はじめてのしょくじ
一行は集落の喧騒を離れ
岩壁のさらに奥まった場所にあるリアの自宅へと向かった。
「けっこう歩くのですね」
アイリスはローブの中からキョロキョロと視線を動かしながら
不思議そうに言った。
「あーあたしエンジニアだからさ。夜中にガチャガチャやると苦情くんの」
「だからあえて離れてるんだよね」
明るく笑って説明するリアだったが
その視線はどこか人々との距離を測るような
落ち着かない色を孕んでいた。
辿り着いた彼女の家は
お世辞にも片付いているとは言えない。
足の踏み場もないほどに積み上げられたガラクタの山。
しかし、その中には場違いなほど新しく
洗練された電子設備も混じっている。
「へへ、これ全部『借りてきた』やつなんだよね」
「……『盗んできた』の間違いだロウ?」
小鳥が即座に嘴を鳴らして突っ込む。
リアはオートマトンの野営地や補給施設に忍び込んでは
廃棄寸前の部品や設備をかすめ取ってくる
腕利きのこそ泥——もとい、調達屋でもあった。
「はあ?!トレジャーハンターの名はダテじゃないっしょ!」
「スカベンジャー(廃品回収屋)の間違いだろウガ」
軽快な言い争いを
アイリスは不思議と心地よい気持ちで眺めていた。
気付けば、岩壁の隙間から見える空は深い藍色に溶け
夜の帳が降りていた。
「あーいつのまにか暗くなってたね」
リアがランプに火を灯す。
柔らかな橙色の光が部屋を包んだ。
「電灯もあるんだけどさ、あんまり目立つと偵察ドローンにバレるから」
「……っつーか、マジお腹減った~!」
「 そだ!今日かっぱらってきたコイツ、いただいちゃおっと〜!」
リアが鞄から取り出したのは
清潔感のある白いパッケージに包まれた食品らしき物体。
「……おい。オ、オマエ……それは『栄養ブロックver.4』じゃないか」
「あったり〜!これさ、オートマトンが労役させてる人間に配ってるメシなんだぁ」
パッケージを開けると
中から現れたのは淡い緑色のクッキーのような固形物。
リアは一口かじろうとして
ふと動きを止めた。
「あ、アイリスちゃんってオートマトンだから、やっぱり食べれないよね……?」
すると虚空に浮かぶビーちゃんが
待ってましたと言わんばかりに光を放つ。
『否定:個体名アイリスは純粋な機械知能ではなく、アーキオンエネルギーによって最適化された高次生命体。生理機能の維持およびエネルギー変換のため、食物の摂取は可能』
『推奨:速やかな栄養摂取によるアーキオンの回復』
「食べれんだ! じゃあ、はい、はんぶんこ!!」
「 ……なんか今、サラッとすっげー情報出た気がするけど、脳のエネルギー足りてないから聞かなかったことにするわ……」
差し出された緑色の塊を
アイリスは戸惑いながらも両手で受け取った。
「あの、これは……どうやって、いただくのでしょう?」
「こうやって、モグモグしてゴックンするだけ! ほら、やってみて」
リアがお手本を見せると
アイリスもおずおずとそれを口に含んだ。
咀嚼し、ゆっくりと飲み込む。
それはアイリスにとって
まったく未知の体験だった。
舌の上でほどける微かな粉っぽさ。
そして鼻に抜ける若草のような清涼感。
記憶の中にあるはずのない「温かな何か」が
胸の奥で解けていくような不思議な安心感。
彼女はその感覚を表現する言葉を持たなかったが
ただ、喉を通る熱がとても愛おしく感じられた。
「あの……とても……いい、ですね。なんだか、ホッとします」
ぎこちなく、けれど満足そうに微笑むアイリスを見て
リアも「でしょ!?」と満面の笑みを浮かべる。
そんな二人の様子に、小鳥が不機嫌そうに翼をバタつかせた。
「……チッ。俺にも何かよこせ!」
「上等な高密度バッテリーか、せめて潤滑油でも持ってこい!」
すると、アイリスが申し訳なさそうに視線を泳がせた。
「あの……すみません。小鳥さん、言い忘れていたのですが……」
「……?」
「小鳥さんのコアをリライトする際に、構成物質をまるごと作り変えてしまったので」
「……今の小鳥さんの体は、電気やオイルでは動かないんです」
「エ!?」
衝撃の事実に小鳥は気を失った―――




