第23話 武士の情けは人のためならず
姉妹とアルティナは、水中遺跡の探索を続けていました。
最初は迷宮のような構造に難儀していたものの、冒険慣れし、野生の直感を持つエイルの先導のおかげで、今はスムーズに進めているのです……が。
「……ところで、お宝っていったいなんなんだろう?」
エミルはぽつりと疑問を口にしました。たしかに、宝の正体がわからなければ、そもそも探しようがありません。
ウオビトたちも、せめてそれぐらいは教えてほしかったものですが、それもふくめて試練なのではないかと、だれも気にもとめなかったのです。
「やはり、宝箱の中に入っているものではないでしょうか?」
アルティナがうーんと考えながら言いました。
「えー? でも、私はそうじゃない宝物いっぱい見つけたことあるしなあ」
エイルはのんきそうに後ろ手を組んで言いました。
本人にそのつもりはないんでしょうが、まるで自慢しているように聞こえて、それがまたアルティナのプライドを刺激し、彼女はぷうっとほっぺをふくらませるのでした。
姉妹のことを認めてくれるようにはなったものの、そういうところはやっぱりめんどくさいのです。
『すごくキラキラしたものだよ、きっと!』
シロンが金色の瞳をキラキラさせて言いました。
「うーん、そうとはかぎらないんじゃないかなあ」
それに対して、相棒のエミルが異を唱えました。
「どういうことでしょうか?」
アルティナも反応しました。
エミルはつづけて、自分の見解を語ります。
「ほら、物の価値って、その人によって変わるじゃないですか。わたしたちとウオビトの価値観を当てはめて考えるのって、ダメだと思うんです」
「なるほど……」
アルティナは一理ある、といったようすでつぶやきました。
イシビトの谷のときも、エミルの推測のおかげで試練を達成できたので、彼女の意見には素直に耳をかたむけられるのです。
『つまり……どういうこと?』
「キラキラしたものが、課題のお宝とはかぎらないってことだよ」
『えー? キラキラしたものは、みんなだいすきでしょ?』
「それは、そうかもしれないけど、ウオビトはそうじゃないかもしれないし……」
シロンとエミルが議論(?)を交わし合っていた、そのときです。
「なら、本人たちに直接聞いてみようよ」
「え?」
ふいにエイルが言うと、通路の奥から、二人のウオビトがやってきました。
カツオまるごと一匹が頭部に突き刺さった、ムキムキの肉体でポーズを見せつけています。エミルとアルティナは、表情を引きつらせました。
『試練に挑みし、挑戦者よ』『一戦所望、つかまつる』
さわやかだったリーダー格のマグロ頭とちがって、カツオ頭の彼らはまるでイシビトを思わせるようなカタい口調。カツオは漢字で魚が堅い、と書くからでしょうか?
なんにせよ、彼らを倒さなければ、先へは進ませてもらえないみたいです。
瞬時にそれを理解したエイルは、すぐさま二本の剣を引き抜き、一気に床を踏みこみ、斬りかかりました!
「また、あの人は……!」
少しは、話し合うこともおぼえてほしいと、アルティナ姫はあきれぎみにくちびるをとがらせました。
「アルティナ様、お姉ちゃんはああいう人なんです。けど、だれかれかまわず手を出すような人じゃないってことだけは、わかってください」
妹のエミルがフォローを入れました。彼女がそう言うならと、アルティナは自分を納得させるのでした。
そして、ふうと呼吸を整えると、自身もまた、腰から剣を引き抜きます。
「二対一では、不公平ですからね。それに、これはもともと私の試練ですし、見守るだけというわけにはいきませんから」
アルティナは横目でちらりとエミルに告げると、すでにエイルと打ち合っている二体のウオビトに向かっていきました。
『シロンたちはどうする?』
「見守る側は、わたしたちが担おう。三人がかりだと、また不公平になっちゃうもんね」
エミルは苦笑いを浮かべながら、ふたりの戦いを観戦することにしました。
ウオビトたちの口ぶりから、これは遭遇戦というより、立ち合いのようなものだと察したからです。ならば、手出しをするのはヤボというもの。
さて、ウオビトたちは、エイルとアルティナの剣撃を、たくましい両腕によってみごとにさばいています。
筋骨隆々とした肉体は鋼のように硬く、なかなか斬れません。カツオは漢字で魚が堅い、と書くからでしょうか?
おまけに、魚類らしく肌がぬめっているので、なおさら刃が通らないのです。さっき戦った【オクタクルス】と同じように。
「ベル! 今度こそ……!」
『や! あんなキモいヤツ、さわりたくも見たくもなーい!』
スノーベルは、またわがままを言って、指輪から出てきてくれません。要請にこたえてくれないなんて、ほんとうに、こまった妖精さんです。
「エクス! 命令だ! 出ろっ!」
『はい! 不本意ですが、さっきのタコよりはマシです!』
剣の精霊エクシリアのほうは、ちょっぴりしぶしぶといったようすですが、出てきてくれました。さすがは精霊、きまぐれ気質な妖精より素直で精励です。
そしてエイルの二本の剣と合体し、一振りの黄金の大剣へと姿を変化させました。まばゆいばかりの輝きが、ウオビトたちの目をくらませます。
「こいつでお刺身にしてやる!」
エイルは大剣を振り下ろし、硬直したウオビトを一刀両断しようとします!
『おっと!』
しかし、ウオビト、華麗にバックステップ。紙一重で大剣は空振り、ガン! と床を割ります。
エイルは負けじと、後方に下がったウオビトを追って前に踏み出し、今度は横薙ぎに振るいました。けれど、これもかわされてしまいます。
『むー! おサカナのくせに、なんであんなに、おかでげんきにうごけるの!』
シロンはぷんすかイラだっていました。たぶん同じことを、戦っているエイルも思っていることでしょう。
たしかにこの水中遺跡の中は空気が通っており、陸上と変わらない環境です。なのにあんなに機敏かつ力強く動けるなんて、おサカナなのに、ずるいです。
魚人型ワンダーは水陸両用、図鑑で読んで知ってはいましたが、これほど動きがいいなんてと、エミルもおどろいていました。
「ならば……さわる必要はありません! 目をつぶっていてもかまいません! 支援をおねがい、ベル!」
『むう……そういうことならっ!』
アルティナの真剣さを増した要請に、ようやくやる気になってくれた妖精スノーベルが、指輪から現れます。
そして、ぎゅーっと目をつぶったまま、二体のウオビトめがけて、ふうーっと息吹を吹きつけました。
手のひらサイズの小さな体に見合わない強烈な冷気が、サカナ人間たちに襲いかかります。
『むうっ! ……だが、この程度の冷気ではっ!』
すると、ウオビトたちは鍛え上げた肉体でむんと胸を張り、みずからにまとわりつく冷気をはね返してしまいました。
しかし、アルティナとスノーベルは、不敵な笑みを浮かべます。まるでねらい通りとばかりに。
「いまです!」
「おう!」
エイルはもう一度、ウオビトたちに斬りかかっていきました。
ウオビトたちは、またかわそうと、ぎゅっと床を踏みしめますが……
ツルッ!
『ウオッ!?』
瞬間、足を滑らせて、ひっくり返ってしまいました。
よく見ると、彼らの足もとには、キラキラと輝く氷が張っています。
そうです。スノーベルの氷の息吹のねらいは、ウオビト自体を凍らせることではなく、その足もとを凍らせることだったのです。こうやって、ご自慢の足さばきを封じてやるために。
すっころんで、しりもちをついた二体に、エイルの黄金の大剣がズバッと一閃。
胴体をバサッと斬られたウオビトたちはバタッと倒れ伏し、戦いは決着しました。
『ふたりとも、すごーい!』
シロンは翼をパタパタさせて、わっと歓声をあげました。
『う……』
凍った床の上に倒れたウオビトたちは、重傷ですがまだ息があり、うめいていました。タフさも見た目通りです。
そんな彼らに、エイルはエクシリアとの合体を解いた剣をつきつけ、低い声でたずねます。
「お宝ってなんなのか、教えろ」
しかし、ウオビトたちは答えません。なにがあっても教えるな、と言いつけられているのでしょうか。死が目の前にせまっていても、なんとも口がカタいことです。カツオは漢字で魚が堅い、と書くからでしょうか?
「そうか、じゃあしょうがないな」
答えが得られないと判断したエイルは、ウオビトのカツオ頭を――首を斬り落とそうと剣を振り上げます。
それでもウオビトは覚悟を決めたような顔で、口を開くことはありませんでした。見上げた信念です。
しかし、そんなことはどうでもいいと、エイルが容赦なく剣を振り下ろそうとした、その瞬間――
「まっ……」
「待ってください!」
エミルより先に、より強く大きな声で、アルティナが制止しました。
エイルは声に反応し、ウオビトの首あと数センチのところで、ピタリと剣を止めます。
「無駄に命をとることはありません。彼らを殺めても、いまの私たちにはなんの得もありはしないではないですか!」
「でも、ここで殺しとかないと、また襲ってくるかもしれないよ」
エイルは感情がこもっていないような真顔で答えました。
「いえ、そんなことはありません! 戦いに入る前の彼らの口ぶりは、武人そのもの! 一度敗北した以上、もう向かってくることはないはずです! それは、あなたも感じているはずでしょう!」
しかし、アルティナが必死にうったえるように反論すると……
「うん、わかった」
エイルはあっさり剣を引きました。
あんまりあっさりすぎるので、アルティナもウオビトたちも、「え?」とあっけにとられます。
「じゃあ、先に行こうか」
エイルが二本の剣を腰におさめて歩き出すと、エミルとシロンはぷっと笑い合い、「うん!」と元気にうなずいて、お姉ちゃんに駆け寄っていきました。
アルティナもとまどったものの、やっぱりこの人のことは考えるだけ時間の無駄とあきらめ、姉妹を追いかけようとした……そのとき。
うしろから、水が流れるような音と、すすりなくような声が聞こえてきたのです。
『ウオ……ウオオオ〜ン! なんたる寛大な心の持ち主!』『我らは今、猛烈に感動しているっ!』
振り向くとそれは、倒れたまま滝のような涙を流す、ウオビトたちの声でした。
アルティナとスノーベル、エミルとシロンは思わず、びくっとします。
すると、ウオビトたちは体をひねって跳ね起きてきたので、さらにびくっとしました。
驚くべきことに、エイルがつけた切り傷もすでにほとんどふさがっていました。なんてしぶと……すさまじい生命力でしょう。
『いいだろう! その情けに報いるべく、宝の正体とありかを教えよう!』
ウオビトたちは、またも筋肉を見せつけるようなポーズを取りながら宣言しました。傷がふさがっただけでなく、その後遺症すらみじんも感じられません。
『ほんとに!?』
シロンは色めきたちました。姉妹もアルティナも、ギョッと目を見張ります。
いくらなんでも、都合のよすぎる話だとも思いましたが、そもそもがノーヒントだったので、これぐらいのサービスがあってもいいかと、気にしないことにしました。エイルは最初からなにも気にしていないようですけれど。
しかしこのあと……ウオビトたちの口から語られる宝のありかを聞くと、そのよろこびは一転、絶望に変わることになるのでした……
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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