第21話 ウオビトの湖
騎乗する大オオカミのシロを一時間近く走らせ続け、姉妹とアルティナは目的の"ウオビトの湖"に到着しました。
『うーみーっ!』『アオーン!』
足を踏み入れるやいなや、シロンとシロは大声で叫びました。
それは湖というにはあまりにも大きく、水平線の果てまで水がひろがっています。思わずそう叫びたくなってしまうのも無理はないかもしれません。
「聖域内は空間が拡張されていますからね。上空からだと、ただの大きな湖に見えるそうなのですが」
「要するに、ふしぎ空間ってわけだ」
「……ええ、そういうことでかまいません」
アルティナは、エイルに対してまともに取り合うだけムダだということを学んだようです。
「でも、おっきいだけじゃありません。色だって、こんなに澄んでいてきれい……」
エミルは目をうっとりと輝かせました。
湖はエミルの瞳の色と同じように青く輝き、聖域と呼ばれるだけの神秘的な美しさと清らかさに満ちています。
『こんなキレイなところにすんでるウオビトって、どんなワンダーなんだろうね。シロン、こんどはぜったいにあってやるんだから!』
シロンは昨日、イシビトに会いそこなったことをまだ引きずっているようです。
「ウオビトって、どんな魔法生物なんですか?」
エミルがたずねると、アルティナは少し暗い顔でうつむきました。
「それが……残念ながら、まったくわからないのです。文献にもいっさい記録が残っていないようで……」
「えっ……」
エミルはぞくりと寒気を覚えました。
イシビトとちがって、まったく記録が存在しないウオビト。なんだか、ちょっぴりいやな予感がしてきました。
「そんなもん、会ってみりゃわかるでしょ。おーい! ウオビトやーい!」
しかしエイルはまったく気にせず、湖に向かって大声で呼びかけました。
『シロンがきたぞー! でておいでー!』『ワオーン!』
シロンと、シロまで主人にならって叫び続ける始末です。
「ちょ、ちょっと! ウオビトがイシビトのように静寂を好んでいる種族だったら、どうするつもりなんですか!」
さすがにこれは、アルティナも止めに入りました。
たしかにその通りです。こんなにきれいで澄んだ湖に棲んでいる生き物なら、きっと心も清らかなことでしょう。騒がしいものを嫌っていてもふしぎではありません。
――しかし数秒後、そのイメージはこっぱみじんに砕け散ることになります。
ブクブクブク……
突然、湖のあちこちから気泡が湧き立ちはじめました。
「「えっ!?」」
エミルとアルティナはびっくり。
まさか、本当に呼びかけが届いたのか……?
そう思いながら、おそるおそる湖をのぞき込みます。
気泡はどんどん大きくなり、やがて波紋となり、そして――
ザッパァァァーーーン!
高い水しぶきを上げて、何かが湖の中から飛び出してきました!
『『『ウオーーーーーッ!!!』』』
「「ぎゃああああああああああっ!!!!!」」
エミルとアルティナは、いまだかつてない大絶叫を上げました。
目の前に現れた存在が、それだけあまりにも恐ろしい――いえ、おぞましい姿だったからです。
それらは湖の中から高く跳び上がると、シュタッと地上へ着地しました。
「『『おおう……』』」
呼びかけ組も、思わずお口あんぐり。
一行の目の前に立っていたのは、青白い肌をした筋骨隆々の成人男性の体。そして、その首から上には、横向きの魚が丸ごと一匹突き刺さったような頭部。
まるでギャグ物語の登場人物が現実に飛び出してきたかのような、あまりにも衝撃的な姿でした。
少女たちには刺激が強すぎます……エイル以外。
エミルとアルティナは目を覆いながらも確信しました。この生き物たちは――
『俺達はウオビト。君が試練を受けにやってきた王族だね?』
やっぱりー!
エミルとアルティナは心の中で叫びました。
同時に、できればそうであってほしくなかったという思いとともに。
イシビトたちは口調こそ独特でしたが、見た目はあんなにもかわいらしかったのに、このウオビトたちときたら……その……なんというか、あれです。
記録が残っていないのも無理はありません。歴代の王族たちだって、こんな生きものを目撃した記憶など、今すぐ消し去りたいと思ったにちがいありません。なにしろ現在進行形で、自分たちもそう思っていますから。
「ちがいます」と答えて、さっさとこの場から去ってしまいたい――アルティナはそう思いましたが、きわめて残念なことに、そういうわけにはいきません。
「は……はい……私はアストライト王国第一王女……アルティナ・フォン・アストライトと申します……王族の試練を受けるべく、やってまいりました……」
アルティナはエミルと両手を絡ませ合いながら、青ざめた顔でおそるおそる言葉をしぼり出しました。
『おお! そうか! ではさっそく、我らが"大海の試練"をはじめようっ!』
おそらくリーダー格と思われるマグロ頭のウオビトが、ぐっと拳を握りしめてさわやかに宣言しました。
マグロがどうして湖にいるんだよ、というツッコミは置いておいて。
『まずは我らが居城にご案内させていただく! 失礼っ!』
マグロのウオビトが続けて宣言すると、ほかのウオビトたちがしゅばっと一行それぞれのそばへ回り込み、その身をたくましい片腕でむんずと抱え上げました。
「え」
突然のことに、エミルとアルティナはなんともいえない声をもらします。
次の瞬間、一行を抱えたウオビトたちは――
ざぶーん!
勢いよく湖の中へ飛び込んだのです!
「「!?」」
気がつけば水中なので、エミルもアルティナも声を上げることができません。
ウオビトたちに抱えられたまま、湖の底へ向かってまっしぐらです。
『むぐー! むぐー!』
シロンも手づかみにされながら、苦しそうにじたばたもがいていました。
ちなみにシロは、主人が湖へ飛び込んだ瞬間に指輪の中へ戻っていたので無事でした。
衝撃的な展開の連続でパニックになっていましたが、やがてエミルとアルティナ、そしてシロンは、水の中でも息ができていることに気がつきました。
これはきっと、ウオビトたちの魔法によるものなのでしょう。
『諸君! あれを見てみろ!』
マグロのウオビトが指さした先には、水底に沈んだ神殿のような建物がありました。
ところどころが崩れており、まさに水中遺跡といったおもむきです。
『あれこそが我らが居城、ウオビト城さ!』
あまりにもそのまんまなネーミングすぎて、なんのコメントも浮かんできません。
一行はウオビトたちに運ばれるまま、ウオビト城の中へと入っていくのでした。
☆ ☆ ☆
『ぷはーっ! ……あれ? なかはみずじゃないんだ?』
「要するに、ふしぎ空間ってわけだ」
シロンとエイルが言ったように、ウオビト城の内部は普通に空気が満ちており、地上と変わらない空間になっていました。
周囲を見渡せば、城の外では魚たちが水の中を回遊している光景が見えます。たしかに、ふしぎな空間としか言いようがありません。
「まるで水族館のようですね……」
アルティナが感心したようにつぶやきました。
『さあ! 試練のはじまりだ! ルールは簡単! この城の中に隠されている、我らの宝を手に入れることができればクリアだ! 護衛の方々の力も、いくらでも借りて構わないぞっ! では、レッツ・トレジャー!』
『『レッツ・トレジャー!』』
――などと掛け声を上げると、運搬してきたウオビトたちの周囲に水の渦が発生し、そのままどこかへ消えていってしまいました。瞬間移動の魔法のようです。
しかし、これではまるで試練というよりアトラクションのようですが……
「よーし! 宝探しだ! レッツ・トレジャー!」
『おー!』
エイルとシロンは、すっかりノリノリです。前の試練でただ寝ていただけだった反動でしょうか。
エミルとアルティナも困惑しきった顔を見合わせ、それでも覚悟を決めました。
どんなトンチキな展開だったとしても、試練は試練。挑まないという選択肢など、ないのですから。
こうして第二の"大海の試練"――水中遺跡ダンジョンでの宝探しが、はじまったのでした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
なお、今回で一日二回更新はおしまいとなり、次回以降は「毎日12時更新」となります。ご了承ください。
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