第10話 あわてないでひと休み
姉妹は、護衛対象のアルティナを守るように左右に立ち、イシビトの谷を歩いていました。
「けっこう歩いたけど、ゴールはどこにあるのかな?」
エミルは、ちょっぴりぼやき気味にもらします。
いつまで経っても、左右の岩壁にはさまれた道がつづくばかりで、まったくもってきりがありません。曲がり道も分かれ道もなく、同じような景色ばかり見続けているので、頭がおかしくなってしまいそうです。
『シロにのっていけばいいのに、どうしてそうしないの?』
パートナーのシロンはこらえ性がないので、はっきりと口に出しました。
「イシビトは争いや騒ぎを好まない種族だと聞いています。あんな大きなオオカミに乗って走り回ったら、彼らも顔を出しづらいでしょう。ペガサスやフェニックスの羽ばたきもダメです。けっこう、うるさ……音が響きますからね」
アルティナが、白い肌に玉のような汗を浮かべながら言いました。
「イシビトに会うのが試練なんですか?」
エミルはアルティナにたずねます。
「ああ、すみません。伝えていませんでしたね。たしかに第一の試練は、イシビトから出題されるものだと聞いています」
『イシビトって、どんなの?』
「その名の通り、体が石でできた小人です」
『それはさっききいたよう』
シロンはぷうっとむくれました。
「体が石って、それじゃゴーレムみたいな感じ?」
エミルは、さっきエイルが蹴散らした【ストーンゴーレム】たちのことを思い返します。ああいうずんぐりむっくりした姿なのかと、想像をふくらませました。
「小人ですから、もっとかわいらしいものだと思いますけどね」
アルティナはほほえみながら答えました。護衛にはあいかわらず乗り気ではなさそうですが、こちらに心は開いてくれているようだと、エミルは思いました。
いっぽうでエイルは、話の輪に入ることなく、あたりを警戒しています。
イシビトにも、あまり興味を示していないようです。その理由が「石は食べられないから」だということを、エミルとシロンだけが知っていました。
一行は、さらに一時間ほど歩き続けますが……一向に景色が変わる気配はありませんでした。
ただでさえ暑い谷のなかを歩き続けているせいで、本当に頭がどうにかなってしまいそうです。
『もう! いつになったら、イシビトにあえるのーっ!』
シロンが叫んだ拍子に、ベレー帽の上で休んでいた体がぴょこんと跳ねました。
「でも……さすがにおかしいよ。いつまでたっても、同じ道を……あ!」
エミルは、なにかに気づいて口をあんぐり開けました。
「どうしたの?」
エイルが妹に振り向き、アルティナも同じようにエミルの顔を見ます。
「そういえば、本で読んだことがある……世界には、魔法のチカラで同じ道をぐるぐる回らせるダンジョンが存在するって……」
「あ……! それ、私もアカデミーの授業で教わりました! 実際に訪れたことはありませんけど……」
アルティナも合点がいったように、ぽんと手をたたきました。
「ああ、そういや私も行ったことあるや。そういうの」
エイルが思い出したように言うと、
「「そういうことは先に言って!」」
エミルとアルティナが声を重ねて詰め寄るのでした。
「とにかく……そのときはどうやって脱出したのですか?」
「えー? どうやってって言われてもなあ……テキトーに歩いてたら、いつのまにか出られてたけど」
「そんなわけが……あ」
今度は、アルティナがなにかに気づいたようです。
「……もしかしたら、これはそういう試練なのかもしれません」
「そういうって……この無限ループから脱出することが、ですか?」
「ええ。もっとも、脱出の方法はまったく見当がつきませんけれど……」
「『ダメじゃん』」
「そういうこと言わない」
あきれたように声を重ねるエイルとシロンを、エミルはしかりました。
「試練……しれんか……あ!」
またまた、エミルがなにかに気づいたみたいです。
「こ、今度はどうしました?」
「アルティナ様。試練はイシビトが出題するんでしたよね?」
「え? ええ……そう聞いていますけれど」
エミルが真剣な顔で身を乗り出してくるので、アルティナは思わずたじろぎました。
「もう一度、イシビトの特徴をくわしく教えてもらえませんか?」
「えーと……体が石でできていて、小人で、かわいらしくて……」
「外見じゃなくて、内面的な特徴をお願いします!」
「な、内面ですか? 争いごとや騒ぎが苦手で、静寂を好む……あ、そういえば、じっとしていることが好きだと、昔読んだ絵本に書いてあったのを思い出しました」
「それです!」
目を見張り、声を張り上げるエミルに、アルティナはびっくりしました。
「それって、どういうこと……でしょうか?」
アルティナが青い瞳をぱちくりさせていると、エミルはちらりと近くの岩場へ目をやり、言いました。
「ちょうど、あのへんがよさそうですね。アルティナ様。歩き通しでお疲れでしょう。しばらく、あの岩場で休憩いたしませんか?」
「えっ……?」
エミルからの意外な提案に、アルティナは本日何度目かわからない驚きを味わいました。
『さんせーい! シロン、もうくたくた!』
エミルの帽子の上でへたっていたシロンが、元気よく声をあげました。
本来なら体力にはまだまだ余裕があるのですが、なにしろ同じ景色ばかりがつづくので、退屈ぎらいのシロンには精神的な疲労のほうがこたえるのです。
「きゅうけい〜? エミルがそうしたいならいいけど……」
エイルも、しぶしぶといったようすながら、いちおう賛成してくれました。
しかし、じっとしているのが苦手な彼女が途中で動き出してしまっては、エミルのもくろみが台無しになってしまいます。
「お姉ちゃん、ほら。あの岩、お昼寝にちょうどいいんじゃない?」
そう言って、てっぺんが平たく削れた岩を指差しました。
大きさ的にも、人ひとりが寝転がるのにちょうどよさそうです。
「お、いいねえ。ここ、けっこうぽかぽかしてるし、お昼寝日和だよね。シロンもおいで。いっしょに寝よう!」
『わーい!』
言うが早いか、エイルとシロンは仲良く平たい岩の上に寝転がり、すぐに寝息を立てはじめました。
ふたりは食べることの次に、寝ることが好きなのです。
「ず、ずいぶん早い寝つきですね……」
「お気になさらず。わたしたちも、テキトーにじっとしてましょう」
「え、ええ……」
アルティナは、こんなことをしている場合ではないと思いながらも、手ごろな岩の上に腰かけました。
とはいえ、彼女自身もシロンと同じ理由で疲れがたまっていたので、休憩したい気持ちはありました。
エミルも同じように、姉と妹分の寝顔が見える位置に腰を下ろし、いとおしそうに目を細めています。
……いったい、どれほどの時間が過ぎたのでしょうか。
いいかげん、しびれを切らしたアルティナが、先へ進もうと立ち上がったその瞬間――
ゴゴゴゴゴゴ……!
「えっ……?」
谷全体が轟音とともに揺れはじめました。
そのようすを見つめながら、座ったままのエミルは――すべてを見通していたかのような、不敵でステキな笑みを浮かべるのでした……
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