありません。
するとエイルが、持っていたウオビトのたまごをアルティナにあずけて、言いました。
「ひとりで行け、お姫さま! 私は、だいじょうぶ!」
「だいじょうぶって……そんなはず、ないでしょう!」
アルティナの言う通り、体力自慢のエイルですら、転ばないように足をふんばるのが精いっぱいといったようすです。
しかしエイルは、なおも不敵に笑って、言いました。
「そんなはず、なくないって。……だって、むかえが来たから」
「え?」
すると、アルティナの耳に、ドドッ、ドドッと、足音のようなものが聞こえてきました。
これは、四足歩行の生きものの足音です。気配を断つことを捨て、速く走ることのみに意識を集中している感じの。
その音は、入口の方向から迫ってきます。アルティナが、そちらに目を向けると……
「お姉ちゃーん!」
あかるい少女の声……エミルの声が聞こえてきたのです。
「エミルさん⁉︎」
アルティナはおどろきました。
どうやら聞きまちかいではないようです。信じられません、あのヘビにトラウマを抱いていたエミルが、自分からウツボの体内に入ってくるなんて。
しだいに、その姿も近づいて、はっきりしてきます。
エミルは、灰色のオオカミに乗って、こちらへやってきていました。
大きさは1メートルほど。せいぜい子どもが二人乗れる程度の背中の広さでした。
エミルを乗せたオオカミは、エイルとアルティナの目の前で、ブレーキをかけて停止しました。
「ウツボがきゅうに動き出したから、なにかあったのかと思って飛びこんでみたの!」
エミルは汗をかきながら、晴れやかな表情で言いました。
「飛びこんだって……怖くはなかったのですか?」
アルティナは目を丸くしてたずねました。
「こわかったです。……でもそれ以上に、そうしなきゃって、思ったんです!」
そう力強く宣言したエミルの体は、勇ましい表情とは裏腹に、震えていました。それは、ウツボの体内の振動が原因ではないことは、あきらかでした。
――この子はトラウマをおしてまで、私とお姉さんを助けるために飛びこんできてくれたのか。……なんて勇気の持ち主なんだろう。
アルティナは感心、感激すると同時に、負けじとキリッと表情を引き締めました。指輪からアイスペガサスを呼び出し、姉妹に命じます。
「エイルさんは、エミルさんといっしょに! すみやかにこの場を脱出します!」
「「オーライ!」」
姉妹は笑顔でうなずきました。
エイルはオオカミに乗るエミルの後ろにまたがり、アルティナはさっそうとペガサスに飛び乗ります。
「はっ!」
そして手綱を鳴らすと同時に、二体は駆け出しました。
目指すは出口にして入口、巨大ウツボの口です。姉妹を乗せたオオカミは、振動をものともせず地を駆け、アルティナを乗せたペガサスは、振動のおよばない天を翔けるのでした。
やがて、出口の光が見え、二体は全速力で、そこから外に飛び出しました!
「いやっほーう!」
エミルのうしろで、エイルが元気いっぱいの歓声をあげました。
巨大ウツボの体は垂直に伸びており、一行は空中に飛び出す形になっていました。
姉妹を乗せたオオカミは高所からスタッと着地、アルティナを乗せたペガサスも優雅に舞いおりました。
そして巨大ウツボは、天井に見える空気の膜から、湖の中へと消えていきました。あと数秒脱出が遅れていれば、一行も体内から回遊を楽しむハメになっていたことでしょう。
「いやー、あぶなかった! ありがとうね、エミル!」
エイルは満面の笑顔で、ぽんぽんぽんとベレー帽の上から、妹の頭をたたきました。
「えへへ……どういたしまして。あなたのおかげだよ、グレイ」
エミルは、騎乗しているオオカミの顔をなでました。灰色のオオカミ――グレイはまんざらでもなさそうな顔で、クールに目を伏せます。
「その子がグレイなのですね。話に聞いていた以上に雄々しくて、驚きました」
アルティナからの称賛を受けて、グレイは少しとくいげに口角を上げたように見えました。
「そうだ、宝物は見つけたの?」
エミルが思い出したようにたずねると、
「ええ、ほら!」
アルティナは、大事に抱えていたウオビトのたまごを、誇らしげに見せました。
『うわーっ! でっかいイクラ! おいしそーっ!』
エミルの肩の上のシロンが、エイルとまったく同じリアクションをしました。よだれもだらだら、すぐにでも食いついてしまいそうないきおいです。
「こら、シロン! 気持ちはわかるけど、ウオビトにとっては、大事なたまごなんだよ!」
同じくいしんぼうでも、エミルのほうは食欲を自制できているらしく、シロンをきっちりしかるのでした。
そんな姉妹のやりとりを見て、アルティナはまたくすくすと笑います。
「エミルさん。あなたはとても勇気のある方なのですね」
そして、みずから苦手なヘビ(ウツボですけど)の体内に飛び込んできてくれたエミルを、また称賛するのでした。
「えへへ……わたしも怖がってばっかりじゃいられないって思ったんです。……彼みたいに!」
エミルはにいっと笑って、左手の薬指にはまった指輪を見せつけました。
もちろん、アルティナにも話してあります。――これは、今は離ればなれになっているエミルの恋人から、贈られたものだということを。
その恋人はたよりないように見えるけれど、いつも大事な場面では、びっくりするほどの勇気を出せる人なんだということを。
「……それは、すてきなことですね」
アルティナは目を細めて、いつくしむようにほほみました。
『シロンのいったとおりだったでしょ。エミルはかんじんなときに、みんなのやくにたてるって!』
シロンは、肩の上からひょっこりと、エミルの顔をのぞきこんで言いました。
エミルはそんなかわいい相棒に向けて、にまっと目を細めると、
「うんっ!」
と、満開の笑顔を咲かせるのでした。
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