第2話 最強の姉とやさしい妹
『ギャオオッ!』
エイルとシロが剣とツメで斬りかかった瞬間、鋼鉄の怪獣は横倒しになっていた巨体を勢いよく起こしました。家一軒分はゆうに超えるほどの巨体とは思えない、すさまじい動きの速さです。
ガキィーン!
剣とツメは、その硬いウロコに弾かれました。
「硬ったぁ!?」『ワウッ……!』
エイルとシロは反動で後ろへ吹き飛ばされ、それぞれ両手をじんじんとしびれさせます。
お姉さんたちが怪獣の防御力に苦戦しているあいだ、妹のエミルは倒れているアルティナの容態を確かめていました。
「ひどいケガ……レッディ!」
ざっとケガの具合を確認したエミルは、右手親指の指輪から魔法生物を召喚します。
「これは……!」
アルティナ、三度目のおどろき。
呼び出されたのは、なんと太陽の紅炎のように煌々と燃えさかる伝説の聖獣、不死鳥――フェニックスでした。
『クエーッ!』
レッディという名のフェニックスはカン高い声をあげると、その炎の体から、アルティナとベルへ向けてやわらかな光を放射しました。
すると、なんということでしょう。アルティナとベルの体をさいなんでいた痛みやキズが、みるみるうちに引いていくではありませんか。
「治ってる……すごい……」
アルティナは目をぱちくりさせながら、折れていたはずの両手両足を確認し、腫れていた顔をぺたぺたと触ります。
「でも、完治したわけじゃありません。元気を分け与えて、自己治癒能力を活性化させただけですから。あとでちゃんと、お医者さんか回復魔法つかいに診てもらってください」
そう告げると、エミルは立ち上がり、さらにレッディへ命じました。
「倒れてる人たちにも、おねがい!」
上空のレッディはうなずくと、怪獣にやられて倒れている住民や騎士団、そのパートナーの魔法生物たちを癒やそうと羽ばたいていきます。
そしてエミルは、いままさに姉と激闘をくりひろげている怪獣の姿を、その青い瞳でじっと見つめました。まるで観察するように。
「シロ! いったん戻れ! エクス、来い!」
いくら剣とツメを打ち込んでも決定打を与えられないことに業を煮やし、エイルは戦い方を変えることにしたようです。
シロは彼女の右手中指の指輪へ吸い込まれ、かわりに人差し指の指輪から別の存在が召喚されました。
それは、マントのように長い金髪をひろげ、青と白を基調としたドレスの上に金の軽鎧をまとった、碧眼の美少女でした。
人の姿をしていますが、実は彼女も魔法生物――剣の精霊で、名前をエクシリアといいます。
「合体だ!」
エイルは剣を持った両手を高くかかげ、ガキンとぶつけて×の字を作りました。
『いきなりですね』
「いいから早く!」
『はいはい』
エクシリアはやれやれと肩をすくめながら……エイルのかかげた二本の剣と合体し、ひと振りの巨大な黄金の大剣へと変化します。
ここでアルティナ、四度目のおどろき。
剣とパートナーを合体させる――”武装魔術”自体は、自分も先ほどやりました。
ですが、エイルのそれからは、感じられるチカラの大きさがケタちがいだったのです。
『ギャオオオッ!』
鋼鉄の怪獣は、それでも恐れることなく突進してきます。
アルティナとちがって、エイルのチカラのすさまじさを理解していない――いえ、そもそも何も考えられないほど荒れ狂っているように、エミルには見えました。
「来い! ぶった斬ってやる――」
エイルが不敵な笑みを浮かべ、怪獣の突進に合わせて、カウンターの要領で大剣を振り下ろそうとした、そのとき――
「お姉ちゃん! 殺しちゃダメ! その子はきっと、暴走してるだけなの!」
後方のエミルが、必死な声で叫びました。
エイルは瞬時にその意図をくみ取り、あわてて攻撃を中断して飛びすさります。
直後、怪獣の突撃がすぐ目の前を通り過ぎました。間一髪です。
暴走――それは魔法生物がみずからの意思に反して暴れ回り、手がつけられなくなってしまう現象です。
現状、その対処法はほとんどの場合、討伐するしかないと言われています。
……しかし、エミルはその例外となる、もうひとつの手段を取ることができるのです。
「殺しちゃダメって言われても、どうすりゃいいのかなあ」
エイルはぷうっと口をとがらせ、不満そうにぼやきました。
お姉ちゃんとして、妹のリクエストに応えてあげたい気持ちはやまやまです。
ですが、なにしろ彼女は、生まれてこのかた手加減なんてしたことがありません。
そんなエイルにとって、相手を殺さずに無力化するというのは、まさに無理難題にひとしいことだったのです。
『なら、あえていちばん硬い部分を狙いましょう』
そこへ、合体剣となったエクシリアが助言をささやきかけました。
「いちばん硬いところ……だったら、背中だなっ!」
エイルはにやりと笑います。
伊達に“巨獣狩りの剣星”なんて大層な二つ名で呼ばれているわけではありません。エイルはけっして頭がいいほうではありませんが、多くの巨大生物と戦ってきた経験とカンで、だいたいの生きものの強みと弱点を心得ているのです。
『ギャオオオッ!』
レンガ道を踏み砕きながら、怪獣がふたたび突進してきます。
エイルは高くジャンプしてそれをかわすと、大剣を大きく振り上げました。
そして――
ドガァーーーン!
怪獣の背中――トゲトゲした、特に硬そうなウロコめがけて、唐竹割りを叩き込みます!
『ギャッ……!』
怪獣は短くうめくと、ズズーンと腹ばいになって地面へ倒れ込みました。
かわいい妹の注文どおり、生きてはいます。
ですが、強烈な衝撃が全身を駆け巡ったのでしょう。もう立ち上がる力は残っていないようでした。
「言われた通りにしたよ、エミル!」
エイルは怪獣の背中の上で、大剣をぽんっと肩に乗せ、まぶしい笑顔で宣言します。
エミルは、さすがお姉ちゃん、と心の中で感心しながら、ダッと倒れた怪獣のもとへ駆け寄りました。
「シロン、仕上げだよ!」
『うん!』
エミルはローブの中から、細長い魔法の杖を取り出します。
おんぼろで、かなり年季が入っていることがうかがえる杖でした。
パートナーのシロンもエミルの肩から離れ、パタパタと小さな翼を動かして、怪獣の顔のそばまで飛んでいきます。
この子たち、今度はいったい何をするつもりなんだろう――
アルティナは、いぶかしげにそのようすを見守っていました。
するとエミルは、くいくいっと、まるで指揮者のように杖を振ります。
それに呼応するかのように、シロンのぱかっと開いた口へ虹色の光が集まっていきました。
そして――
「《プリズムフレア》!」
エミルが唱えると、シロンは虹色の炎を吐き出しました。
その炎は鋼鉄の怪獣の全身を包み込み、やさしく燃えひろがっていきます。
すると、なんということでしょう。
二階建ての家ほどもあった怪獣の巨体が、みるみる縮んでいくではありませんか。
さらに、あれほど荒々しかった雰囲気まで、少しずつやわらいでいくように感じられます。
姉妹の登場からというもの、アルティナはおどろきっぱなしでしたが、この現象こそ、まちがいなく今日いちばんのおどろきでした。
これは――“浄化”の魔法。
生きものに取りついた悪いモノを打ち払い、元の状態へ戻すことができる、奇跡のチカラです。
扱える魔法つかいはそれほど多くなく、エミルほどのレベルになると、さらに希少なのだそうです。
「よしよし、もう安心だからね」
エミルは、3メートルくらいまで小さくなった――いえ、元の姿に戻ったというべきでしょう――怪獣の顔をそっとなでました。
怪獣の気性もすっかりおとなしくなっており、まるで感謝を伝えるように、エミルへほおずりしています。
「おおっ!」「さすがはマスターウィザードと、その妹!」「あれがウワサに聞く、“浄化”の魔法か!」
住民たちも姉妹の活躍に、どわっと歓声を響かせました。
倒れていた人たちも回復し、いつの間にかその輪の中へ加わっています。
アルティナは、ウワサに聞くスターリング姉妹のチカラを目の当たりにして、ぽかーんとあっけに取られるばかりでした。
騎士団や自分ではまったく歯が立たなかった怪獣を、一撃で沈めてしまった姉のエイル。
そして、自分を含めた多くの人のキズを癒やし、暴れて手がつけられなかった怪獣を、ひと息で鎮めてしまった妹のエミル。
話に聞く以上に規格外で、まるで夢でも見ているのではないかと錯覚してしまうほどです。
『あとのことは、騎士団の方々におまかせしましょう』
剣との合体を解き、元の少女の姿へ戻ったエクシリアが言いました。
そしてエイルとエミルは、気持ちよくハイタッチを交わし、互いの健闘をたたえ合います。
「あ、そうだ。そこの人」
エイルにふいに声をかけられ、ぼーっとしていたアルティナは、びくっ! と肩を震わせました。金色のポニーテールがぴょこんと跳ねます。
「は……はい?」
「私たち、王様に呼ばれてて、お城に行きたいんだよね。この町、広くて迷いやすいから、案内してくれない?」
「は……はあ……」
放心状態のアルティナは、力なくそう返事するしかないのでした。
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