あるバイト門番の懺悔
◇ アーチ視点 ◇
死を覚悟するのは、初めての事だった。
ゴーレム達は砕けて土に還り、あたしの体も、カッタルから繰り出される強烈な足技の数々に、節々が悲鳴を上げていた。
今まで、苦戦を強いられる事はあっても、ここまで追い詰められる事は、一度として無かった。
考え無しに突っ走るあたしが窮地に陥った時は、いつも親父やフェイが助けてくれたからだ。
でも、今はそれも期待出来ない。
助けに入ったセルドは、大剣ごと、あっさりと砕かれて、蹴り飛ばされてしまった。
目の前には未だに、準備運動でも終えたと言わんばかりの涼しげな表情で、あたしに近寄るカッタルの姿があった。
「アーチ、これで終わりよ!」
「くっ!」
カッタルは、垂直に跳び上がりながら右足を振り上げて、あたしの脳天に踵を落とそうとしていた。
(やられる……こんなの真面に喰らったら……)
あたしは、自らの死を覚悟しながら、現実から目を逸らす様に目を瞑った。
暗闇に包まれた瞼の裏には、楽しかった思い出が蘇る。
思い返す中には、当然、カッタルとの思い出も存在していた。
これが、走馬灯って奴なのだろうか。
せめて、最後ぐらい、怖い顔をしていない、いつものカッタルを見ていたい。
そんな中、瞼の裏には、もう一人の友達の姿が目に浮かんだ。
正確には、元友達であり、先輩と言うべきだろうか。
(……あぁーあ、結局、最後まで仲直り出来なかったなぁ。……でも、そりゃあ、出来ないよね。……だって、全部あたしが悪いんだし……)
今になって、アーリアの優しさに気づいても遅い。
そもそも、アーリアはあの時、あたしに嘘なんて付いていなかったからだ。
私は、死期が迫るのを間近に感じながら、アーリアと仲違いした夜を思い出していた。
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あれは、今から、一年程の前の事だった。
セルドとニーナが入隊して半年程経過した頃、あたしは、初めて出来た女の子の後輩に高揚しながら、すっかり慣れた警備隊で、いつも通り仕事をしていた。
今日は夜勤だ。
新人の頃、アーリアにプレゼントして貰った寝袋を担いで、仕事場に向かった。
今日の持場は、ゲータとセルドと三人で正門を担当していた。
気を使わない面々と、和やかに時間を過ごして、夜の十二時を越えた頃。
寝袋を広げ、今にも足を入れようとしていたその時、裏門を警備していた筈のアーリアが、何時にもなく、切羽詰まった様な顔で、こちらに駆け込んで来たのだ。
「アーチ!! ちょっと来なさいっ!!」
(あれ、あたし、アーリアに怒られる様な事、何かしたっけ?)
あたしは約束通り、日を跨いでから眠りに就こうとした。
なのに、アーリアは、何をそんなに慌てているのだろう。
「どうしたの? あたし、そろそろお休みの時間なんだけど」
「ちょっと来なさい!!」
「えっ!? なになに?」
滅多に見せないアーリアの動揺した様子に、あたしまで動揺していると、強引に手を掴まれ、会議室に連れていかれた。
今日は、フェイも裏門に入っている事もあり、真夜中の事務所は、もぬけの殻となっていた。
「ちょっと、アーリア! いい加減にしてよ! らしくないよ!」
あたしは、説明も無い強硬策に異議を唱えた。
すると、アーリアも、少しは平静を取り戻して、事態の説明を始めた。
「そうね。……私も落ち着くわ。……だからアーチも、落ち着いて聞いてね」
「……うん」
「……さっき、街の東側の外壁を、何者かが猛スピードで飛び越えて街に入って行ったの。近くの外壁に居た私は、偶然にも気づいて、その侵入者を尾行した」
「……それが、どうかしたの?」
「私は、確保までは出来なかったけど、追跡の末、犯人を突き止める事が出来た。……単刀直入に言うよ。アーチ、貴方、カッタルと縁を切りなさい!」
「えっ!? ……なに、……言ってんのよ? ……カッタルは、あたしの一番の親友よ」
唐突にアーリアから告げられた言葉の意味が、あたしには理解出来なかった。
あたしは、アーリアを実の姉の様に慕っていた。
だから、アーリアの言う事なら、何でも聞く様にしていた。
けれど、今回ばかりは、幾ら何でも賛同出来ない。
あたしの脳内は、アーリアがいつも通りに嘘を付いたのだと、結論を出す事にした。
「アーリア、落ち着いてよ! カッタルがそんな事する筈無いって! それに、只の不法侵入で、どうして縁を切らなきゃいけないの? どうせ、いつもの嘘なんでしょ? 」
「いいや。それに、貴方の親友、カッタル・イシスは、只の侵入者じゃ無いの!! 今も、アーチの事を騙してる化け狐よ!!!」
アーリアの度が過ぎた悪口に、頭に血が上る。
「ふざけるなっ! 幾らアーリアでも、それ以上、あたしの親友を侮辱して見ろ! タダじゃ済まさないぞ!! 【憑依】!」
あたしは、拳に魔力を纏って、臨戦態勢を整える。
「殴って、気が済むなら殴りなさい。でもね、私は、あんたの為を思って言ってるの! カッタルとつるんでたら、あんたは一生、王様に何て成れやしないよ! それでも良いの?」
「都合の良い時だけ、王様って言うなよ!! 嘘付きのお前と居るより、ずっと、マシなんだよ!!」
あたしは、その場の勢いに身を任せ、憑依もしていないアーリアの顔面に、拳を叩き込んだ。
「げほっ……アーチ、信じて! …………私、嘘は付いて……」
「うるさい、嘘付き!! アーリアだけは味方だって、あたし、信じてたのに!!」
何故か、反撃の意志を見せないアーリアに、もう一度、拳を振るった。
「ぐぁっ……ごめん。……でも、私と居たら……大丈夫だから……」
「二度とあたしの前に姿を見せるな! 消えろっ!!」
眠気を忘れる程の怒りに身を任せた私には、か細いアーリアの声は届く事は無かった。
その後、事務所に戻って来たフェイに止められるまで、あたしは一方的に拳を振るってしまった。
そして、我に返ると、目の前には見違える程に顔を腫らし、酷い有り様になったアーリアが、辺りを血で染めながら倒れていたのだった。
皮肉にもこの日、あたしは、初めて夜勤で一度も眠らずに朝を迎えていた。
その後、どうなったかは、明確には思い出せない。
結果としては、アーリアは助かった。
聞いた所では、フェイが就寝中のルートさんを叩き起こし、何とか回復させたそうだ。
そして、朝方に騒ぎを聞きつけた親父に、初めて本気で殴られた。
事務所の壁に穴を開ける程の威力で、何度も殴り飛ばされたあたしは、顎が砕け、口の中から大量の血を流し、鼻は曲がり、前歯も折れて床に転がった。
激しく壁に打ち付けられる中、あたしの足元には、夥しい量の血が溜まった。
けれど、そんなあたしに、治癒魔法が施される事は無かった。
ルートさんは、ボロボロのあたしを見て、反射的に動き出そうとしたが、親父が禁じたのだ。
あたしはそのまま、一か月間の謹慎となり、自宅に幽閉される事となった。
そして、謹慎から解放される頃には、アーリアは寮からも姿を消し、警備隊を退所していたのだった。
気付けばアーリアは、言葉を交わす事も無く、本当にあたしの前から姿を消してしまったのだ。
最後まで、アーリアの事を引き留めていたルートさんに、詳しい事情を聞いても、アーリアは自分に非を感じているのか、最後まで喧嘩の原因を割らなかったそうだ。
こんな筈じゃなかった。
今なら分かる。
いつも、私の為を思って動いてくれていたアーリアが正しい。
恐らくアーリアは、カッタルの正体を、一年前には既に見抜いていた。
でも、あたしは、アーリアの忠告を頑なに信じ様とはしなかった。
そればかりか、友達を馬鹿にされたと勘違いし、一時的な怒りから手を上げ、有ろう事か警備隊からの退職にまで追い込んでしまった。
最低だな、あたし。
そりゃあ、死んで当然かもね。
でも、最後、アーリアに謝ってから死にたいな。
(…………いや、やっぱりまだ、死にたく無いよ。……だれか……助けて……)
心の中で、誰に言う訳でも無く、静かに呟いていたそんな時。
突如として、爆風が吹き付ける。
(何っ!?)
そして、連続して起こる二度目の爆発は、足元が揺れる程に、あたしの至近距離で起こった。
「何よ、これっ!! ――うわぁあああああああああーーー!!!」
カッタルの叫び声と共に、あたしを猛烈な熱風が襲う中、祈る様に目を開ける。
すると、あたしの目に飛び込んで来たのは、天まで届く様な勢いで噴き上がる、特大の火柱だった。
「こ、これって……」
こんな芸当が出来る火属性使いは一人しか知らない。
まさか……。
火柱が止む頃、火元と見られる場所には、輝く様な金髪を高い位置で一つに縛った一人の女性が、懐かしい格好に身を包んで現れた。
「アーリアッ!!!」




