第3話 王様とお姫さま
「「『おひめさまぁ⁉︎』」」
今度は、姉妹がびっくりする番でした。
もっとも、自己紹介をしたアルティナ本人は、むっと口をとがらせています。
アルティナは姉妹のことを知っていたのに、姉妹のほうはアルティナのことをまったく知らなかった――そのことに腹を立てていたのです。いちおう、この国のお姫さまなのです。新聞にだって載ったことも数えきれないほどあります。
もちろん、危ないところを助けてもらった恩は感じています。でも、それはそれ、これはこれです。
「ラッキー! お姫さまってことは、お城がおうちってことだよね。ちょうどよかった。さっきも言ったけど、お城まで案内してよ」
エイルはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、悪気なくしれっと言いました。
その態度が、アルティナの怒りをさらに増幅させているとも知らずに。
アルティナは、なんて無礼な人なんだろう、と思いました。
エイルのそれは、高貴な人間に向ける言葉づかいでも態度でもなかったからです。
たしかにエイルは命の恩人ですし、この国最高の魔法つかいの称号を持っています。しかも16歳で、自分より一つ年上です。
けれど、それ以上に尊重されるべき立場の差、というものがあるはずでした。
(こんな人を極星魔法つかいとして認定するなんて、王様はいったい何を考えているのかしら……)
アルティナは心の中でぷんぷんです。
ですが、その感情を表に出すことはありません。それが王女というものだからです。
「もうしわけありません、アルティナ様。うちの姉がこのようなご無礼を……」
妹のエミルは、姉とは対照的に、ていねいな物腰でぺこぺこと頭を下げました。
ああ、妹さんはしっかりしていらっしゃるのね、とアルティナは安堵します。同じ顔をしていても、こうもちがうものなのかと、同時に驚きもしました。
ドラゴンやフェニックスといった、とてもめずらしく、従えるのが難しいとされる魔法生物をパートナーにしているのです。その人柄は、おして知るべし――というところなのでしょうか。アルティナは、ひとりで勝手に納得するのでした。
でも、そんな子がどうして私のことを知らなかったのかしら、と疑問にも思います。
その理由が、エミルは新聞を読んでも、お姉ちゃんの記事以外にはほとんど興味を示さなかったからだということは、ナイショです。
「……いえ、構いません。こちらの方こそ、不甲斐ない私に代わって、わが国の民を守っていただき、まことに感謝しています」
アルティナは、ひとまずエイルの無礼は脇に置いて、うやうやしく一礼しました。
無礼なのはたしかに許せません。ですが、それ以上に姉妹へ感謝しているのも本心なのですから。
「そのお礼というわけではありませんが、お望みどおり、王宮までご案内しましょう」
そういうわけで姉妹は、アルティナ姫とともに、王様の待つ王宮へ向かうのでした。
☆ ☆ ☆
姉妹とアルティナは、シロの背中に乗って、王都の道を進んでいました。
『おっきい! おっきい!』
エミルの肩の上に乗ったシロンは、王都の町並みを見回しながら、興奮したように目をキラキラさせています。
白に近い灰色のレンガで舗装された道は、きれいに整えられていて、とても広く立派でした。大型の魔法生物に乗って移動していても、通行のジャマにはなりません。
町を行き交う人たちも、みんな思い思いのパートナーを連れたり、乗ったりして歩いています。その光景は、まるで本で読んだお祭りのパレードのようでした。
道路をはさんで並び立つ無数の建物もまた立派で、これまで見たことのない、ふしぎな造形美を感じさせます。
さすが王国の中心――文明も最先端を行っているのでしょう。
「アルティナ様、あちこちでぴかぴか浮かんでいるあれは、なんですか?」
真ん中に座るエミルは、町のいたるところに浮かんでいる映像を指さしながら、いちばん後ろに座るアルティナへたずねました。
映像の中では、さまざまなアイテムの紹介が流れていました。
魔法つかいとパートナーの魔法生物がじゃれあっていたり、戦ったり、ダンジョンを冒険したり――そんな場面まで映し出されています。
「あれらはエアディスプレイという、画像や映像を空中に投影する技術です」
『おお! なんか“えすえふ”チック!』
シロンは、さらに目を輝かせました。
こればかりは、パートナーのエミルも興奮を隠せません。
「エミルさんは、ああいったものがお好きなのですか?」
「は、はい……。恥ずかしながら、そういうお話をたくさん読んできたもので……」
「それはいいですね。でしたら、この王都のこともきっと気に入っていただけると思いますよ。そのような未来の技術が、たくさん詰まっていますから」
アルティナは、ふふっとやわらかく笑いました。
「今度、時間があるときにでも、改めてご案内いたします。私がいれば、一般の方が立ち入れない場所にも入れますからね」
「ほんとうですか!? 楽しみです!」『シロンもー!』
エミルとアルティナ姫は、根がまじめな者同士、すっかり意気投合したようすです。
いっぽうで、先頭に座る姉のエイルは、ふーん、と退屈そうな顔をしていました。
本も読まず、野山を駆け回ってばかりの幼少期を送っていたためか、未来的な技術にはあまり興味がわかないのでしょう。それに、王都へ来るのもはじめてではありませんし。
「そういえば、おふたりはどのようなご用件で呼ばれたのですか?」
アルティナがたずねます。もちろん、話の通じる妹のエミルに。
「王様が、わたしの浄化の魔法に興味を持たれたそうで。姉は、その護衛として付き添ってくれている、という形なんです」
「ああ……なるほど……」
アルティナは、先ほどエミルが怪獣の暴走を止めた場面を思い返しました。
人や魔法生物に取りついた“悪いもの”を払う、浄化の魔法。アルティナもその存在は知っていますし、以前に実際に見たこともあります。ですが、あれほどのチカラを持つものははじめてでした。
さらに聞くところによれば、つい最近、崩壊した町ひとつを丸ごと復元したこともあるとか。
父親――王様が興味を持つのも、わかる気がします。娘である自分ですら、エミルには興味津々なのですから。
「たしかに、あれだけのことができるなら、引く手あまたでしょう。暴走してしまった有益な魔法生物たちを、死なせずに済むのですからね。各地のギルドや騎士団が放っておくわけがありません。お父さまもきっと、あなたを自分のもとへ置いておきたいと思っているでしょうね」
「あはは……そうですか?」『えっへん!』
得意げに胸を張るシロンはともかく、エミルの照れ笑いに混じった感情を、アルティナは見逃しませんでした。
自分たちのチカラが、いろいろな人に都合よく利用されてしまうかもしれない――そんな不安が、わずかににじんでいたのです。
そんな子に、“誰も放っておかない”などと言ったのは、失言だったかもしれません。あまりのチカラのすごさに、すこし舞いあがってしまっていたようです。
エミルはエイルより四つ下の、まだ12歳。この国では、ようやくひとり立ちを許される年齢です。
そんな小さな、心やさしい少女を、権力者たちの都合で振り回させてはいけない。
アルティナはそっと表情を引き締めながら、王宮への案内を続けるのでした。
☆ ☆ ☆
「『わあ……』」
王都アストリアのちょうど中心にそびえる立派な王宮を見上げて、エミルとシロンは感激の声をもらしました。
ぴかぴかに輝く白い壁。いくつもの尖塔を彩る赤い屋根。まさに絵本で見たお城そのものです。
エアディスプレイなんて未来的な技術を見たあとだけに、こうしたクラシカルな風景は、なんともふしぎな感じがしました。
「なつかしいなあ。私もはじめて来たときは、わーってなったなあ」
エイルも、さっきまでの無関心ぶりはどこへやら、感慨深そうに王宮を見上げています。
そんな姉妹のようすをちらりと横目で見て、王宮暮らしの案内人であるアルティナ姫は、くすっとほほえみました。
第一王女の帰還と、極星魔法つかいの訪問。
その二つが重なったことで、アルティナと姉妹はあっさりと、そしてまっすぐに、王様の待つ謁見の間へ通されるのでした。
☆ ☆ ☆
「よくぞ参った。スターリング姉妹。それにアルティナも、思ったより早い戻りだったな」
荘厳な雰囲気に包まれた謁見の間に、よく通る声が響き渡ります。
姉妹とアルティナはひざまずき、静かにその声を聞いていました。
……姉妹といっても、礼儀知らずなエイルは、となりのエミルのマネをしているだけなのですが。
玉座に座るのは、ツンツンと逆立った金髪に碧い瞳を持つ男性――この国の王様です。
年齢は35歳だと聞いていますが、若々しくてとてもそうは見えません。
それを通り越して、まるでヤンチャ小僧がそのまま大人になったような不遜さを漂わせています。
王冠に赤いマントと、格好だけはどうにか王様らしいのですが。
「妹の方と会うのははじめてだな。まあ国民であれば説明不要だろうが、私はこの国で一番えらい、王をやっているナッシュ・フォン・アストライトだ。存分に敬うがいいぞ」
「は、はい……お会いできて光栄です、国王様……」
エミルは礼儀正しく返事をしながらも、心の中では、あんまりそんな気になれないなあと思っていました。
「ふむ……実に礼儀正しいことだな。同じ顔をしていても、姉妹でこうもちがうものか?」
王様は思わず身を乗り出し、本気で驚いているようでした。
娘のアルティナも、心の中でうんうんとうなずいています。さっき、まったく同じことを思ってましたからね。
エイルが普段どれだけ自由奔放に振る舞っているのかが、よくわかる反応でした。
いっぽう、当のエイルといえば、とりあえずひざまずいてはいるものの、ぼーっと上の空です。王様の話を聞いているのかすら怪しいところでした。……というか、聞いてないでしょう。
「……さて、いきなりで悪いが、お前たちに任務を与えたい。ちょうどいいタイミングで、三人そろっているようだしな」
王様は、ふふんといたずらっ子のような笑みを浮かべました。
姉妹とアルティナは、思わず顔を見合わせます。
(ほんとうにいきなりだなあ……)
エミルは心の中で、こっそりツッコミを入れました。
「極星魔法つかいエイル・スターリング。ならびに五等星魔法つかいエミル・スターリング」
先ほどまでの軽い雰囲気が消えました。王様の声が、一気に重みを帯びます。
「そなたらに王の名において命ずる。我が娘、第一王女アルティナの護衛の任を言い渡す」
謁見の間に、おごそかな声が響き渡りました。
あまりにも突然の宣言に、姉妹もアルティナも目を見開きます。
こうして三人の運命は、大きく動きはじめるのでした……
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