第9話 失いたくない、思いは同じ
「あなたたち……!」
「話はあとで! いまはあのゴーレムたちを、なんとかしましょう!」
アルティナの苦言をエミルはさえぎり、キッと岩壁の上に並ぶ【ストーンゴーレム】の群れを見やりました。
「お姉ちゃん、なんとかできる?」
「んー、できなくはないけど、あんな高いところにいたら、ちょっとめんどうだね」
なにしろ、ゴーレム軍団が立っている岩壁の高さは十メートル以上あります。空でも飛べないかぎり、さすがのエイルでも届かない高さです。
ですが、エミルには策がありました。
「あそこまで飛べばいいんだね? レッディ!」
指輪から、【ソルフェニックス】のレッディを呼び出します。
彼女の体はオレンジ色の炎のように燃えさかっていますが、人を乗せて飛べることは、すでに実証ずみです。
「よっしゃ、まかせろ!」
言うが早いか、エイルはシロの背中からレッディの背中へと飛び移ります。
そしてレッディは高らかな鳴き声をあげ、燃える翼をバサッとひろげると、岩壁の上のゴーレム軍団めがけて飛んでいきました!
ゴーレムたちは、エイルを乗せたレッディを撃ち落とそうと、次々に岩石を投げつけてきますが――
キン! キン! ガキンッ!
エイルは二本の剣を引き抜き、飛来する岩石を軽々とはじき飛ばしていきます。直感で自分たちに命中しそうな岩だけを的確に狙っているので、動きにまったく無駄がありません。
「もうちょい近づいて! いいぞ、いい子だ!」
エイルとレッディは岩石の弾幕をかいくぐりながら、左側の岩壁の頂上へ到達します。そして――
ズバ! ズバ! ズバーッ!
滑空しながら、ストーンゴーレムの軍団を次々となぎ倒していきました。
正確には、鋭い剣撃そのものではなく、その衝撃によって吹き飛ばしているので、斬り倒すというより殴り倒していると言ったほうが正しいかもしれません。
片側のゴーレムを全滅させると、今度は右側の岩壁へ方向転換。
同じようにゴーレムたちを次々となぎ倒し、あっという間に戦いは終わったのでした。
「『……』」
アルティナとスノーベルは、ぽかーんとしていました。
これまで二度、エイルの恐るべき強さを目の当たりにしてきましたが、こちらもまったく慣れる気配がありません。
極星魔法つかいというものは、こうも底が知れないものなのでしょうか。
「よっと! ……ありがとね、レッディ」
軽やかに着地したエイルは、レッディの体をなでて労をねぎらいます。
レッディも嬉しそうに、エイルのほおへすり寄りました。
そのほほえましい光景をぼんやり見ていたアルティナは、ハッとして声を張り上げます。
「……そうだ! あなたたち、どうしてここに!? この谷は聖域で、アストライトの王族しか入れないはずです!」
エミルはエイルと顔を見合わせると、ローブの中から杖を取り出して答えました。
「そのヒミツは、これです」
アルティナは、いぶかしげに杖を見つめます。
一見すると、なんの変哲もない古びた木の杖です。
ですが、よくよく目をこらすと、ただ古いだけではないことに気がつきました。
それは、この時代のものですらないかのような、言葉にできない異様な存在感を放っていたのです。
「その杖は、まさか……」
「はい。初代アストライト国王の盟友、大魔導士ルミエールが使っていた杖です」
大魔導士ルミエール。
この国で、その名を知らない者はほとんどいません。
アストライト建国の時代に生きた、現在の魔法つかいの始祖とも呼べる偉人です。
数々の伝説や物語が現代まで語り継がれており、エイルとエミル姉妹の名前も、彼の大ファンだった両親があやかって名づけたものなのでした。
「そんなものを、いったいどこで……まさか、盗んだのですか!?」
アルティナは思わず警戒しますが、
「いえいえ! ちゃんとルミエールにゆかりのある人から受け取った物です!」
エミルは首をぶんぶん振って否定しました。
アルティナは冷静になって考えてみると、たしかに盗人が聖域へ入れるはずがないと思い直します。
「ちなみに、お姉ちゃんのパートナーのエクシリアも、もともとは王様からもらった聖剣から生まれた魔法生物なんですよ」
「えっ……?」
アルティナは目を見張りました。
そういえば、合体剣となったときのエクシリアの刀身には、昔、王宮の宝物庫で見た覚えがあるような気がします。
エイルが王様から聖剣を賜ったのは、アルティナがアカデミーに在学していたころのことでした。そのため、彼女はその事実を知らなかったのです。
つまりエミルは、王族ゆかりの品を持つ自分たちなら、聖域の結界を通れるのではないかと考えた、というわけなのでした。
「まあとにかく、そういうわけですので……これからも勝手に護衛、続けさせていただきますね!」
エミルはにっこりと笑い、悪びれるようすもなく堂々と宣言しました。
そんな彼女の姿を見て、かたくなだったアルティナも、さすがにあきれたような笑みを浮かべます。
「……どうして、そこまでしつこく私に構おうとするんです? お父さまの命令だからですか?」
エミルは、逆にこちらが「どうしてそこまでしつこく護衛を拒むのか」と聞きたい気持ちを飲みこんで答えました。
「まあ、それもありますけど……いちばんの理由は、それじゃないんです」
「それは……どういうことでしょうか?」
「わたし、奪われる必要のない命を、もう二度と誰にも奪わせないって誓いましたから」
エミルの、12歳とは思えない重みのある表情と声に、アルティナは少しぞくりとしました。
それだけで、エミルが過去にどれほど深い傷を負ったのかが伝わってくるほどに。
――もしかしたら、彼女も私と同じなのだろうか。
そう感じたアルティナは、近くの手ごろな岩に腰を下ろします。
そして、観念したようなほほえみを浮かべて口を開きました。
「……私も、もう目の前で誰の命も奪わせないと誓ったのです。……だから、護衛なんて必要ない、欲しくないと思ったのです。彼らはみな、王女である私を守るために命を賭けようとするから……」
アルティナの声は震えていて、いまにも泣き出しそうでした。スノーベルは、彼女をなぐさめるように、そっと寄り添います。
「そうだったんですか……」
その気持ちは、エミルにもよくわかります。
自分を守るために誰かが死ぬなんて、きっと耐えられないでしょう。
それを口にしたということは、実際に彼女は自分のために大切な誰かを失った経験があるのだということも理解できました。
エイルがドレッドの爆発に巻きこまれたときの反応を見ても、それはあきらかです。
……だからこそ、その痛みがわかるだけに、もうそれ以上は追及するまい。ならせめて彼女が少しでも前向きになれるように――そう思って、エミルは言いました。
「……でも、だいじょうぶです。わたしは悪運が強いですし、お姉ちゃんだって無敵ですから。死んだりなんてしません!」
その言葉に合わせて、エイルも両手を腰に当て、「むふー!」と、得意げに胸を張ります。
そんななかよし姉妹の姿を見て、アルティナはあっけにとられたかと思うと……ぷっと吹き出しました。
「……なんですか、それ」
はじめて見る、アルティナの屈託のない笑顔。
それはとてもかわいらしくて、エミルたちもつられて笑顔になります。
ひとしきり笑い終えると、アルティナはすっと立ち上がり、肩をすくめながら姉妹に告げました。
「……わかりました。そこまで言うなら、どうぞあなたがたのご勝手になさってください」
それは、少なくとも同行を拒まないという意思表示でした。
正式に護衛と認められたわけではありませんが、一歩大きな前進です。
「……はい! おまかせください!」『どーんとこい!』
エミルは背筋をピンと伸ばして、うやうやしく一礼します。シロンも胸を張り、前足を上げて敬礼のポーズを取りました。
しかし結局、アルティナの心の傷は完全には語られないままです。
いつか自分たちにも話してほしい――そう願いながら、エミルは決意を新たにするのでした。
「それじゃあみんなで、試練にレッツゴー!」
「『おー!』」
こうして、めでたく同行者へと格上げされた姉妹は、アルティナとともに王族の試練を乗り越えるため、イシビトの谷の奥へと進みはじめるのでした。
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