第24話 トラウマと好き嫌い
姉妹とアルティナは、打ち負かしたウオビトたちから得た情報をたよりに、水中遺跡を下へ下へと降り進んでいきました。
しかし、進むべき道は見えたものの、その道中は困難をきわめるものでした。
まず、理不尽なトラップのオンパレード。
歩けばつまずく草結びならぬワカメ結びや、トラバサミのような二枚貝、素手で触らないと作動しないくせにぬるぬるやカビやコケまみれのスイッチ、前触れなく通路をゴロゴロと転がってくる巨大なグソクムシ、宝箱に寄生するヤドカリ……姉妹はともかく、高貴な生まれのアルティナは、体力と精神力をごっそり削られました。
また、進むほど、遭遇する魔法生物たちのバリエーションも豊富になっていきました。
多種多様でカラフルなうねうねした触手を持つものや、グロテスクな深海魚型でしかも飛行するもの、見た目は天使のように愛らしいのに攻撃時は悪魔以上におぞましい姿に変貌するもの、そのほかとても思い出したくないような、とにかく少女にはオススメできないワンダーたちばかり。姉妹はともかく、高貴な生まれのアルティナは、体力と精神力をごっそり削られました。
さらに、そういった存在との戦闘になれば、潔癖がちなエクシリアやスノーベルはなかなかチカラを貸してくれません。シロンをはじめ、気持ち悪さなんて気にしないパートナーたちを持つエミルがいなければ、どうなっていたことやら。
それでも、一行は襲ってきたワンダーたちの命まではとりませんでした。これはあくまで王族の試練、アルティナを試すためのものでもありますし、仮にも聖域と呼ばれる場所に暮らすものたちですから。
敵とみるや即斬りかかるエイルも、かわいい妹にならって、そういうことはしませんでした。ふだん手加減を知らない彼女にとっては、いい修行になったことでしょう。
そしてついに一行は、遺跡最深部の大きな扉の前にたどりつきました。この部屋こそが、ウオビトから聞いていた宝のありかです。
取っ手をつかもうとしているアルティナの手は、震えていました。これは単に、肉体と精神の疲労によるものだけでは、ありません。
エミルとシロンも、緊張の面持ちでぐっと口を引き結んでいます。ただひとり平常運転なのは、体力オバケでマイペースなエイルだけです。
「ほら、さっさと開ける開ける!」
煮え切らないアルティナにしびれを切らして、エイルが彼女を押しのけ、取っ手をぎゅっとつかみました。
「もう、この人は……!」
アルティナはあきれて肩をすくめますが、
「まあまあ、お姉ちゃんはそういう人ですから」『そうそう!』
エミルとシロンが、いつも通りそうなだめるのでした。
ゴゴオン……
重い音とともに開け放たれた扉の先には、うす暗い円形の大きな部屋がひろがっていました。ドーム状になっている天井のてっぺんには、空気の膜によってへだてられた湖の景色が見えます。
「ひい!」
広間に入ったとたんアルティナは、悲鳴をあげてのけぞりました。
エミルとシロンも、目を大きく見開いておののいています。なぜなら……
「うわっ、ホントにでっかいなあ」
広間の中央に、全長数百メートルはあろうかという大ウツボが、とぐろを巻いてどっしりと鎮座していたからです。
大きな目玉はギョロっと血走っているし、巨体はぬめぬめうねうねとうごめいているしで、全身が総毛立ちするほどのおぞましさです。さらに、極めつけは……
「はい、それじゃおくち開けてー」
エイルはまるで歯医者さんのような口調で、ウツボに語りかけました。
そう、ウオビトの言うお宝とは、なんとこの巨大ウツボの体の中にあるというのです。生きものの体内を探検するなんて、想像するだけでぞっとします。冒険好きのエイルは、わくわくしているようですが。
「た……食べられたりはしませんよね?」
アルティナは震えながら自分の体を抱きしめてたずねました。
「ぱっと見つけて、ぱっと出てくれば平気だよ、行くぞ!」
気にせずエイルは、大きなおくちをぱっくり開けた巨大ウツボの体内に、堂々と進入していきました。
どうやらこのウツボも王族の試練というものを理解しているらしく、まるでみずから中に招き入れてくれているようでした。
『……このまま、あのコにぜんぶまかせちゃえばいいんじゃない?』
指輪の中から、スノーベルがそうささやきかけてきます。気持ち悪いワンダーの相手だけでもイヤなのに、ウツボの体内探検なんて、なおさらごめんこうむるのでしょう。
しかしアルティナは、キリッと覚悟を決めた顔で答えました。
「……いえ。そういうわけにはいきません。これは私に課せられた試練ですし、彼女の身になにかあっては大変ですから」
アルティナも、王女としての責任感の強さが勝ったようです。勇気を出して、いざ突撃……
「……エミルさん?」
ふと気づいて振り向くと、エミルは震えながら立ち止まったままでした。
いつもなら堂々としていて、お姉さんの後ろをくっついていくはずなのに。
「ごめんなさい……わたし、やっぱりちょっと、ムリです……」
「あっ……」
アルティナはゆうべ、エミルから聞いた、彼女の過去の話を思い出しました。
エミルが幼いころ、毒ヘビにかまれて死にかけた、というか一度死後の世界を訪れた、ということを。
おそらくそれ以来、エミルはヘビに苦手意識を持ってしまったのでしょう。実際に巨大ウツボを目の当たりにして、死にかけたトラウマがよみがえってしまったようです。
そういえば、【オクタクルス】と遭遇したときも、体が震えていました。あのときも触手のうねりから、ヘビを思い起こしてしまっていたのでしょう。
この状態では、体内の探検はとてもムリそうだと判断したアルティナは、エミルに歩み寄って、やさしく言いました。
「いいんですよ。宝探しには私たち二人だけで行きます。エミルさんは、部屋の外で待っていてください」
「でも、護衛の役目が……」
エミルはもうしわけなさそうに、アルティナの顔を見上げますが……
「そのような状態でついてこられるほうが迷惑です。これは命令、だまって従いなさい」
アルティナは、あえて突き放すような、きびしい口調で言いました。その言葉の裏に、自分を思いやるやさしさがうんとこめられていることを、エミルはもちろんわかっていました。
だからこそ、そんな彼女の足を引っぱるわけにはいかない、そう心を決めたのです。
「……わかりました。ご命令に従います。どうか、お気をつけて」
「ええ!」
エミルとアルティナは、にこっと笑い合いました。
「なにやってんだ! 早くこーい!」
「はいはい、今行きますよ!」
エイルの急かす声に応えて、アルティナは振り返り、ウツボの大口へと走っていくのでした。
「……はあ」
エミルはその後ろ姿を見送ると、ためいきをついて、その場にへなへなとへたりこみました。
『エミル、だいじょうぶ?』
シロンはパタパタと宙に浮かびながら、心配で声をかけました。
「ダメだなあ、わたし、肝心なときに」
エミルは自分をあざけるように、苦笑いを浮かべました。
そんな相棒に、シロンはあきれたように鼻を鳴らして、顔をずいっと近づけ、しかるように言うのです。
『なーにいってんの! ホントにかんじんなときは、いつもエミルはだいかつやくしてるじゃない!』
妹分の、まっすぐなはげましの言葉。だからこそ、心にじーんと響きます。
いつもエミルは、彼女のそういうところに助けられていました。だからこそ、いつもどおり、
「……ありがとう」
と、やわらかなほほえみで返すのでした。
☆ ☆ ☆
巨大ウツボの体内は、どういうわけかあかるく照らしだされていました。さっきのうす暗い広間より視界がはっきりしています。そのため、まわりのピンク色した肉の壁がドクドクと脈動しているところもはっきり見えてしまい、アルティナはおぞましさと生々しさをぞくぞく感じていました。
姉妹もアルティナもあとで知ったことですが、この巨大ウツボは【ラビリンスイール】という種の魔法生物で、体内が入り組んだ迷路のようになっており、発光する微生物を無数に宿しているのだそうです。近親種に【ダンジョンイール】というものもいるとか。
その中を、エイルはずんずん、アルティナはおずおずと進んでいきました。
踏みしめるたびにふにゅふにゅと感じる肉の感覚が、なんともたまりません。エイルにとってはいい意味で、アルティナにとっては悪い意味で。
「やっぱ、エミルはついてこなかったんだね」
「あなたは、彼女がヘビが苦手ということを、知っていたのですか?」
「あたりまえだろ。あの子は私の妹なんだから」
「エイルさん、あなたは……」
「おっと、おしゃべりしてる場合じゃないみたいだよ」
『シャーッ!』
「きゃーっ!」
これだけ大きな体内なのです。中にワンダーが棲んでいてもおかしくありません。なかには寄生虫がそのまま巨大化したようなものまでおり、遭遇するたびアルティナは悲鳴をあげました。
襲いかかってくるワンダーたちを、エイルは容赦なく斬り捨てていきました。エクシリアはムシが大の苦手なので、自分の腕っぷしと加護の肉体強化のみで。もちろん、命はとらないよう努力しながら。
「しっかりしろよ、お姫さま。エミルはヘビは苦手だけど、それ以外はへっちゃらなんだぞ」
「うう……」
ついさっきエミルをきびしく突き放した手前、これ以上気持ち悪がっている場合じゃないと、アルティナは勇気を持って剣を取り、ワンダーたちに立ち向かっていくのでした。
私はただ、好き嫌いをしているだけだ。トラウマに苦しんでいるエミルさんとは、ちがうんだ! だから、なんてことない!
そんなふうに、心の中で自分をいましめながら。
ふたりはウツボの体内をガンガン進み続け、ついにゴール、お宝と対面の時を果たします。その正体は……
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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