第20話 アルティナの成長
「めずらしいこともあるものだな。お前のほうから話があると言ってくるとは」
謁見の間。玉座の上で、アストライト国王ナッシュが感慨深そうに言いました。
「このたびは、わざわざお時間をいただき、ありがとうございます」
その娘、王女アルティナはうやうやしく一礼します。
「そういう形式ばった礼はいい。私たちは親子ではないか」
「"親しき中にも礼儀あり"という言葉がございます。王族としては、いかなるときも相手に礼を欠くべきではないかと」
「あいかわらず固いな、お前は。もう少し柔軟性を学んだらどうだ。スターリング姉妹は格好の模範となろう」
「あいにくと、あの二人はあらゆる意味で規格外です。模範としては不適格かと」
アルティナは軽く目をそらし、くちびるをとがらせました。
「フッ……その口ぶり、あの姉妹とずいぶん仲が深まったとみえる」
「おほん! ……それより、本題に入らせていただきます」
アルティナはごまかすようにせき払いをすると、キリッとした表情で話しはじめました。
王族の試練のこと。スターリング姉妹のこと。凶星の魔女とその手下のこと。きのう起きた出来事のほぼすべてを。
それを聞き終えた王様は、頬杖をつきながら、けわしい顔で考えこみました。
「まさか、村ひとつまるごとあやつりの魔術にかけるとはな……やることの大きさもさることながら、お前の命を奪うためにそこまでするとは、魔女の執念にもおそれいる」
「感心している場合ではありません。魔女は目的のためなら、国民の命すらいとわない恐ろしい相手なのです。早く対策を講じなければ、今度こそ多くの犠牲者が出てしまいます!」
アルティナは必死にうったえました。
昨夜の刺客フーガの事件――へたをすれば、強い絆で結ばれたスターリング姉妹が殺し合ってしまうところでした。
また仲間を、大切な人たちを失うかもしれなかった。その恐怖が、彼女を駆り立てているのです。
本当なら、王族の試練だって今すぐ投げ出したいほどでした。
「事態が急を要することは理解した。その件は"影の者"に探らせ、こちらでも対策を打とう。お前は、これからどうするのだ? お前さえよければ……」
王族の試練を一時中断しても構わない。
王様がそう言おうとしたとき――
「いえ、試練は続行させていただきます」
アルティナは、それをさえぎるように言いました。
「漠然としていて、確信があるわけではありません。ですが、感じるのです。私が手をこまねいていることこそ、魔女の思うツボなのだと」
「それは、どういうことだ?」
「凶星の魔女は、これまで何度も私の命を狙ってきました。その過程で、"彼ら"も命を落としてしまった……」
アルティナはうつむき、ぎゅっとこぶしを握ります。
そして顔を上げると、堂々とした目つきで続けました。
「ですが、それらはどれも暴走した魔法生物をけしかけたものでした。彼女の配下を名乗る者たちが直接姿を現したのは、試練がはじまってから……今回がはじめてです」
「ふむ……」
「この事実が示しているのは、私に試練を達成されては、魔女にとって何か都合の悪いことがある、ということではないでしょうか」
「なるほどな」
「ですので、試練は続行すべきだと考えます。達成さえしてしまえば、それは魔女の討伐につながるかもしれません」
娘の推測を聞くと、王様はフッとほほえみました。
「……私の知らぬうちに、ずいぶんと冷静に物事を見られるようになったものだな」
「アカデミーでの教育のたまものです。ですが、それを思い出させてくれたのはスターリング姉妹です」
アルティナは胸に手を当てます。
「なにも心配はいりません。彼女たちが……私についてきてくれるかぎり。そう信じられるようになりました」
そう言って、はにかむような笑みを浮かべました。
「フッ。すべては、あの娘たちを護衛に任命した私の慧眼のおかげというわけだな」
「……」
アルティナは無言でじっと目を細めました。
「そこは"ええ"、と言うところだろう!」
「……つきましては、お父さま。もう二つほど、お願いがあるのですが」
「無視か! ……まあよい。なんでも申してみよ」
こうして、王様と姫様――親子の対談は、もうしばらく続くのでした。
☆ ☆ ☆
姉妹が待つこと数十分。
謁見の間の扉が開き、アルティナが姿を現しました。
「お待たせしました、ふたりとも」
「いえ、お気になさらず」
エミルは笑顔でそう言います。
ですが、そのとなりではエイルが退屈そうにあぐらをかいており、そのひざの上ではシロンがぐーぐーと寝息を立てていました。とても神聖な王宮の廊下でやっていいことではありません。
「……で、これからどうすんの?」
エイルはひとつ大きなあくびをすると、気だるそうにたずねました。
「一度、宝物庫に寄ってまいります。それからすぐに、次の試練の地へ出発しますよ。先に王宮の外で待っていてください」
「よしきた」
エイルはにっと笑って立ち上がります。
すると、ひざの上にいたシロンは『むぎゅっ』と床に落っこち、あわてて目を覚ましました。
「でも、またひとりで先走ったりしませんよね?」
エミルがいたずらっぽい笑みを浮かべると、アルティナも同じような表情で言い返します。
「誓ってしませんよ。私がひとりきりになると、あなたたちの首が飛んでしまいますから」
成長と絆の深まりがうかがえるブラックジョークに、エミルは思わず吹き出してしまいました。
そしてアルティナは宝物庫で用事を済ませると、王宮の前で姉妹と合流しました。
「次は南の聖域――"ウオビトの湖"へ向かいます」
「ウオビト……」
『ウオーッ! って、きんにくムキムキのひとたちがいるの?』
シロンは両前足を曲げて力こぶのポーズを取ります。
「ぜったいちがうでしょ。文脈からして、今度はサカナ人間ってことじゃないかな」
エミルが小さくツッコミを入れました。
「へー、おサカナかー。おいしいのかなー」
「た、食べちゃダメに決まっているでしょう! 聖域の住人なんですよ!」
食べられなさそうだったイシビトと違い、食べられるサカナを連想してよだれをたらすエイルに、アルティナは全力でツッコミを入れました。
「あはは、じょーだんだって」
「まったくもう! ……とにかく、ここからは時間との戦いになります。凶星の魔女の狙いは、おそらく私に王族の試練を達成させないことなのですからね」
そう言うと、アルティナは胸を張って続けました。
「さあ、オオカミさんを呼んでください」
「なにをえらそうに」
「えらそうじゃなくて、実際えらいんです! この国の王女ですよ、私!」
「ったく……しょうがないな。でもオオカミさんじゃなくて、シロだよ。名前で呼んであげてよ」
「ではあらためて、シロちゃんを呼んでください」
「シロはオトコのコなんだけどなあ」
「それはどうでもいいでしょう!」
そんなアルティナとのほほえましいやりとりを交えながら、エイルはしぶしぶ指輪からシロを呼び出しました。
「シロちゃん、今回もよろしくお願いいたしますね」
アルティナが顔をなでてやると、シロは『ワンッ!』とうれしそうに鳴きます。
その様子を見ていたエイルは、少しだけおもしろくなさそうな顔をしていました。
「アルティナ様。急ぐのはけっこうですけれど、あせりは禁物ですよ」
エミルは、大地の試練でのアルティナの苦戦を思い返しながら忠告します。
「心配は無用です。そういうときは、あなたたちがフォローしてくださるのでしょう?」
アルティナは得意満面に答えました。
エミルはぷっと吹き出しながら、
「……ですね! おまかせください!」
と、同じような得意顔で答え返します。
そして三人はそろってシロの背中にまたがりました。シロンはもちろん、エミルの肩の上です。
「さあ行くぞ、シロ! 目指すはおサカナ天国だ!」『ワンッ!』
「"ウオビトの湖"です! 食べることから離れてください!」
『シロン、おにくのつぎに、おサカナだいすきー!』
「だから、おやめなさいと言っているでしょう!」
「あはははっ!」
三人と二匹は楽しそうに笑いながら、次なる試練の地を目指して出発するのでした。
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